78 暴食の大罪人7

 カスパールは現状の打開策を探すが、選択肢はでても行動ができないでいた。

 何せ、身体強化魔法を少しでも緩めれば、直ぐにアルバートに噛み千切られ、そのまま捕食されそうだからだ。


「ねぇ先生、僕達って食べられたらどうなるのかな? 胃袋の中で生きていける? あぁ、でもいつか魔力が枯渇するから死んじゃうのかな」


 こんな状況で危機感を感じさせないアンリの声が、カスパールの癇に障る。


「たわけ! お主、もう少し真面目に現状を見よ! 永遠に生きるのじゃろう!? 不味いじゃろう! どう考えても! 何か、何か手はないのか!?」


「あはは、とはいってもね、いくらでもやりようがありそうだし……」


 アンリはちらりとダハーグを見る。


「ん? 主よ、我が力を求めるか? ならば主の魔力の半分を求めるぞ。あぁ、もしも現時点で魔力が枯渇しそうならば後払いでも問題ないが……」


「やれやれ、ほんとにボクを主だと思ってる? これじゃどっちが暴食か分かんないよね。まぁいいけどさ、今回はダハーグに頼っちゃおうかな」


「いいだろう、こんな簡単な仕事で主の魔力を頂けるとはありがたい」


 アンリの余裕な態度を、アルバートは疑問に思う。


りはひへひはい理解できない……ひまひもほはへの今にもお前のまほふはほはふひへ魔力は枯渇してひふはもひへふほいうほひ死ぬかもしれんというのに


 ダハーグと話していたアンリは、アルバートの疑問に回答する。


「いやね、そりゃ僕も最初は焦ったさ。魔力枯渇は、僕に起こりえる死因としてはありえるからね」


 答えるアンリは笑顔だったが、段々と真剣な顔になっていく。


「でもね、今のペースだと魔力が空になるまでどれぐらいかかるのかって話だよ。日が暮れるどころじゃないよ、季節が変わるんじゃない?」


 その顔は、確かに静かな怒りを感じさせた。


「僕を食べるって? なかなか面白い冗談を言うじゃないか。いや、笑えないね。ほら、このペースじゃ遅すぎるから手伝ってあげるよ。もっと、もっと魔力を食べてみなよ」


 アンリの胸の内から、真っ黒な感情が溢れ出すと同時に、アンリの魔力も暴れだす。そして──


「──ガァァァッ!!?」


 アルバートの口から大量の血が吐き出される。

 口からではなく、目と耳からも血が流れており、なにか身体に異常があったのは明白だ。

 吐血時に大きく口を開いたため、アンリとカスパールは捕食から逃れることができた。


「ゴフッ! ゴハアァッ! なんだ!? 何をしたアンリ!? 我輩の体に何が起こった!? 分からない! 理解できない!」


「……わしにも分からなんだ。状態異常系の魔法でもかけたのか?」


 アルバートとカスパールに質問され、アンリは笑いながら答える。


「あはは、簡単なことだよ。アルバート先生の魔力を食べるペースが遅かったからね。僕からも流し込んであげたんだ」


 だが、この答えに2人は納得できない。


「それがどうした! それで、我輩がここまで苦痛を伴うことはないはずだ! 理解できない! 教えろ、アンリ、我輩に何をした!」


「あはは、コリジョンは起こっていないはずだから、アルバート先生が苦しんでいる理由は単純明快だよ。先生の魔力の器が小さすぎたんだ」


 この答えにこそ、アルバートは納得できなかった。


「それはありえない……ありえないはずだ。我輩は”暴食”の能力により、器が広がったはずだ。それこそ、この世の全ての魔力を取り込んだとしても問題ない……ほどには……」


 しかし、先ほどまでの威勢は無くなっている。

 カスパールは喉をゴクリと鳴らし、アンリを見つめる。

 2人共、共通してある仮説を立てたのだ。


 そしてその仮説は、アンリによって肯定される。


「魔力成長期のピークが10歳から12歳と言われているけど、それは間違いだよ。正確には、若ければ若いほど魔力量の伸びはいい。ただし、普通であれば魔力を使うことはできないから、10歳からと言われているのは仕方ないけどね」


 アンリの説明を聞きながら、アルバートは背中が濡れていることに気付く。

 背中に血はついていないので、おそらく汗、それも冷や汗だろう。


「僕は0歳から、ずっと、ずっと、毎日、毎日、魔力量を上げる特訓をしてきたんだよ? それも色々な人に手伝ってもらっている最高効率の増加特訓だ。今の僕の魔力量がどれだけか、先生に想像できる?」


