72 暴食の大罪人1

「それで? シュマとアシャは明日も欠席する気か?」


 学院の講義後、カスパールは歩きながらアンリに質問する。


「そうだね。シュマは1週間ぐらいと言っていたから……多分1ヵ月ぐらいじゃないかな」


 アンリの答えにカスパールは大きくため息を吐く。


「あのなぁ……お主ら、学院をなんじゃと……いや、この問答は時間の無駄じゃな」


 カスパールは今は学院の先生という身分ではあり、その身分上ではシュマ達の行動を咎める必要がある。

 しかし、カスパールは学院の先生である前に、アンリの所有物だ。

 なので、アンリの考えることに異論を唱えることはあれど、アンリの決定を覆すことはありえない。

 その為、学院側が納得するだけの理由をなんとか作文しなければならず、余計な仕事が増えたことを面倒に感じていた。


「しかし、アシャもシュマの玩具になるとはの……。あやつの趣味は変わらずなかなか特異じゃ……子供は残酷というのは本当じゃな」


「あはは、違うよ先生。子供は残酷なんじゃない。子供は正直なんだ。シュマは自分の欲求に素直なだけの、純粋な子だよ」


 アンリの返す言葉に、カスパールは苦笑いを浮かべる。


「まぁ……お主らは確かに純粋よな。純粋過ぎるとも思うが……と、着いたようじゃな」


 カスパールは錆びついた──アンリにとっては見慣れた──扉を開ける。

 そこには、アルバートに指示された模様を地面に描く奴隷達の姿があった。


「おお、きたかアンリ……とダークエルフ。そろそろ準備が終わりそうだぞ。いや、やはりお前の奴隷はよく働くな」


 6人の奴隷達が自らを傷つけ、流れた自身の血で地面に魔方陣を描いている光景は、とても異様でありカルトを感じさせる。

 現に、先に部屋に入っていた見物人のほとんどはドン引きしている様子だ。


「ふぉっふぉっふぉ、よう来たアンリ、入学試験の日以来じゃな。今日は期待させてもらうぞい?」


「学院長、こんにちは。ご期待に添えたらいいのですが、なにぶん初めてのことなので……」


「案ずるな。試験の日に見せてくれた魔力量であれば、さぞ高等な魔物を召喚できるじゃろう」


 アンリに話しかけてきた年老いた男は、威厳をあまり感じさせないがこの学院の長だ。

 魔法の腕に置いて右に出る者はおらず、その分野においては”閃光”のカスパールをも凌ぐと言われている。

 長命のエルフではあるが、老人の外見をしていることから、よほど年齢を重ねているのだと思われるが、実際の年齢を知っている者はいない。

 あまりにも歳をとりすぎ、本人にも年齢が覚えられなくなったのだ。


(でも学院長が何か凄いことしたって話はそんなに聞いたことないんだよなぁ……その割にはえらい人気があるような……)


 アンリが疑問に感じていると、アルバートから声がかかる。


「アンリ、準備が整ったぞ。魔法陣に触れ、魔力を込めてくれ」


 アンリは頷き、魔法陣に向かい歩き出す。


 今回行おうとしているのは、アルバートが布教している魔物召喚の儀式だ。

 魔物といっても、この世界にいる魔物を召喚するものではない。

 この世界と別の世界を繋ぎ、全く未知の魔物を召喚するというものだ。

 アンリの認識で言えば、”魔界からの悪魔召喚”である。


「アンリ……あまり無理をするんじゃないぞ……少し心配じゃ……」


 これまで召喚に成功したのは、学院長ただ一人だ。

 学院長が召喚した魔物は一見すると植物の魔物トレントのような姿をしている。

 しかし、その植物から定期的にとれる数々の原料は、この世界で見たことがない物ばかりで、学院で行われている研究に大きな進歩をもたらした。


 そして、学院側はアンリの膨大な魔力量に目をつけた。

 過去、学院長が召喚した魔物は、かなりの有益な情報や物を提供した。

 学院長よりも魔力量が多いと想定されるアンリであれば、さらに有益な未知の情報が手にはいると思ったからだ。


「あはは、先生が心配してくれるなんて嬉しいね。僕は大丈夫だよ。それに、僕も未知の魔物に興味があるしね」


 そう言い、アンリは魔法陣に魔法を込めていく。


(わしはお主より、この世界のほうが心配なんじゃが……)


 カスパールがげんなりしている中、魔法陣は光りだす。

 最初は青く光っていた魔法陣だが、アンリが込める魔力の量に比例し、どんどんと変色していく。

 青色から黄色へ、黄色から緑色へ、緑色から赤色へ。

 アンリの予想では次は虹色だったが、赤の次は黒く光りだしていた。


 そして、儀式は成功する。


 アンリはごっそりと魔力が吸い出されるのを感じた。


「ぅ……」


 アンリは少しよろめき、それをカスパールが支える。

 アンリが魔力枯渇により体調が悪くなるなど、0歳以来のことだった。

 その事実にカスパールは衝撃を受け、冷や汗を流す。

 アンリの魔力量を知っているカスパールからすれば、それはとんでもなく異常事態だった。

 着々と人間ミキサーの数を増やし、ミキサー自体の殺傷力も上げて増強しているアンリの魔力量は、最早無尽蔵ともいってよかった。

 そのアンリがここまで魔力を消費するとなれば、下手をすれば魔界の王──魔王──でも召喚したのではないかと思ったのだ。

 

 光がおさまっていき、皆の視線は魔法陣の中心にくぎ付けになる。

 そこには……アンリの頭より少し小さなスライムが存在していた。


「か、かわいい……」


 カスパールは再度衝撃を受けるのであった。

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