76 暴食の大罪人5

「あれ? そういえば先生が人の名前を呼ぶなんてめずら──え?」


 そこには、大口を開け、アンリを今まさに食べようとしているアルバートがいた。

 人間を辞めたと思われるほどに大きく口を開くアルバートを見て、アンリは焦る。


「ちょっ!」


 アンリは慌てて逃げるが、右腕もろとも魔法の原典アヴェスターグを食べられてしまう。


「先生!? あの、どうしたんですか? 先生もその手の趣味に目覚めちゃったとか?」


 全自動回復魔法フルオート・リジェネの効果により、回復したアンリの右腕の手には、再び魔法の原典アヴェスターグが握られる。


「くっくっく……くくくっ! 成程……成程成程成程!!」


 アルバートはアンリの質問を無視し、大声をあげる。


「理解した! 理解したぞ! 成程、これが魔法の原典アヴェスターグか! アンリ、お前は素晴らしい! 天才だ! 認めよう!」


 言いながら、アルバートもまた魔法の原典アヴェスターグを出現させる。


「成程、我輩も魔法を理解した! お前はそこまで理解していたのだな! 教えろ! 一体なぜその領域に辿り付いた! 一体なぜその発想がでてきた!」


(うん? なんで先生も魔法の原典アヴェスターグを持っているんだ……? さっきのダハーグなみの大口といい、もしかして緊急事態かな……?)


 アンリはいつもよりも数段異常なアルバートの様子を見て、首からかけているプレートに少し魔力を通す。

 Aランク冒険者を証明するプレートではあるが、アンリはこれを少し改造し、カスパールとの間で緊急信号を送受信できるようにしていた。


「一体なぜ! 理解できない! アンリ、お前は……お前は一体何者だ! この本は……もしや……いや、まさか……まぁいい、お前をいいだけだ」


 再びアルバートの口が大きく開く。

 口が裂け、顎が伸び、その口は長身のアルバートの半分以上を占めている。

 異様であり、不気味であり、なかなかホラーな絵となっていた。


「ふはははは! 主の世界は面白いな! 人の身で人を喰らおうとするとは!」


「人が人を食べるのは、割とどの世界でもあるんじゃない? 僕が昔いた世界でも、そういった風習はあったようだし」


 ダハーグが言葉を発するのを見て、アルバートの目は輝く。


「そうだ! お前もだスライム! お前の存在も理解できない! だが、我輩が理解してやる!」


「だってさダハーグ。君の存在が理解できないようだから、改めて自己紹介でもしてあげる?」


「主よ、一応いっておくが、やつは我等を喰らいたいのだと思うぞ?」


「やっぱり? まぁ右腕食べられちゃったしね。でもアルバート先生には引き続き研究を手伝ってほしいなぁ。先生、神隠しのことは秘密にしておくから、僕達は諦めてくれない?」


 アンリは駄目でもともとではあるが、アルバートに提案する。


「くっくっく、却下だ。我輩の知識欲は、アンリとスライム、お前たちを欲している。大人しく食べられろ。お前たちは我輩に理解されるのだ、世の為と諦めてくれ」


「それなら仕方ないか……じゃぁ先生、一回殺すね? 『<敵穿つ炎槍フレイム・ジャベリン>』」


 アンリが以前の決闘で使った魔法を唱える。

 以前よりも出力を少し上げているので、アルバートを殺す分には充分な火力となっていた。

 しかし、それは以前のアルバートならの話だ。


「くっくっく……その魔法、理解しよういただきます


 <敵穿つ炎槍フレイム・ジャベリン>はアルバートの口に吸いこまれる。

 アルバートは全くの無傷だった。


「げぷっ。くっくっく……美味いではないか! 魔法の原典アヴェスターグさえあれば魔法の理解などどうでもいいが、なんと甘美な魔力だ! もっと! もっとお前の魔力を我輩に食べさせろ!」


「同感だ」


 アルバートに同意するダハーグに対して、アンリが突っ込みをいれようとした時、カスパールが到着する。


「どうしたアンリ! なにか……あ、アルバート……?」


 化け物のような口を開くアルバートを見て、カスパールは直ぐに異常事態だと判断した。


「おぉ、流石”閃光”……早いね先生。いやね、アルバート先生の様子が少しおかしいんだよ。僕の右腕や魔法の原典アヴェスターグを食べて美味しい美味しい言ったり、さっきは僕の魔法を食べておかわりを要求してくるし」


「たわけ! どこが少しじゃ! 様子がおかしいとかそういったレベルではないじゃろ! アルバート、貴様、悪魔にでも魅入られたか!?」


 カスパールの問いに、アルバートは笑いながら答える。

 大きな口からは、言葉と一緒に涎も飛び散っている。


「くっくっく、悪魔に魅入られたのはダークエルフ、お前のほうであろう? ふむ、お前を喰らえば我輩はダークエルフを理解できるのか? もしや長命になるのか? くっくっく……これは興味深い。いや、”暴食の大罪人”というのは、なかなか面白いな」


 アルバートの口から”大罪人”の言葉が出たことにより、アンリはやっと事態の重さに気付く。


「え? アルバート先生、大罪人になっちゃったの!? えぇ……てっきり変な趣味に目覚めたとばかり……」


「アンリ、頼むからお主はもう少しまともな価値観を持つんじゃ! 変な趣味はお主ら双子だけで充分じゃ!」


 二人のやり取りを尻目に、アルバートは額に血管を浮き上がらせながら口上する。


「くっくっく……我輩は、我輩こそは”暴食の大罪人”の烙印を押された者、アルバート・ルイゼン! 我輩が、この世の全てを理解しよう! お前たちも、世界の発展のため我輩の血肉となるがよい!」


 その化物顔負けの巨大な口も然ることながら、背中から生えたアフラシアデビルの翼を見れば、アルバートが人間を辞めたことは容易に理解できたのであった。

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