84 希望のダンジョン
「ジェーン! 今日もあのダンジョンに行くにゃ!?」
頭から生えた猫耳をピコピコと動かしながら、ミアはジェーンに声をかける。
「あぁ、あそこは私たちの希望だからね。早く……早く潜らないと」
ジェーンは犬耳を垂れさせながら答えた。
「もぅ~ジェーンは真面目に考えすぎじゃにゃい? もう少し楽に考えようよ。お宝お宝♪ ダンジョンに潜る理由にゃんて、それでいいじゃにゃい。ほら、早くしにゃいと入口が混んじゃう混んじゃう。急ごう、お金の音が鳴る方へ~♪」
鼻歌を歌いながら、ミアはジェーンの手を引き歩き始める。
ここパールシア共和国では、1年ほど前に新たなダンジョンが出現していた。
パルティアン平原の東にできたそのダンジョンは、一言でいえばおいしいダンジョンだ。
見つかった当初は何の変哲もないダンジョンだったが、ここ数ヶ月で明らかにドロップ品に変化があったのだ。
そこまで深い階層に潜らなくても、価値の高い装備品や装飾品がごろごろと転がっている。
財宝もあれば、お金もそのまま落ちているという、なんとも夢のようなダンジョンだ。
誰が呼んだか、そこは"希望のダンジョン"という名前がつけられていた。
「早く、お金を集めて……同胞達を救わないと」
ジェーンが気にしているのは、パルティアン平原から西に拡がるアフラシア王国にいる同胞達だ。
アフラシア王国では獣人族の人権はない。
生きていくために人間の目につかないよう、どこかで集落を作りこっそりと生活していると聞く。
正式にアフラシア王国を糾弾し獣人族を受け入れようとしても、アフラシア王国は強大でその発言力は強く、聞き入れることはないだろう。
そこで、ダンジョンのドロップ品をパールシア共和国に流通させ、他国との貿易を拡大することで、パールシア共和国が少しでも経済的に優位に立つことができるかもしれないと考えた。
ダンジョンはパールシア共和国の領土とはいえ、いつアフラシア王国にばれてもおかしくない位置にあるため、なるべく早く探索をするべきだろう。
これほどおいしいダンジョンだ。
もし存在が露見すれば、何かと理由をつけて領土を奪いにくるかもしれない。
そう思ったジェーンは、起きている時間のほとんどをダンジョンに費やしていた。
「分かるけどさぁ。ジェーンってみゃーよりダンジョンに執着してるね。まぁいいにゃ、さぁ行こう!」
そう言うとミアは、ジェーンの手を握ったまま走り出すのであった。
「──せいっ!」
ジェーンの細く伸びた剣により、ダンジョンの魔物達は次々と狩られていく。
「にゃはは〜相変わらず強いね〜。みゃーの出番もとっといてよ〜」
ジェーンとミアは強かった。
元々はそれぞれがソロの冒険者をしていた。
過去、ソロでAランクに上がったミアは調子に乗っていた。
あまりにもおいしい希望のダンジョンで更なる報酬をもとめ、1人で深層まで潜ってしまったのだ。
強敵のモンスターの手により、命を落としそうな時、同じくソロで探索をしていたジェーンに助けられた。
その後、話している内に意気投合し、2人でダンジョンに潜るようになったのだ。
「でも、冒険者ランク上がらにゃいよ? みゃーは半分貰ってるから上を目指せるけど、ジェーンは本当にそれでいいのかにゃ?」
ジェーンはダンジョンで拾った物を、冒険者組合を介さずに流通させていた。
ある時は商人に売り、ある時は孤児院に寄付をする。
それは、組合を介した時の手数料を嫌がったわけではなく、ドロップ品をなるべく広く流通させるためだ。
それがこの国の為になると思ったジェーンは、自身の冒険者としての手柄を犠牲にしていた。
「いい。全て獣人族のためだから」
何度目からのやり取りをしながら、2人は探索を続けていく。
今日の収穫も大量であり、荷物が多くなりすぎてきたので帰還を考えていると、宝箱から初めて見る物を見つけた。
それは、親指の爪程の大きさの袋に入った、少量の白い粉だった。
「にゃにこれ? 集めて焼いたら極上のパンができるとかにゃ?」
ミアは笑いながら粉を見るが、その目だけは笑っていない。
「これだけおいしいダンジョンだ。私には分からないけど、それなりの価値があるのだとは思う……」
ジェーンのように考えるのは当然だ。
ミアも同様の考えであり、袋を開けると、おもむろに粉を指先につけ舌で舐める。
「ミア!? あなたはもう少し慎重に──」
「──げぇ!! ぺっぺ! まっずぅぅぅ!」
強い苦みと、舌を指すような刺激がミアを襲う。
明らかに食べ物ではないと思われる粉だが、ごく少量とはいえミアが摂取してしまったことをジェーンは不安に思う。
「ミア! 大丈夫!? ほんとにあなたって子は……毒消しの薬を飲んでおく? ……ミア? どうしたの? ミア?」
ジェーンがミアを見れば、その様子に異常が見られた。
ダンジョン内が多少薄暗いとはいえ、いつもより瞳孔が開いたミアは、真剣な顔で遠くを見ている。
何か、いつもの軽い調子のミアが遠くにいってしまったように感じ、ジェーンは不安に思う。
「ミア? ミア? 大丈夫?」
心配するジェーンをよそに、ミアは呟く。
「……ジェーン、魔物が来るよ。4体。1体は、嗅いだことのない臭い……多分初めて見る魔物にゃ……」
ミアの呟きから少し時間が経ち、通路の先から魔物が現れる。
その魔物たちは、ミアの呟きの通り、新種の1体を含めた4体だった。
「っ!?」
ミアの予想が的中したことにジェーンは驚く。
ミアよりもジェーンの索敵能力の方が高く、普段はジェーンが先に魔物を察知している。
ミアが先に索敵したことにも驚いたが、数の把握や新種の察知など、これまでのミアではできるはずもないのだ。
「ミア、とりあえず私に任せて──」
──ジェーンが魔物の相手をしようとするが、先にミアが駆け出す。
「ミア!? …………え?」
その動きは普段のミアよりも桁違いに早く、4体の魔物は一瞬で屠られていた。
その常軌を逸した動きと、血管の浮き出た体を見れば、ミアに何か異常があったことは明白だ。
「凄いよジェーン。にゃんか、凄く体が軽いの。ずっと空を飛んでいる気分。今にゃら、どんな魔物にだって、みゃーだけでも勝てる気がする」
瞳孔を開き、ジェーンを見つめているというのに、どこか遠くを見ているミアを見て、ジェーンは薬の価値を知ったのだった。
そこに、どんな副作用があるかも知らずに。
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