79 後日談
「あぁ、もう! わしに聞くな、少しは自分で考えよ!」
学院の教師たちは先の事件について、様々な対応に追われ膨大な稼働を費やしている。
その為、皆の模範となるべき教師であるカスパールが、声を荒げてしまうのも無理はないかもしれない。
「とはいいましても……あの場にカスパール先生も居たのでしょう?」
他の教師からの質問はもっともだ。
”暴食の大罪人”が出現し、それを討ち取ったこと。
この世の終わりを予期させる膨大な魔力が観測されたこと。
危険度Sではとても収まらないであろう、禍々しい三つ首の竜が突如現れたこと。
どれか一つだけでも、国家を巻き込む大きな事件だ。
その全てが一日のうちに、しかも学院内で起こったとなると、様々な国や機関から説明を求められる。
アンリから事情聴取はしたものの、同じく現場に立ち会っていたカスパールに裏をとるのは当然のことだ。
しかし、「途中で意識を失い、お漏らしをしていたので分かりません」と正直に答えることは、カスパールの自尊心が許さなかった。
そのためカスパールは、学院が外部に向けてとっているスタンスと同じく、詳しくは分からないと、とぼけることしかできなかった。
「だから、全てアンリが言ったことが正しいと言うておるじゃろうが!」
カスパールは、教師を辞任することを早くから検討していた。
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「あはは、今頃先生は大変だろうね。他の先生も、もう少し僕の言う事を信じてくれたらいいのにね」
笑いながら話すアンリに、部屋の奥で作業をしている者が答える。
「くっくっく……それは人間に期待しすぎではないのか? 人間というものはな、自分が理解できない事象はまず否定するものだ。あの日のできごとを理解できる人間など……それこそ、お前しかいないだろう」
「これからどうなるだろうなぁ……流石に何回も説明するのは面倒くさいなぁ」
「お前が何を遠慮する。お前は自分の好きなように生きたらいい。それができるだけの力がある。そうだな……この学院の生物を全て絶やし、新たな学院を作るというのが我輩のお勧めだな」
「いやぁ、それは遠慮しておくよ。青春というものは大事だよ? 人生に1回しかないからね」
「人生に1回しかないことなど、数えていけばきりがないではないか。そうだな……我輩はその中でも、死ぬことをおすすめするぞ。あれはいいものだ。アンリ、お前もこちら側へこないか? 我輩は、今の我輩がとても好きだ。自分を好きということは、人生の中でも大切なことではないか? この経験を俗物達に伝えるのもいいかもしれんな。くっくっく、喜べアンリ、お前は死後の世界の神として崇められる」
以前の戦いで、ダハーグの一撃によりアルバートは死んだ。
しかし、アルバートの技術がまだ必要だと思ったアンリは行動にでる。
死んだ後の魂を、アルバートに教わった技術そのままに、アンリが作成した肉体へ移すことに成功したのだ。
ただ、”暴食”の能力は消えており、そこは2人仲良く落ち込むのであった。
「それも遠慮しておくよ。アルバートを見ていると、やっぱり一度死ぬことで魂が歪になってそうだし」
「くっくっく、歪が非と誰が決めた? 歪が悪いと誰が決めた? 歪で結構。我輩は救われた。死ぬことがここまでイイものだとは思わなかった。早く、誰かに、この思いを共感してほしいのだ。誰か、誰か、殺してあげたいのだ。……いや、お前の奴隷は結構だ。あの者達は、死ぬ前から歪であるからな」
ダハーグの
その毒は、この世に存在する毒物の中でも最上位に凶悪な効果があった。
多くの者達がその毒を手に入れようと沼地に訪れるが、毒の入手は困難を極めていた。
触れた物全てを溶かすため、保存方法が確立していないこと。
毒に触れずとも、近くの空気を吸っただけで死に至ることが主な原因だ。
そして、アンリはよりによって毒沼の中心に、新たな呪術研究会の活動場所となる拠点を建築した。
研究内容、実験内容を簡単に外部に見られることが無くなると考えたのだ。
後の魔法学院パンヴェニオンの七不思議の一つに、このような話がある。
魔界の神が作りだした、何人も渡ることのできない毒沼の先に、何者かの研究棟がある。
そして、その研究棟の主は、死んだはずの教師、アルバート・ルイゼンその人だというのだ。
なにせ、学院では夜な夜なアルバートの笑い声が聞こえてくるのだから。
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(あちらの世界ではかなり退屈していたが、こちらは中々面白そうだな)
皆が寝静まった夜、アンリの寝顔を見ながらスライム姿のダハーグは思う。
(しかしこの男、この我を以てしても全く底が見えん……まさか神たる我が人間に忠誠を誓わされるとは……ふふ、人間かどうか分らぬがな。本当に面白い男だ。何より、これほどに美味な魔力を惜しげもなく渡してくるとは……)
ダハーグの視線は空に浮かぶ星々に向く。
(いやぁ、美味かった。本当に美味かった。この世界では、アンリさえいれば我は満足だ……あちらの世界の興味も失せてきたし……)
もしダハーグに人の口があったのなら、大層な量の涎を流していただろう。
(あちらの世界の全て、我が喰らってやろうか……)
『告 アジ・ダハーカの魂に”暴食の大罪人”の烙印が押されました』
その冷淡な声は、夜の闇に消えていった。
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