83 国王
「へぇ、お前が最近よく聞くアーリマン・ザラシュトラか。噂どおり本当に子供なんだな」
国王から召集を受けたのはアンリだけではなかった。
「はじめまして。僕のことは気軽にアンリと呼んでください。Sランク冒険者の方とお会いできて光栄です」
他に集められた者は2名。
それぞれが、Sランクの冒険者パーティーのリーダーだ。
「その年でAランクなんだろ? お前もいつかSランクになるだろうよ。俺はディラン。好きに呼んでくれていいぜ。だがよ、残念ながら今回は貧乏くじのようだぜ?」
その言葉にアンリは首をかしげると、ディランは両手を広げながら説明してくれる。
「”
聞けば、いつも通りであれば国王は連絡がとれるSランク冒険者全員に声をかけているはずだ。
そして、モスマンというSランク冒険者は先見の明を持っているという。
それは、ほぼ未来予知に等しい能力であり、危険な依頼は避けて冒険者ランクを上げてきたのだ。
国王からの呼び出しであれば、いつものモスマンなら事前に他の依頼を受けず、国王からの覚えをよくしただろう。
「呼び出されることが分かるはずのモスマンが来ていない。ってことは、この呼び出しは俺達にとっては良くないってことだろうぜ」
「ははぁ、なるほど。良くないかはともかく、楽な依頼ではなさそうですね」
ディランの説明に納得しながらアンリはもう一人に視線を向ける。
「あぁ、その女には声をかけても無駄だぜ。ベアトリクスは話すこと……というより人間が嫌いでな」
「そうなんですか……ベアトリクスさん、アンリといいます。よろしくお願いします」
それでも、アンリはベアトリクスに自己紹介をする。
それは、礼儀の正しさからではない。
純粋に、興味を引かれたからだ。
(もふもふだ! こんな綺麗なもふもふを見るのは初めてだ! 触ったら怒るかな……怒るだろうな)
ベアトリクスは女性の獣人族だった。
獣人族はアフラシア王国では差別の対象だ。
エルフやドワーフなどは人間とほぼ同種と見られるが、獣人族はそうではない。
獣と同列ならまだいいが、呪われた種族として認識されていた。
傍にいるだけで嫌がられるため、奴隷ですら流通していない。
そのため、アンリは綺麗な状態の獣人族を見るのは始めてだった。
加えて、ベアトリクスの顔はとんでもなく整っており、手入れがしっかりされているのか毛並みも綺麗だった。
女性としても、動物としても愛でたい衝動にかられ、アンリは興奮していたのだ。
「…………」
しかし、ベアトリクスはアンリの挨拶を無視する。
礼儀がなっておらず、立場の弱い獣人族のベアトリクスだが、それでも"気高き狼"というパーティーのリーダーであり、冒険者Sランクまで辿り着いたということは、確かな実力を持っているという証拠だろう。
「まぁ、その、気にすんなよ。そいつはいつもそんな感じだぜ。しかし、Aランクのアンリもだが、お前もよく招集されたな。それだけ面倒ごとってことかねぇ」
「陛下の準備が整われました。それでは皆様、玉座の間へ」
アンリがどうベアトリクスを口説こうかと考えていると、ある程度は偉いと思われる人物から声がかかる。
その声に導かれ、3人は奥の部屋へ進んでいった。
他の2人を見習い膝をついているアンリは、珍しく緊張している。
何せ、この国の王と初めて会うのだ。
アンリは前世で、自分の勤めている会社の社長と会うのにも緊張していた。
数年に1度ぐらいしかないとはいえ、表彰関係で社長と話すのは嬉しいとは思いつつ、できることなら避けたい行事であった。
前世では長い物に巻かれている人間であったアンリは、国王という存在に無条件に緊張してしまっていたのだ。
「よくぞ参った。うぬら3人に、いや、3つのパーティーに頼みがある。あぁ、うぬら冒険者に礼節など期待しておらんから、そこまで硬くなるな」
声の主は、アンリ達には見えない。
姿を直接見ることが不敬であるため、国王とアンリ達の間には薄いカーテンのような生地が阻んでいるのだ。
(これが王様かぁ……凄いなぁ……貫禄あるなぁ……)
それでも、国王は確かに威厳を感じさせた。
太めの声やゆっくりと動く影に加え、魂の輝きがアンリにそう思わせたのかもしれない。
「アフラシア王国は、この大陸で覇権を握っているといっていいだろう。しかし、余はそれでは満足できんのだ」
アンリは国王が何を言わんとするのか分からないが、ディランには通じたようだ。
「……パールシア共和国」
ディランの呟きに、ベアトリクスの犬耳──正確には狼の耳だが──がピクリと反応する。
(ぉお! こいつ、動くぞ!)
