73 暴食の大罪人2
凶悪な魔物が出てきても対応できるよう、呪術研究会の一室には、腕に覚えのある者達が集まっていた。
しかし、魔物の中でも最弱候補であるスライムの出現により、皆の緊張は一気に緩和される。
「どんな魔物がでてくるかと思えば……」
「よりによってスライムかよ、はは」
中には、笑い声まで聞こえてきた。
(可愛い……可愛いがしかし……)
その雰囲気の中でも、何名かは警戒を解かず、なんなら警戒レベルを引き上げている者もいた。
カスパールもその一人だ。
見た目こそ少し赤みのかかったスライムではある。
しかし、その中身には禍々しい魔力が詰まっており、底は見えなかった。
それは、アンリに感じるものと同じような、自分の理解を超えた恐ろしいものだった。
カスパールは、召喚されてからスライムをじっと見ているアンリに声をかける。
「アンリ、お主は問題ないか? このスライムは一体……」
「ん? あぁ、念話は皆には聞こえてなかったんだね。ダハーグ、皆に自己紹介できる?」
アンリがスライムに声をかけると、スライムから大音量の音が発生する。
「ダハーグか、それでいいだろう。我が名はダハーグ、なかなか上質な魔力を馳走になった」
それは声というより、空気を震わすことで発生させたノイズのような音だった。
あまりにもの音量の大きさに皆耳を手で塞ぐが、それでもはっきりと聞こえてくる。
「しかし、いくら質が良くとも魔力のみでは満足できぬな。我をわざわざ呼び出したのだ、対価としては少し不十分であろう?」
「ふぉっふぉっふぉ、わしの呼び出した魔物が求めたのは魔力だけじゃったが……何が望みなんじゃ?」
「これは悪魔召喚の儀なのであろう? 悪魔が求めるものなど、魂と相場が決まっておるだろう」
魂をよこせというスライムのダハーグに対し、その場の雰囲気は一気に張り詰める。
学院長の呼び出した
しかし、軽い笑い声がその場の雰囲気を緩和する。
「あはは、まぁ呼び出したのは僕だし、僕の奴隷の魂でもあげようか。誰か、立候補する人いる? 魂ってことは、多分死んじゃうってことだけど──」
アンリの言葉が終わる前に、6人の奴隷は一斉に手を上げ叫びだす。
「──私です! 私が立候補します!」
「いや、俺だ! 俺の魂はとても美味いんだ! そうに違いない!」
「どうか私を選んでください! スライムに食べられちゃうの、子供の頃からの夢だったの!」
死ぬために強く争っている奴隷達を見て、周囲の者は目を丸くする。
アンリは苦笑いを浮かべながら、ダハーグに提案する。
「え~と、とりあえずこの6人全員の魂で勘弁してくれない? おかわりがいるなら、また今度ってことで」
「……いいだろう、貴様を我が主と認めよう」
ダハーグがそう言うと、急激にその姿を変える。
口のような消化器官が大きく広がったと思えば、奴隷の6人を喰らい、ダハーグが元の大きさに戻る。
時間にすれば、それは1秒にも満たない出来事だった。
奴隷の6人は、足先だけを残して消失していた。
魔法陣作成に利用されたものよりはるかに大量の血と、6対の足先が残ったその光景を見て、周囲の者は絶句する。
(魂っていってたのに、全部食べちゃった……魂は足には無いんだろうな)
アンリの感想は、他の者達と少しずれていたのであった。
その場はお開きとなり、呪術研究会の一室では少数で打ち合わせが行われていた。
アンリ、アルバート、カスパール、学院長の4人の打ち合わせではあるが、方針のほとんどは学院長が決めていく。
カスパールはアンリに任せてほぼ傍観しており、アンリとアルバートの発言は、ほとんどが即却下されるのだ。
「わしが召喚した魔物より、随分と危険そうなやつじゃったな……それでアンリよ、先ほどの魔物……ダハーグといったか。奴は今はこちらの世界にはいないのじゃな?」
「はい、学院長。普段は今まで通り魔界で生活していて、僕が呼んだ時にこっちの世界に来てくれるらしいです」
「それがいい……アンリよ、絶対にダハーグを召喚するんじゃないぞ……あのスライムからはかなり危険な気配がする……」
「しかし学院長、奴は全くの未知の魔物だ。我輩達は歴史が動く証人になれるかもしれんのだぞ? 危険だと言って何もしないのは勿体ないというものだ」
「そうですよ、ダハーグには呼び出した時に奴隷を何人か与えれば満足してもらえそうですし」
アンリとアルバートは、召喚されたスライム、ダハーグの研究をするべきだと訴える。
しかし、学院長は安全を第一に考えていた。
研究をする者達は勿論、下手をすれば学院に危険が及ぶと考え、ダハーグの研究に待ったをかけたのである。
「時期を見るんじゃ。大陸内外のSランク冒険者に依頼を出し、あらゆる危険を排除できる環境を整えてから臨むべきじゃ」
「何を悠長なことを! そんなの待っていてはいつになるか分からんではないか! お前も魔道を追求する身なれば、多少のリスクは負うべきだと分かっているのではないか!?」
アルバートは声を荒げるが、学院長は首を横に振る。
「アルバート、わしはリスクは多少どころではないと判断したのじゃ。いいか、話はこれで終わりじゃ。頼むから勝手をするなよ? アンリ、お主もじゃぞ?」
学院長はそう告げると、足早に退出してしまう。
(自室ならバレないだろうし、奴隷を転移させてから色々調べてみようかな。奴隷の数が心許無くなってきた……戦争でも起こってくれないかな……)
カスパールは大きなため息を吐く。
アンリの瞳に宿る熱を見れば、全く諦める気などないことが分かったからだ。
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