第五章

82 夕食

「闘技大会の件、残念だったな」


 夕食の席で、ドゥルジールはアンリに声をかける。


「あはは、仕方ないですよ。学院は火消しに揉み消しにと、とても大変そうでしたからね」


 アンリとシュマは実家に帰ってきていた。

 前世でいうところの春休みにあたる現在の休暇は、例年より大規模に期間が延びていた。

 アンリ達が引き起こした”暴食の大罪人”絡みの事件のせいである。


「私も残念だわ。大会が予定通り行われていれば、アンリかシュマの優勝は間違いないのに」


「仕方ないですよ母上。それに、来年もある行事なのですから、今から楽しみが増えたと思いましょう」


 魔法学院パンヴェニオンでは、毎年度の終わりに闘技大会が開催されていた。

 全生徒から希望者を募り行う大会は、学院内外を問わず大きな注目を集めている。


 上位に入賞すれば、その強さが広く認知され、様々な機関から声がかかる。

 現在の憲兵騎士団長も、闘技大会で優勝したことがきっかけで、憲兵騎士団から声がかかったのだ。


 しかし、先の”暴食の大罪人”事件の対応に追われている学院は、今年の闘技大会の開催を断念した。

 参加する予定だった生徒は勿論、観戦予定だった生徒大人も落胆するのであった。


「うふふ、来年の闘技大会、タルウィも見に来る? 自慢の兄様あにさまの活躍を見られるわよ? タルウィも、兄様あにさまのようにかっこよくなりたいでしょう?」


 タルウィはもうすぐ6歳になろうとしていた。

 しかし、アンリ達がタルウィと顔を合わせたのは、数えることができるほどしかない。

 シュマとしては、全ての敵をなぎ倒すであろう、アンリの強さを、素晴らしさを、尊さを、弟も見たいだろうと思っての提案だ。

 しかし、その提案は却下される。


「いい。ぱぱとままが、兄ちゃんのようになるなって」


 このタルウィの言葉に、アンリとシュマは目を丸くする。

 両親に目を向ければ、とても焦っている様子だ。


「はは……ははははは! タルウィは冗談がうまいな! ははははは!」

「ねぇあなた、おほほほほほ!」


 アンリとシュマを育てている時、ドゥルジール達は、アンリがとても優秀で、シュマがひどく劣等だと思っていた。


 それも仕方のないことかもしれない。

 アンリの前世のように何でも調べることができるインターネットがなければ、パパ友ママ友ネットワークもなかったのだから。


 タルウィが2歳の誕生日を迎えた時、フランチェスカは子供を持つ使用人に相談した。


 相談内容はこうだ。

 タルウィがまだ満足に会話ができない。

 お風呂にも一人で入れない。

 計算もできなければ、数を数えることもできない。

 成長がかなり遅かったあのシュマよりも、タルウィは更に遅い。

 何か、タルウィには問題があるのではないだろうか。


 この相談に、使用人は目を丸くし、答えることができなかった。

 急ぎ他の使用人を集め、無礼を承知の上で子供の常識をフランチェスカへ伝えた。


 そこで初めて、ドゥルジールとフランチェスカは気づいた。


 シュマは、とても優秀だったのだ。

 そしてアンリは、とんでもなく異常だったのだ。


 2歳の時に大人と同じように会話し、自分の意思で物事を判断し行動する。

 子育ての常識を知ったドゥルジール達は、そのことを今更ではあるが不気味に思ってしまう。

 奴隷を飼いシュマに刻印し、スクロールビジネスを成功させたりと、アンリの様子はどんどん普通の子供から逸脱していった。

 そして、アンリに釣られてシュマも普通とはかけ離れてしまっている。


 自分の子供ながら、少し恐怖を感じたドゥルジール達は、せめてタルウィには普通でいてほしいと、ただただ普通でいてほしいと願ったのだ。



「そ、それで? 竜になったというスライムはそれか?」


 ドゥルジールは話題を変えようと、アンリの隣で肉を補食しているダハーグを見る。


「はい、ダハーグといいます。ほらダハーグ、僕の父上と母上に自己紹介を」


「我が名はダハーグ。魔界で死を司る神をしている。この肉をもっとよこせ」


 ドゥルジールは無表情でアンリを見つめる。


「ん? あぁ、ダハーグの言っていることは本当だよ? ”暴食の大罪人”も、とどめはダハーグが刺したんだ」


 ドゥルジールはどこか遠くを見ながらアンリにお願いする。


「アンリ……頼む、もう少し普通になってくれ。私に変な心配をかけないでくれ……」


 この言葉に反応したのはシュマだ。

 ドゥルジールのお願いが、シュマにはとても可笑しなことに聞こえたのだ。


「くすくす、お父様、それは難しいわ。兄様が普通になるなんて。太陽に向かって<燃え盛る火球ファイアー・ボール>になるようお願いしているようなものよ」


 これにアンリは苦笑する。


「あはは、なにそれ。まぁ、父上の心配も分かっているつもりです。僕もお父上の心配の種になるつもりはないので、安心してください」


 その時、扉をノックする音が聞こえたかと思えば、使用人が飛び込んでくる。


「ご、御当主様! 召集です! アンリ様が! アンリ様が呼ばれております!」


 食事中だというのに声を荒げる使用人に苛つきながら、ドゥルジールは答える。


「騒がしい! 少し落ち着いて話せメイド。それで、アンリが誰に呼ばれたのだ」


 皆の注目を浴びている中、使用人が声を震わせながら答える。


「へ、陛下が……アフラシア国王様がお呼びです」


 この言葉を聞いたドゥルジールは、完全に遠くを見て動かなくなってしまった。

 そのことを確認したアンリは、一人準備を始めるのだった。

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