77 暴食の大罪人6

「あれは……アフラシアデビルの羽? 僕のペットも神隠しにあってたけど、やっぱりアルバート先生が食べちゃったんだ。」


 アルバートの背中から生えている黒い翼を見てアンリは呟く。


「となると……”暴食”の能力も見えてきたのう。食べたものを自分の力にする、といったところか……確かに魔法の原典アヴェスターグを持っているのは脅威じゃが──」


 ショートソードを抜いたカスパールは、勢いよくアルバートに接近する。

 カスパールは戦闘経験の豊富さから、一瞬でそれが最善と判断したのだ。


 カスパールは、食べた者の能力を再現することが”暴食”の能力と推測した。

 魔法の原典アヴェスターグを食べ、自分の物としているアルバートは確かに大きな脅威だろう。

 だが、以前行われた”強欲の大罪人”ダールトンとアンリの戦いから、魔法の原典アヴェスターグを持っているだけでは不十分ということが分かっている。


 魔法の原典アヴェスターグで作り出したアンリのオリジナル魔法の中でも、危険性が高い魔法は例外なく使用魔力量が多い。

 世界中で危険視されていたワイルドパンサー強盗団首領のダールトンですら、その使用魔力量の多さから、継戦能力は低かった。


 そして、アルバートは研究者としては優秀だったが、魔法使いとしては凡人だ。

 故に、アルバートが使えるオリジナル魔法など、たかが知れていると考えたのだ。


 しかし魔法の原典アヴェスターグにはどんな魔法が記載されているのか、カスパールはその全てを知らない。

 その為、相手に時間を与えるのはデメリットしかないと考えたカスパールの判断は正しいといえるだろう。


 ”暴食”の能力が、カスパールの推測通りであれば。


「──なっ!?」


 カスパールの振りぬいた剣は、アルバートの指先によって止められる。

 そして無防備なカスパールを、暴食の大口が包み込む。


「ちぃ!」


 流石は”閃光”の異名を持っているだけはあり、常人であれば間違いなく全身を喰われていたところだが、寸でのところでそれは避けることができた。

 しかし、左肩から胸にかけてを大きく食いちぎられる。


 とっさに距離をあけ、自動回復魔法リジェネの効果で回復している最中のカスパールに対して、アルバートは魔法を唱える。


『<重力操作魔法来い>』


 カスパールが目に見えない大きな力で引っ張られ、アルバートの口に吸いこまれていく。


(この力は……まず……い……の)


 カスパールがアルバートに食べられる直前、アンリの助けが間に合う。


「っと! あっぶな!」


 間に合ったといえ、アンリはアルバートに歯を突き立てられる。

 左腕と左脚は、それぞれアルバートの上歯と下歯が抉っている状態だ。

 カスパールもアンリと同様に、丸々食べられることはなかったが歯を突き立てられており、苦痛に顔を歪める。


 今のアンリ達は身体強化魔法を使っており、肉体の強度も上がっているので、並大抵の力ではそもそも傷をつけることも難しい。

 しかし、アルバートの咬合力は身体強化魔法をそこまでの障害としていないようだ。


「やぁ先生、こんなに密着するのは久々だね。あはは、なんだか少し照れるね」


「た、たわけ! そんな状況ではないじゃろうが! なぜじゃ!? アルバート、貴様がここまで魔法を使いこなすとは……それにこの力は一体……」


 おそらくアルバートも身体強化魔法を使っているのだろう。

 しかし、カスパールが知っているアルバートの魔力量であれば、出力をここまで上げる前に魔力枯渇で倒れているはずだ。


「ふゅっふゅっふゅ……らりをひう何を言うらーうえるふダークエルフわらはいは我輩はあーりのアンリのはほーをふっは魔法を喰った


 涎をカスパール達にかけながらアルバートは答える。

 その答えで、カスパールは”暴食”の能力を理解した。


「そ、そうか……”暴食”で自分のものにできるのは能力だけじゃない……アンリの魔力も食って自分のものにしたのじゃな!?」


 カスパールの問いに、アルバートは目を細めて解答を告げる。


せいはいは正解だ


「し、しかし、貴様の魔力の上限など知れておる! アンリの膨大な魔力を喰らえば、貴様の身が滅ぶのが先じゃ……」


 過ぎたる力は破滅を招く。

 自身の器からこぼれ落ちた魔力は、その身に牙を剥くのだ。

 普段の鍛練により、魔力量が増えるのに比例し器を拡がっていく。

 だが、その鍛練をしていないアルバートであれば、アンリは勿論、カスパールの魔力を食い尽くすことも不可能と思われた。


「ふゅっふゅっふゅ……もんらいない問題ないわらはいはひはいひへいふ我輩は理解しているほのよ全てのこの世全てのまりょふをはへふひへ魔力を食べずしてらりはおうりょふは何が暴食か


 しかし、その言葉にカスパールは焦る。

 ”暴食”の能力により、アルバート自身の魔力の器が果てしなく増加したと分かったからだ。それこそ、この世界の全ての魔力を食べても問題ないほどに。

 歯を突き立てられている今この瞬間も、アンリとカスパールの魔力がアルバートに食われているのを感じる。

 魔力の流れを注視すると、カスパールとは比較にならないほど、アンリから大量の魔力がアルバートに流れていた。


(まずい……このままでは……いや、最早既に手がつけられん化物が生まれておる!)


 アンリが過去”強欲”のダールトンに勝つことができたのは、魔力量に差があったからだ。

 しかし、今回”暴食”のアルバートは、アンリから魔力を直接喰らっており、現時点でも膨大な魔力量を手にしている。

 この状態が続けば、アンリとカスパールの魔力は全て奪われてしまう。

 そうなれば、勝ち目などあるはずがなく、ましてや世界でアルバートを止められる者もいないだろう。


(まずい……まずいぞ! 何か、何か手は……)


 カスパールが焦っている中、三者を平然と見つめているスライムの姿があった。

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