91 闘技大会の準備

「ありがとうジャヒー。やっぱりジャヒーの淹れてくれた珈琲コーヒーが一番好きだよ」


 寮の自室にて、アンリは資料に目を通しながら珈琲を飲む。

 その資料もジャヒーが用意したものだ。


「アンリ様、根を詰めすぎにようにしてくださいませ。お忙しいアンリ様が、学生のお遊びにそこまで労力を割くことはないと愚考しますが……」


 ジャヒーが用意した資料には、魔法学院パンヴェニオンの闘技大会に参加する者の情報が載っている。

 例年であれば年度末に行われる闘技大会ではあるが、昨年度は開催されなかったため、今年度はかなり早めのスケジュールで開催されることになっている。

 更に、昨年度の卒業生も参加できるため、次の闘技大会の参加者の数は多く、アフラシア王国では今から盛り上がりを見せていた。


「あはは、でも規模や注目度を考えたら、学生のお遊びってレベルではないよ」


「アンリ様にとってはお遊びに等しいではないですか。今も王命によりパールシア共和国を相手にしておられるのですから」


 アンリが現在抱えているタスクは多い。


 不老不死を目指す実験。

 パールシア共和国との火種作り。

 スクロールの製造と販売管理。

 奴隷の売買。

 夢の島の管理。

 建設したダンジョンの管理。

 新たなダンジョンの建設。

 ……一応、学生の本分である勉強。


 どれも重要であり大きな稼働を伴うことから、ジャヒーは心配してしまう。

 そこに、闘技大会で優勝するために参加者のデータ確認もしているのだ。


「んー……とはいえ、みんな頑張ってくれているからなぁ。聖教会とか、結局シュマに全部あげちゃったしね。僕が実際にすることは大分削られているから、思ったよりも時間があるんだよ」


 偉くなればなるほど忙しくなるというものだ。

 しかし、実際にアンリがその立場になると、実作業は他の者に任せて自分の稼働は減るため、少し時間を持て余していた。

 前世で高い役職持ちから新商品や販売方針の説明を多々求められ煩わしく思っていたが、案外彼も暇だったのかもしれないと、アンリは今になって思っていた。


「しかし、アンリ様が強いことは、もう周知の事実です。であれば、そこまで優勝を目指さなくてもいいのではないですか……?」


「あはは、優勝してこそ周知の事実だよ。まぁ、これは……承認欲求を満たしたいだけかもね」


「ご自愛くださいませ。御身はお一つなのですから……」


 ジャヒーが心配していると、アンリのベッドから声が聞こえる。


「全くじゃ。そんなに準備をしなくともよいのではないか? ダハーグを前面に立たせただけで万が一、億が一も無いじゃろ」


 欠伸をしながらカスパールが言う。

 確かにダハーグはアンリの使い魔という立ち位置になるので、ダハーグが戦うことはルール上では何も問題ではない。


「うむ、我が全て駆逐してやろう。勿論、一戦毎にあるじの魔力を頂くがな」


 今ではアンリの頭の上が定位置になったダハーグが、認識阻害魔法を解きながら賛成する。

 2人の意見に、アンリは苦笑いをする。


「あのねぇ、ダハーグに任せたらそりゃ優勝するとは思うよ? でもそれじゃぁ、みんなダハーグが強いとは思うけど、僕が強いとは思ってくれないでしょ。闘技大会は僕の承認欲求を満たすためだけの儀式なんだから」


「……我の魔力………」


 アンリの頭上のスライムが、心なしか小さくなる。

 カスパールが呆れながら声を出す。


「お主という奴は……さっさと終わらせればいいものを、戦いもそれなりに楽しむんじゃろうな……まぁ別によいが。正直わしの興味はパールシア共和国のほうが強いのぅ……アシャばかりに働かせて、お主は向こうの国に出向いてもおらんのではないか?」


「あはは、前に1回行ったぐらいかな。あの国はもう破滅の道を辿ってるよ。僕はもう見ているだけさ。人聞きの悪い事言ってるけど、アシャだって今は見ているだけだよ?」


 国が一つ滅ぶかどうかの話をしているが、どこかここのメンバーには緊張感を感じさせなかった。


「そういえばキャス、”金色こんじき”と”閃光”ってどっちが強いの? やっぱりSランクの”金色こんじき”?」


 アンリの問いに、カスパールは少し考える。


「ふむ……単純な強さでいえば”金色こんじき”かの。……いや、比べるべきではない、というほうがいいかもしれん。”金色こんじき”は単純な近接戦闘特化。わしは魔法を利用した近接戦闘は得意だが、魔法が使える分、他にもやれることは多いからの」


「そっか……比べること自体がおかしいか……ドラゴンの濃厚な赤み肉のステーキと、スライムのサッパリしたゼリーとどっちが美味しいか聞いてるようなもんかな。まぁ、とにかく”金色こんじき”もやっぱり強いんだね」


 アンリのよく分からない例えを聞いたダハーグは、更に身体を小さくして急いで距離をとりだしていた。


「お主……”金色こんじき”が欲しいのか? まぁ、見眼麗しい若い女となれば、男はみな好きよのぉ。あんな汚れた獣風情でもな」


 カスパールはアンリを後ろから抱きしめながら愚痴をこぼす。

 これほどの美女に抱きしめられても、今のアンリの心を動かすことは無い。


「なに? やきもち? Sランクのペットって、なかなか面白いじゃない。キャスも好きだよ? ほら、散った散った。僕は大会で優勝するために忙しいんだ」


 明日からの闘技大会に、アンリは胸を高まらせていた。

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