89 件の来者
「それで? どうしてお前は来なかったんだ?」
酒場にて、2人の男が話していた。
「む? すまない。しかし、理由など聞かなくても分かっているだろう?」
尋ねた男、ディランはため息を吐く。
「いや、そりゃあ国王の召集に行くのが不味かったんだろ? だが、俺にも一言あっても良かったと思うぜ? 俺とお前の仲はその程度だったのか?」
「ふむ。ディランは何も被害を受けて無いのだろ? なら別にいいだろう」
もう一人の男は”
「はぁ……ったく、それで? あの召集の何が不味かったんだ? パールシア共和国はそんなに厄介な相手なのか?」
「パールシア共和国……ねぇ」
「まぁ、今回は"永遠の炎"と"気高き狼"の2パーティーが動くらしいからな。助かったぜ」
ディランの言葉に、モスマンは反応する。
「ん? 依頼を受けたのは"永遠の炎"だけではないのか?」
これにディランは怪訝な顔を向ける。
「あぁ? なんだ? 占いをしたんじゃなかったのか?」
「何度も言っている。私の予知は完璧じゃない」
モスマンの予知。
それは、未来を事細かに見ることができるような代物ではなく、未来の結果を漠然と察知できるというものだ。
自身や他人の危険を察知して身を守る、もしくは距離を置く選択をしたり、人の成功を察知してすり寄ったりと、十分に便利な能力ではあるが、噂されるような未来の出来事を的中させることはできない。
しかし、モスマンは自身の優れた洞察力や考察力により、その能力を未来予知と噂されるまで昇華しているのであった。
「あぁ、そうだったな。未来予知にしか見えないから、いつも忘れちまうぜ。ベアトリクスが勝手に動くとか言い出してよ。確かに、依頼を正式に受けたパーティーっていうと、"永遠の炎"だけだぜ」
「……ベアトリクスが貧乏くじだな」
モスマンの言葉に、ディランは首をかしげる。
「あぁ? ベアトリクスが? 確かに"気高き狼"もパールシア共和国に入ったって噂があるぜ……まさか、本当に戦争が起きて巻き込まれるのか? 同じ冒険者のよしみだ、助けにいくか?」
ディランの提案を聞いたモスマンは、目を血走らせながら拒否する。
「やめろ! ……絶対に関わるな」
内向的で、普段声を荒げることのないモスマンの大声に、ディランは驚く。
「お、おぅ……しかし……アンリに会ったときにでも、少し頼んでおくかなぁ」
ディランの口から出た名前に、モスマンはピクリと反応する。
「それで……アンリは、どんな男だった? 本当に子供だったのか?」
モスマンが直接他人の様子を気にするなど、これまた珍しいことだった。
酒に酔ったディランは、少しだけ気にするが過去の記憶を辿る。
「アンリか? 確かに子供の姿をしているが、どうなんだろうな。大人が魔法で子供の姿に化けているってほうが、俺は納得するぜ? なかなか底の見えない奴で、雰囲気が──」
ディランの言葉を、モスマンは酒も飲まずに真剣に聞いている。
「──でよ、アンリが協力しようとベアトリクスに言っていたが、あの女、完全に無視してやがったな」
モスマンの手が僅かに震えているが、酔っぱらっているディランは気付かない。
「なるほど……理解できた。ベアトリクスはもう諦めろ。下手に関わると命を落とすぞ」
「まじかぁぁ……勿体ねぇなぁ……良い体してたのに……」
ディランはその容姿から、ベアトリクスに好意を持っていた。
いくら口説こうにも、何をプレゼントしても、これまで全て無視されてきた。
いつしかその高飛車な態度も好んでしまい、いつかは自分に振り向かせてみせると、密かに目標を持っていたのだ。
だが、4年越しの恋よりも、モスマンの予知──自分の命──の方が大事だった。
「お前なら、女などいくらでも寄ってくるだろう」
「あの強い女の強気な態度がいいんだろうが。あんな強いやつはこの世に何人もいないと思うぜ? いつか、女のあいつを見てみたかったなぁ……」
