96 闘技大会5 決勝 後

 憲兵騎士団は、己の組織のプライドにかけてどうしてもガウェインに優勝させたかった。

 だが、相手は"大罪人殺し"を二度も行っている本物の強者だ。

 もしその話が事実なら、いくらガウェインが強いとはいえ、アンリに軍配が上がると考えた。


 そこで、憲兵騎士団は完全な裏技にあたる奥の手を使った。

 ステージに細工をしたのだ。

 ガウェインが魔力を流すことで完成するそれは、魔法使い殺しの術式だ。

 絶魔体をステージの随所に張り巡らせた上でのその術式により、ステージ上での魔法の使用は困難になる。


 お互いが一切の魔法を封印しての戦いとなれば、年齢が3つ上で体格の大きいガウェインが確実に有利だろう。


「悪く思うな……俺にも立場があるんでな」


 ガウェインは勝利を確信し、アンリに剣をふる。


 ──ガギィィン!


「なっ!?」


 それはガウェインには信じられない出来事だった。

 己の渾身の一撃を、魔法を使えないはずのアンリの細腕で、いとも簡単に防がれたのだ。


「ぬぅ!?」


 そしてアンリの返す刃は、先程までの戦闘時よりも何倍も重く感じられた。

 それが意味する事実は一つ。


「お前! 魔法が使えるのか!?」


「あはは、勿論。先輩、自分の首を締めただけだね」


 アンリは絶魔体の存在を知っており、自分には効果がないことも知っていた。

 絶魔体は、術者と世界の核との間に介することで、核からの魔法の提供を断ちきる効果がある。

 普通であれば、その効果により魔法は使えない。

 だが、アンリにとっての核は魔法の原典アヴェスターグだ。

 アンリと魔法の原典アヴェスターグが物理的にも密着しているため、魔法の提供を断ちきるに至らないのだ。


「ふふ、ははははは! 失敗した! こんなことなら、正々堂々と戦っておくべきだった!」


 ガウェインは自虐的な笑みを浮かべる。


「もう俺は魔法を使えない……悔やまれる……こんな馬鹿なことをしなければ、まだ可能性は──」

「──ないよ」


 後悔の念に駆られたガウェインの言葉は、アンリによって遮られる。


「先輩が僕に勝てる可能性はゼロだよ」


 この言葉は流石に癇に触ったのか、ガウェインは額に青筋を浮かべる。


「この戦いは無理かもしれん。だが、次に戦うときは分からん。上には上がいる……それは俺にとって絶望ではない。お前が俺より上だったのならば、俺は超えていくだけだ。俺は……強くなり、いつかお前に勝ってやる」


 アンリは、聞き分けの悪い子供を諭す大人のような表情でガウェインに告げる。


「あはは、いつかっていつ? 先輩も不老不死を目指しているの? 僕達の差がどれだけあるのか、本気で分かってないの?」


 アンリは剣を捨て、魔法の原典アヴェスターグを捲る。

 とあるページに記載された魔法を見つけ、頭上を少し見上げる。


「丁度屋外だし、少しだけ本気を見せてあげようか? ただのパフォーマンスを実力の全てだと思われても癪だしね」


 アンリは最近開発した魔法を唱えた。


『<神の涙ティアーズ・オブ・ゴッド>』

 

 その魔法を、ガウェインは認識できなかった。

 だが、確実に魔法の効果は発揮されていた。

 自分の左手からジュッと音がしたと思い見れば、左手が無くなっていた。

 溶けて無くなっていたのだ。

 そして当然、相応の痛みがガウェインを襲う。


「なっ!? がぁぁぁぁぁああっ!」


 何が起こったのか分からなかったのはガウェインだけだ。

 離れて見ている観客達には、ガウェインの左手を奪ったものが見えており、言葉を失っていた。


 天高くから、神の光が降ってきたのだ。


「どう? なかなか凄いでしょ? シュマの為に作ったGPS魔法の副産物ってところだね。周回軌道が僕の知っている星と一緒だったから、わりとすんなり衛星を作れたんだ。そのおかげで発見もあったよ……と、今はどうでもいいか」


 アンリは人工衛星の周回軌道設置に成功していた。

 だが、魔法の原典アヴェスターグと距離が離れすぎた弊害からか、機能としては不十分な衛星だ。

 アンリの目的としては偵察や観測のための衛星を設置したかったが、通信可能領域が少なすぎたため、その用途は失敗に終わる。

 その代わりに、少ない通信量で可能な魔法を構築した。

 それは軍事用だ。


「衛星兵器ってとこだね。宇宙空間で戦闘を行う対衛星攻撃兵器じゃなくて、大気圏外から対人を想定したサテライトウェポンさ。対軍魔法も作ってみたけど、なかなか試す対象がいなくてね」


 人工衛星からのレーザー攻撃は、死角となる頭上から行われる。

 光速に近い速さの攻撃というだけでも避けることは難しいが、それがアンリ本人ではなく死角からの攻撃となれば、もはや避けることは不可能だろう。


 人工衛星を知らない観客達から見れば、アンリの魔法は神の仕業に見えただろう。

 そして、何も理解ができていないガウェインからは、悪魔の仕業に見えただろう。


「ぬぅ……くぅぅ……」


 一つの魔法を使われただけで、勝てるビジョンが全く見えなくなってしまったガウェインの顔は悲愴に包まれている。


「じゃぁ、僕は先輩が勝てるまでずっと生きて待っているから、頑張って強くなってね。『<神の涙ティアーズ・オブ・ゴッド>』」


 再度発生した神の光は、ガウェインの脳天に直撃する。

 当然決着はつき、アンリの優勝が決まったのだった。

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