74 暴食の大罪人3

「……信じていいのじゃろうな?」


「勿論だよ先生、僕を信じてよ」


 ダハーグを呼び出してから一月程過ぎたある日の講義後、アンリはカスパールに詰問されていた。


「本当じゃな? ダハーグの仕業ではないのじゃな?」


 というのも、ここ最近の学院で行方不明者がでていたのだ。

 最初は飼育している動物や使い魔が姿を消していった。

 誰も気付かぬうちに、いつの間にかいなくなり、一切の痕跡も残っていないことから、生徒の中では神隠しと噂されている。

 最近では動物や使い魔だけでなく、生徒や先生といった人間も神隠しにあい、かなり問題視されるようになってきていた。


 タイミングを考えると、以前の魔物召還に立ち会った者が、アンリ達を疑うのは当然だろう。

 事実、学院長もダハーグが犯人と目星をつけており、カスパールに事情聴取がきたようだ。


「僕の部屋で呼び出してはいるけど、犯人はダハーグじゃないよ。ホントだよ? いじめないで! 彼は悪いスライムじゃないよ」


 どこか冗談めかして答えるアンリに、カスパールは怪訝な表情を向けるも、納得したようだ。


「召還はしているんじゃな……まぁ、とりあえずはお主の言うことを信じるか。学院長には適当に報告するかの」



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「──ってことがあったんですよ。酷いですよね、何もしていないダハーグを疑うなんて」


 呪術研究会にて、アンリはアルバートに愚痴をこぼす。


「くっくっく……さもあらん。召喚の場にいたのであれば、あの魔物が犯人と思わないほうがおかしかろう。それで、ダハーグは? 隠れて召喚していたのか?」


 アルバートの質問に、アンリは魔法の原典アヴェスターグを捲り、認識阻害魔法を解除する。

 すると、アンリの頭の上に、以前の姿そのままにスライムが鎮座していた。


「結構好かれちゃったみたいでして。今はここが気に入っているみたいです。まぁ、全然重くはないからいいんですけどね」


「ふはははは! そう嫌そうにするな! 主の魔力の質が良すぎてな。ここが随分と心地よいのだ。何、頂く魔力については控えめにしているだろう?」


 ダハーグの発する声は、以前よりは調整され小さくなっていた。


「よく言うよ。召喚した時は僕の魔力を半分以上も持っていったくせに」


 少し不貞腐れているアンリに向かって、ダハーグの代わりにアルバートがフォローを入れる。


「くっくっく……半分以上で済んだというのは優しいほうだぞアンリ。学院長が召喚した時は、魔力が枯渇し意識を失っていたな。やはり、あの学院長よりもお前のほうが随分と魔力が多いようだ。お前は一体なぜそんなに魔力量が多いのだ……? 何にせよ、あの植物よりもこちらのスライムほうが、はるかに底が深く、研究の楽しみが増えるというものだ」


「たかが人間が、我を研究とは笑わせる。貴様の魂も我が一部にしてやろうか?」


 少し不穏な雰囲気を感じ取り、アンリが仲介にはいる。


「まぁまぁ。ダハーグがこの世界では貴重過ぎる存在だからね。研究という言葉は確かに少し失礼かもしれないけど、興味が湧かないほうがおかしいよ」


「くっくっく、興味だらけだ。ただそれはアンリ、お前にも言えることだ。お前の魔力量、これまでの研究成果、そして魔法の原典アヴェスターグ、どれもこれも、普通の12歳ではありえないことだ。いや、12歳でなくともありえない。我輩達の生きているこの世界では特別すぎて、異物というほかないだろう。どこで、なぜ、どうやってそのような力と知識を身に着けた? 我輩の興味の一番は、最早アンリ、お前にある」


「あはは、神童と呼ばれるだけはあるでしょ? 実は前も神童と呼ばれていたんですよ? でも、才能よりも努力のほうが大事だと、歳を重ねる毎に実感しましたね」


 アルバートからの質問に対して、正直に全てを話しても到底信じてもらうことはできないと思ったアンリは、少しふんわりとした回答でごまかす。

 魂の第一人者であるアルバートに「自分の魂が異世界へ転生しました」と伝えることは、特にエビデンスを持たないアンリにとって億劫に感じたのだ。


「そういえば先生は何か知りません? 神隠しのこと」


「あぁ、今噂になっている事件だな。使い魔の授業を担当していたローランドと4年生のボブが消えたらしいな。神隠しとはまた大げさな名前だとは思うが……まぁ、お前は気にしなくともよいだろう」


 話題を変えることに成功したアンリは、神隠しの話を掘り下げようとする。


「とは言いましてもね、僕の可愛いペットも神隠しにあっているんですよ。まぁ、沢山いるうちの数匹なので、別段困っているわけではないのですがね」


「くっくっく……どうせあのペットはあと1年程の命だっただろう。神隠しという体験をできたほうが、奴らも幸せだろう」


 今も奴隷相手に実験をしているアンリは、ふと違和感と湿った空気を感じ、アルバートに振り向く。


「あれ? そういえば先生が人の名前を呼ぶなんてめずら──え?」


 そこには、大口を開け、アンリを今まさに食べようとしているアルバートがいた。

 アルバートは人間を辞めたと思われるほどに口を大きく開いており、その口であればアンリとダハーグをこのまま丸々と捕食することも可能だろう。

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