 アンリは普段、自身の魔力を抑え隠している。

 それは、過去カスパールに忠告されたからだ。

 そしてこの時、アンリは自身の魔力を隠さずに放出する。


「この世の全ての魔力、ねぇ……。僕の魔力がその程度しかないと思った? 甘い、甘いよ先生。僕は不老不死を目指しているんだよ? 世界のルールを壊すつもりなんだよ? だったら、世界一つ分の魔力では心許ないでしょ。二つ分でも不安だ。三つ分でも心配だ。僕の敵は世界寿命なんだから」


 アンリの膨大すぎる魔力にあてられ、アルバートは戦意を喪失する。

 それも仕方ないことだろう。


 アルバートよりもアンリの近くにいたカスパールは、腰がぬけていた。

 女の子座りの姿勢となったカスパールの目は焦点があっておらず、涙が流れている。

 上半身は涎と血で汚れているが、下半身もまた失禁により汚れていく。


「あ、あ、アンリ……お前はそこまで……ま、まて! ならば──」


 ──アルバートに一つ疑問が生じた。


(この世の全ての魔力よりはるかに膨大な魔力を持っているのは真実の可能性が高い! ならば、あのスライムは一体っ!)


 アルバートの疑問、それはアンリが呼び出したスライムの正体にある。

 アンリの魔力量は規格外であり、アルバートの器を超えたことからも、間違いなく世界一つ分は超えているのだろう。

 アンリの言葉を信じるならば、世界の数倍、数十倍の魔力を持っているのかもしれない。


 ならば、そのアンリが魔力枯渇により体調が悪くなるほど魔力を消費して召喚した、ダハーグという名のスライムは何なのか。

 アンリの魔力の半分を求め、器から溢れる心配をしていないダハーグは、どれほど危険度の高い魔物なのか。


 アルバートの視線は、少し遠めで傍観していたスライム姿のダハーグに向く。





 最も強い生物とは何か。


 全てを貫く牙を持っていることか。

 全てを防ぐ鱗を持っていることか。

 全てを支配し統治していることか。


 その問いに答えた者の数だけ、様々な意見が出てくるだろう。

 それは、人類の長い歴史の上で長きにわたり議論されてきた。

 そして答えには、こんな例もある。


 それは、変化に対応できる生物である、というものだ。

 ダハーグは長く生きていく中で、自身の姿を変形させていった。


 全ての外敵を捕食できるように。

 全ての外敵から身を守れるように。

 どのような気候変動にも対応できるように。

 どのような環境でも生きていけるように。

 食料が無くても生きていけるように。

 無駄にエネルギーを浪費しないように。


 様々な条件を満たしていった終着点が、スライムの姿だった。

 そして、それは仮の姿だ。

 ダハーグは自分の本当の姿を忘れてはいない。

 

「ふはははは! もう決着はついたのかもしれんが、約束は約束だ! 我も働き、主の魔力をもらうとしよう!」


 ダハーグが大きな声で笑うと同時に、その姿が変貌する。

 その小さな体のどこに内包されていたのか、大きく、大きく、姿が変わり、その体は質量を持っていく。

 その大きさは呪術研究会の建物などではとても納まりきらず、建物と周囲の木々を破壊していった。


「我はダハーグ! いや、この姿の時はアジ・ダハーカと名乗らせてもらおうか! 少々頭が高いのではないか? 我は貴様らが魔界と呼ぶ世界で、死を司る神であるぞ!」


 アルバートの目の前で、山と見間違えるほどの大きさの、三つ首の竜が吼える。

 その存在感、圧迫感、威圧感を直に受けたアルバートは、開いた口が塞がらず、ただただ巨大な竜を見上げるのみだった。


 ダハーグの正体、それはアジ・ダハーカと呼ばれる神の一柱である。

 ”死”を司る神竜ではあるが、毒々しい外見も相まって、魔界中で畏れられている存在だった。


「じゃあな、暴食の。貴様に恨みはないが、我の食事のため贄となるがいい」


 三つ首の内、右側に位置する頭から吐き出された漆黒のブレスが、アルバートに直撃する。

 アジ・ダハーカの右首は、魔界中の苦痛を体現している。

 そのブレスを受けたアルバートは、死ぬまでの1秒にも満たぬ間に、この世の全ての苦痛を経験することとなった。


 こうして、”暴食の大罪人”との戦闘は、あっけなく幕を閉じた。

 この戦闘によりアンリに直接の被害は無かったが、頭を抱えることとなる。


「ダハーグ……ちょっとやりすぎかも……」


 アジ・ダハーカのブレスはアルバートだけでなく、呪術研究会の建物があった森の命も奪っていた。

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