90 パールシア共和国

「──せいっ!」


 パールシア共和国にて、ジェーンは一人、希望のダンジョンに潜っていた。

 勿論、”夢マタタビ”を狙って探索しているため、それ以外の物には目もくれない。


「──せいっ!」


 黙々と魔物を狩り続ける。

 三日もぶっ通しで籠っているため、その体は汚れ、鮮やかだった毛並みは見る影もない。


「──せいっ!」


 だが、ここまで潜り魔物を屠っているというのに、鞄の中戦利品はえらく少なかった。


(おかしい……明らかに夢マタタビが少なくなっている……)


 ジェーンは異常を感じていた。

 以前であれば、二日もダンジョンに籠れば、鞄を敷き詰めるほどの夢マタタビを入手できた。


 しかし、今回ジェーンは三日間潜っているが、手に入れることのできた夢マタタビは、鞄の半分にも満たない程度だ。


(私が……集めないと……夢マタタビを、パールシアのためにっ)


 強烈な使命感に襲われ、ジェーンは自分の体に鞭を打つ。

 そして、なんとかそれなりの量を入手し、帰還するのだった。





「ミア、ミア? 体調は大丈夫? 夢マタタビ、ここに置いておくよ?」


 いつもジェーンと一緒に探索をしていたミアは、今回は体調不良を理由に休んでいた。


「いいにゃ……みゃーは探索してないから……それは全部ジェーンの物にゃ……」


 ミアの部屋の中から、弱々しい声が聞こえてくる。

 ジェーンはそれでも扉の前に夢マタタビを置き、声をかける。


「何を言っている。私たちは一蓮托生だ。ほら、これを組合に持っていけ。早くSランクに上がるんだろ?」


「……ありがとうにゃ。本当に、ジェーン大好きにゃ」


 ミアの声は、感謝の気持ちからか、涙ぐんでいた。

 ジェーンは踵を返しながら、扉が開く小さな音を聞き取っていた。



 そしてジェーンは、自分の分の夢マタタビを商人に売り捌く。

 手に入れたお金の凡そ半分を孤児院に寄付し、その帰り道、ジェーンは路地裏を歩いていた。


(歩きにくい……)


 以前から利用している路地裏は、昔は綺麗なものだった。

 だが少し前から、”夢マタタビ”を使用し、その快感から寝ころびそのまま寝てしまう者がちらほらと出てきていた。

 今は、”夢マタタビ”を使用しているわけではないが、路地裏を寝床にしている者が多くなっており、それをジェーンは邪魔に思う。


(私がこの国のためにここまでしているのに……こいつらは働きもせず……)


 三日も寝ていないため機嫌が悪く、ジェーンはつい悪態をつきそうになる。

 路地裏を急いで抜けようとすると、ふと馴染みの匂いが鼻に届く。


(今頃冒険者組合に行っていると思ってたけど……何かあったの?)


 ジェーンは路地裏の奥へ寄り道をする。

 そこには、小さく身を丸めて、隠れるように隅に座っているミアがいた。

 ミアの体は血で濡れており、体が震えていることから、何か良くないことがあったのだろう。


「ミア! どうした? 何があったんだ?」


 ジェーンに肩を揺らされ、ミアの目の焦点が合ってくる。


「……ぁ……ぁ……ジェーン!」


 ミアは泣きながらジェーンに抱き着いてくる。


「ちょ、ちょっとミア……待て、長い事お風呂に入っていないから──」

「──離れないで! ジェーン……ジェーンの匂いがする……」


 ジェーンは自分の汚さから恥ずかしくなるが、それでもミアはジェーンの温もりを求める。

 ミアの頭を撫でること数分、ミアが落ち着いてきたのを確認したジェーンは、優しい声で経緯を聞きだそうとする。


「ミア、落ち着いた? 何があったんだ?」


 ミアが顔を青くしながら答える。


「”気高き狼”に襲われたにゃ……」


 震える唇からでた答えに、ジェーンは絶句する。

 以前、確かにミアから”気高き狼”のことは聞いており、最近の冒険者組合が殺伐とした雰囲気になっていることも知っていた。

 しかし、同朋意識の強い獣人族が直接的に害してくるとは、どうしても思えなかったのだ。


「何かの間違いじゃないの? それは本当に”気高き狼”だった?」


「黒いプレートを首からかけていたにゃ……間違いないにゃ」


 冒険者のランクは、組合から配布されるアクセサリ代わりのプレートで判断できる。

 冒険者に成りたての頃は木で作られた素朴なプレートだが、ランクが上がるごとに豪華になっていく。

 Cランクでは銅色、Bランクでは銀色、Aランクでは金色になり、Sランクでは貴重な黒魔鉱石を使用した黒色のプレートだ。

 Sランクの冒険者は少なく、あまりSランクのプレートを見る機会は少ないが、他の色とは明らかに違う分かりやすい色のため、ミアが見間違ったということはないだろう。


「Sランク冒険者なんてパールシア共和国にはいないにゃ……間違いなく、あいつらは”気高き狼”だにゃ。みゃーのことがばれたにゃ……殺されるにゃ……」


「殺させない。ミア、やつらに夢マタタビを奪われた?」


「違うにゃ、やつらは夢マタタビのことはそこまで気にしていなかったにゃ。あいつらは、みゃーたちを殺したいだけだったにゃ」


 予想と違う”気高き狼”の目的に、ジェーンは動揺する。


「な、なんで? なんで私たち? 私たちがやつらに何かした?」


「あいつらは、争いたいだけだにゃ。みゃーたちが一番この国で強いっていう噂を聞いて、みゃーたちを殺そうとしているにゃ。鬼みたいな形相をしてて……悪魔が獣の皮を被っているみたいだったにゃ……とにかく、とにかく怖かったにゃ……」


 ミアは涙を流しながら言葉を続ける。


「あいつらの一番の目的は、ジェーンだと感じたにゃ。みゃーを脅してジェーンのことを色々聞こうとしてきたにゃ。他の冒険者に聞くと、ジェーンのことを聞いていやらしい笑みを浮かべてたらしいにゃ……心配だにゃ……その、ジェーンは綺麗だから」


 ジェーンは自分が狙われているということに寒気はしたが、ミアに綺麗と言ってもらえたことも嬉しく、複雑な気持ちになる。


「ミアも……可愛い」


 ジェーンは小さな声で呟くが、ミアには聞こえておらず続きを話す。


「それで、みゃーがジェーンのことを喋る気がないと分かったら、戦闘になったにゃ。あいつら、いきなりみゃーを攻撃してきたにゃ」


「組合の中で? 本当に争いが好きな輩ね……ミアは無事だった?」


「いきなりみゃーの手足に大量の蟲が取り付いてきたにゃ。焦って術者っぽい奴を斬りつけて逃げてきたにゃ。追手を撒けた思うし……蟲も今は、大丈夫にゃ……」


「蟲使いか……厄介だな」


 獣人族の戦い方は、大抵はその身体能力を活かしたゴリ押しだ。

 事実、ジェーンもその戦い方ではあり、己の力に自信を持っていた。

 しかし、同じ獣人族ではあるが”気高き狼”が身体能力に頼った戦い方だけでなく、蟲といった搦め手からめてを使ってくることを脅威に感じていた。


「腐ってもSランクだな……」


「ジェーン……嫌にゃ、ジェーンがいなくなるのは嫌にゃ……あいつらに勝てるにゃ?」


 敵の強さを測り知れず、ジェーンはミアの問いに答えることはできない。

 それでも、ミアとこの国を守るという強い意志は、抱きしめた腕の力から伝わるのであった。

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