80 side:アシャ 前

 ボクは悪魔だ。


 不気味な黒色の髪の毛。

 自分の意思と関係なく相手を操ってしまう呪われた眼。

 確かに、悪魔と思われても仕方がないと自分でも思ってしまう。


 だからボクは、これまでの仕打ちを受け入れてきた。

 ボクは悪魔なのだから、暴力を振るわれるのは当然のことだ。

 何もかも、生まれてきたボクが悪いのだから。

 自分が生まれたことに絶望し、何度も自分で命を絶とうとした。

 だけど、それは全て失敗に終わった。


 怖かった。


 何度も死のうと思ったけど、最期の最後で何かがブレーキをかけ、ちゃんと死ぬことができない。

 死ぬことも怖く、生きることも怖く、ボクは怯えながらただひたすら時が過ぎるのを耐えていた。


 ウォフ様の養子として引き取られてからは、耐えることが全てではなくなった。

 ボクの力にお義父様は喜び、ボクを周りの悪意から守ってくれた。

 自分の生まれつきの姿形は嫌いだったけど、才能という部分に対しては、スプンタ・マンユ様に深く感謝した。


 ボクは強かった。

 努力をすればするほど、強くなることが実感できた。

 その度にお義父様は喜んでくれた。

 だから、もっと努力した。

 それこそ死ぬ気で剣を振り、魔法を覚えた。


 剣についてはお義父様が付きっきりで教えてくれた。

 周りの人間は苛めだ、虐待だ、止めるべきだと声を上げる。

 煩わしい。

 たった数時間、お義父様にいたぶられるだけで、ボクは生きることを許されるのだ。

 こんなに楽なことはない。


 魔法についてはボクの姉代わりの存在が教えてくれた。

 その姉は、ボクが毎日礼拝堂でスプンタ様に熱心に祈りを捧げているのを見て、快く教えてくれることになったらしい。

 ボクはその人を姉と慕い、いつの間にか唯一心を許せる存在となっていた。


 ボクは皆が思っていた以上のスピードで、異常なほど強くなり、気付けば序列が2位に上がっていた。

 スプンタ様に認められたことは嬉しかったけど、ボクを脅威に感じたお義父様の命令で魔眼は抉り取られた。

 それでも良かった。

 お義父様のいう事だけ聞いていれば、ボクは悪意をぶつけられることはない。

 お義父様のいう事だけ聞いていれば、ボクは怯えずに生きていける。


 それは、ボクにとって本当に楽で、心に安寧をもたらした。

 それは、まさしくスプンタ様の救済に思えた。



 学院に通いだしてから、ボクの安寧にノイズが入りだす。

 そのノイズのほとんどは、監視対象であるアーリマン・ザラシュトラが原因だ。


 ボクは自分のことを悪魔だと思っていた。

 だが、アーリマン・ザラシュトラとダニエル・マキシウェルの決闘を見ていると、やつこそが本当の悪魔なのではないかと思う。


 相手が泣き、喚き、許しを請おうが笑いながら火炙りにする。

 しかも相手が意識を失いそうになれば、ご丁寧に回復魔法まで使って拷問を楽しんでいた。

 狂っているのだ。


 そんな悪魔が、ボクの人生を「運がなかった」の一言で終わらせ、あまつさえ人生を説きだしたのだ。

 流石に腹が立ち、あまり人に見せたことのない左目をみせる。

 それはただの八つ当たりかもしれない。

 悪魔がこんなに人生を楽しんでいることが許せず、自分の不幸を自慢したかっただけなのかもしれない。


 すると、悪魔はボクに回復魔法を使う。

 その効力は凄まじく、昔の能力そのままに魔眼が完治していた。


 嬉しかった。

 ボクがボクでいていいと認められた気がした。

 だから、いくら相手が悪魔といえ、お礼をいうのは当然のことだ。


「……ありが──」


 ──ぐしゃ


 あまりにも突然のことで何も反応できなかった。


「あはは! 凄いねこれ! 見てよ、魔石みたいだ!」


 痛みのため、血と一緒に涙がでてくる。

 悪魔は、ボクの左目を回復した瞬間に、その左目を抉り取ったのだ。


 殺してやる。


 悪魔め、お前は絶対、殺してやる。


 だが、それは今じゃない。

 もっと人目に付かず、もっと悪魔が油断している時。

 僕はその時をひたすら悪魔の隣で待つことにした。


 いつだったか、悪魔がボクのことを人に”友達”と紹介した時があった。

 反吐がでる。

 怒りで歪んだ表情を見られないよう、僕は悪魔から顔を背ける。


 何が友達だ。

 お前は、ボクに狩られるだけの存在だ。

 ボクはお前を許さない。

 お前は絶対に──







 シュマのお茶会に誘われたボクは、目撃してしまう。


 あ……あぁ……


 悪魔の命令によって、ボク達の給仕を務める人形を。


 ……なんで……お姉ちゃんが……


 正確には、人形のように働かされるお姉ちゃんを。


 ……ひどい……やっと会えたのに……なんで……


 涙はでなかった。

 そこまでの思考が追い付いていなかっただけかもしれない。


 許せない、許せない、ユルセナイ

 悪魔め、絶対に、絶対にお前だけはユルセナイ。

 殺してやる、ボクが、お前を絶対に、絶対に殺してやる

 殺してやる、ボクがコロス、コロスコロスコロス、絶対に殺す


 現状が段々と理解でき、心の中で呪詛を何度も繰り返していると、ふと悪魔と2人きりになっていることに気付く。

 ボクは悪魔に問う。


「…………これは……何……?」


「あぁ、これは僕の作品の一つ……いや、シュマとの合作だね。<傀儡マリオネット>という魔法でね、ほら、人形みたいな動きで面白いでしょ?」


 そうじゃない。

 それはボクのお姉ちゃんだ。

 何が……何が面白いんだ。


「……あなたは……人を……命を……なんだと思っている……?」


 ボクの頬が濡れており、涙が流れていることに気付く。

 悲しくて泣いているのだろうか。

 悔しくて泣いているのだろうか。


「あはは、テセウスは人ではないよ。ましてや命もあるわけがない。魂がないからね。ぷぷ、でもこの動き、いい味出してるなぁ……ねぇ、アシャもそう──」


 ──ドシュ


 ボクは悪魔の首を断ち切った。


「人でないのは……お前のほうだ……これは……神の裁きだ」


 許せなかった。

 ボクの姉をこんな姿にした悪魔が。

 ボクの姉を人でないと言った悪魔が。

 悪魔といえど、首を切断されて生きている生物などいない。

 だというのに──


「──あはは、よく言われるよ」


 背筋が凍る。

 悪魔は生きていた。

 なんでこれほどの悪魔が、これまで露見されずに生きてきたのか。

 なんでこれほどの悪意に、周囲の者達は気付かなかったのか。


 ボクは応戦するが、全く力は及ばず、意識を失った。


 お姉ちゃんの仇は……とれなかった……

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