「全くお前は、おっと──」
「うん? モスマン、どうしたんだ?」
話の途中だというのに、モスマンは急に帰り支度を始めた。
突然の行動にディランは驚くが、モスマンはお構い無くお金を机に置く。
「悪い、急用ができた。私は帰る」
机に置かれた金額を見て、ディランは疑問に思う。
「いきなりだなぁ……まぁいいけどさ。ん? 金がちょっと多いと思うぜ?」
「この後私を訪ねて来る者がいる。だが急用でどうしても席を外さないといけないのだ。せめてもの埋め合わせに、このお金でその者に御馳走してやってくれ。すまないな、本当に急いでいるんだ、じゃぁな」
モスマンはかなりの早口でまくしたてると、急いで外へ出ていった。
その様子から、何かを予知したのだろうとディランは推測する。
「ちぇ、おいしい話があるなら俺も誘ってくれていいじゃねえか」
ディランが一人寂しく酒を飲んでいると、周囲の視線が酒場の入り口に集まっていることに気付く。
「おぉ! アンリじゃねぇか! こっちで飲むか!? お前酒飲めるか!?」
夜の酒場に、少年の姿のアンリは注目を浴びていた。
アンリがただの子供ではなく、Aランクの冒険者であることを知っているディランは、大声で声をかける。
その声に気付き、アンリはディランの対面──先ほどまでモスマンが座っていた席──に座る。
「ディランさん、こんばんわ。お酒は飲みたいけど、流石にまだ早いかなぁ……あ、そうそう、モスマンさん見なかった? この酒場に居るって聞いて来たんだけど」
モスマンを訪ねて来る者がアンリと知り、ディランは笑う。
「あっはっは! アンリがモスマンを訪ねて来る奴だったのか! 運が悪かったな、あいつは何か大事な事の予知を見て、急いでそっちに行っちまったぜ! いや、運が良かったのか? わざわざ訪ねて来るアンリに申し訳ないからって、お前の分の食事代を置いていったぜ?」
「そうなんだ。じゃぁ折角だし御馳走になっていこうかな。今日はモスマンさんに会うのは諦めるよ」
聞けば、アンリはモスマンの寝床や冒険者組合を訪ねたが、そちらもタイミングが悪く会えず、目撃情報を頼りに酒場に来たらしい。
「残念だったな。まぁ奴の未来予知も完璧では無いからな。今度会った時に、今日のことを伝えといてやるぜ」
「助かるよディランさん。っていっても、お礼を言いたいだけなんだけどね。お、この肉美味しいね! あぁ、お酒飲みたいなぁ……流石に外ではなぁ……」
食事を無邪気に頬張るアンリを見て、ふとディランは質問する。
「なぁ、アンリ。お前はベアトリクスをどう思う? ……やっぱり、獣人族は気持ち悪いか?」
突然の質問だが、アンリは即答する。
「えぇ? 気持ち悪いと思ったことなんてないよ? むしろ、あの耳、あの尻尾、凄く触ってみたいなぁ」
その答えは、ディランにとっては満足のいく答えだったようだ。
酒のためか、顔を赤くしながらディランは笑う。
「あっはっは! そうか! 可愛いよなぁ、獣人族だけど、あの顔は神様に愛されていると思うぜ。だが気を付けろよ? 俺は一度尻を触ったことがあるが、本気で殺されかけたぜ? グーパンじゃなくて、剣を抜かれたからな」
「あはは、いきなりお尻って……尊敬するよディランさん」
「他の女は喜ぶんだけどなぁ。……アンリ、”気高き狼”がパールシア共和国に入ったって噂だ。その……なんだ、可能性は低いとは思うが、もし、お前がパールシア共和国でベアトリクスと会うことがあったら、よろしくしてやってくれ」
少し気恥ずかしさがあったが、ディランはアンリにお願いをする。
アンリはご飯を頬張りながら、親指を立てて返事をした。
(ベアトリクス……生きろよ……)
モスマンの占いは絶対ではない。
ディランは、またベアトリクスに会えることを祈っていた。
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