アンリが感動し緊張が解けてきた中、国王がにやりと笑う。
「そう、パールシア共和国だ。余はこの大陸を一つにしようと思ってる。しかし、あの国が邪魔なのだ」
「恐れながら国王陛下。アフラシア王国であれば、あのような小さな国は敵ではないと思うのですが。早く戦争を仕掛けたらいいだけなのでは?」
アンリが疑問に思い質問する。
「ふっふっふ、勿論そうではある。しかしだな、余の国はこれまでの歴史で少しやりすぎておる。こちらから仕掛けるとなると、他の大陸からの目が痛い……無論、他大陸から攻めてこようがアフラシア王国は万が一にも負けることはないがな」
「それでは……火種を作れということでしょうか?」
「然り。聡い子だ、ザラシュトラの声が大きくなるのも分かる。うぬらのパーティーが個人的にパールシアで暴れてくるのだ。いや、やり方は何でもよい。要は、あちらの阿呆共から仕掛けてきたという事実が欲しいのだ」
ベアトリクスの握る手に力が入っているのが分かる。
(なるほどなぁ……人権が否定されているワンコを呼んだのはそういうことか)
アフラシア王国では獣人族の人権は無いに等しい。
その為、獣人族は皆パールシア共和国を目指す。
そこでは人並みの生活ができるのだから。
今ではパールシア共和国は獣人族が半分を占める国となっていた。
(同族を皆殺しにしろってことだもんなぁ……いい趣味してるよ、ほんと)
少しベアトリクスを不憫に思い、アンリは王に進言する。
「でしたら陛下、私に任せていただけないでしょうか。1年程の猶予を頂けるのでしたら、私一人で火種を作ってみせましょう」
その言葉に、国王は嬉しそうに声を弾ませる。
「ほぅ。面白い、では小さな子供に国一つ任せてみようか。して、何が望みだ?」
「褒美を頂けるのですか? でしたら一つ。実は最近、新しい事業を始めたところなのです。是非、国王陛下のお墨付きを頂けないでしょうか」
アンリの望みに、ディランとベアトリクスは不審な目を向ける。
それは冒険者が望むものとしても、13歳の子供が望むものとしても、おかしな願いだったからだ。
「ふっふっふ、噂に違わぬおもしろい奴だ……いいだろう、近々使いを出す。その者が問題ないと判断したのならば、余もうぬの事業とやらを認めよう」
玉座の間を退出すると、ディランからアンリに声がかかる。
「おいおい、一人で受けちまって大丈夫か? 俺はあまり関わりたくないからありがたいがよ」
「あはは、大丈夫ですよ。元々そうするつも……じゃなくて、いい考えを思いついたので」
そこで、ベアトリクスが初めて声を上げる。
「私は私のやり方でやる」
これまでの話を一切聞いていなかったかのような発言に、アンリは少し慌てる。
「いやいや、僕に任せてくださいよ。ベアトリクスさんもしたいなら、協力しましょ?」
「いい。私は私で勝手に動く」
そう言い残すと、ベアトリクスは去っていく。
「やれやれ……協力しようよ、ワンコちゃん」
アンリの呟きに、ベアトリクスの耳がピクリと反応するが、やはり無視をして姿を消す。
前途多難なスタートに、ディランは関わらないことを誓うのだった。
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