70 人外

「人でないのは……お前のほうだ……これは……神の裁きだ」


 アシャは背を向け、血に濡れた剣を鞘に納めることなく歩き出す。










「あはは、よく言われるよ」


 アシャは慌て振り返る。


 そこには、先程のアシャの一撃が無かったかのように、五体満足のアンリが立っていた。


「……な……んで……?」


 この時ばかりは、アシャは思考の渦に陥ることはなかった。

 首を切断されて生きている生物などいない。

 それはアシャにとっての常識だった。

 そのため、アンリがなぜ生きているのかいくら考えても分からない、ということだけはすぐに分かったからだ。


「でも、人の定義なんて知らないけど、魔眼を持っている君のほうが人から離れていると思うなぁ」


「あの本は……無いのに……」


「ん? あぁ、これ?」


 言いながらアンリは魔法の原典アヴェスターグを取り出す。


「これが無いと殺せると思った? あはは、もしそうなら、僕がこの本を手離すわけないじゃん。お風呂にだって持っていくさ」


 あまりにも人を逸脱しているアンリに怯え、アシャは自然と後退りする。


「さぁ、いきなり人の首を刎ねたんだ。それなりのお仕置きは覚悟してるんだよね?」


 アンリの邪悪な笑顔を見て、アシャは勇気を奮い立たせる。


(野放しにはできない……せめて……相討ちにっ!)


 その脚でアンリに接近し、懐の魔石に魔力を込める。

 それはアシャの本当の奥の手だ。

 この魔石はメガ・デス・ボールという魔物のものだ。

 その魔石に魔力を込めれば込めるほど、大きな爆発を生み出す。


(……つまらない人生だった……)


 つまるところ、自爆である。


 大きな爆発はアシャ自身にも大きなダメージを与えた。

 衣服と一緒に皮膚も破れ、両の手の肘から先は無くなっていた。

 薄れていく意識の中で、アシャはアンリを注目する。


「あはは、自爆までしてこの程度の出力? どうせ自爆するなら、世界ごと壊さないと寂しくない?」


 そこにいるアンリは全くの無傷であった。

 アンリの魔法障壁により守られた部屋にもそこまでの被害は出ていない。


(…………ぅ……そ……)


 そして、アシャの狙いの魔法の原典アヴェスターグもまた無傷なことに気付き、アシャは倒れながら顔を歪める。


「あはは、馬鹿な子ほど可愛いもんだね。狙いはこっちだったのかな? よし、ちょっとだけ秘密を教えてあげようか。人皮装丁本って聞いたことある?」


 人皮装丁本、それは文字通り人の皮で外形を整えられた本のことだ。

 アンリは、前世でもあった人皮装丁本をヒントに、魔法の原典アヴェスターグを絶対に破壊されない作りにしていた。


「いやぁ、なかなか手がかかったけどね、自信作なんだよ、これ」


 アンリが作った魔法の原典アヴェスターグは、人皮装丁本ならぬ、人皮本だ。

 要は、本の全てが人皮でできているのだ。


「ただ皮を剥いだだけじゃ回復魔法が適用されないからね。魔力でパスを繋いで、プライベートネットワークを作ってみたんだ。IPsecのプロトコルを参考にしているから、暗号鍵を持っている術者の僕以外では操作できないように……あれ? 聞いてる? ……はぁ、『<回復魔法ヒール>』」


 今にも命の灯が消えそうなアシャは意識を失っており、溜息をつきながらアンリは回復魔法をかける。

 すると、破れた皮も綺麗な状態になり、ほぼ全裸の少女が寝転がっていた。


(……なかなか発育がいいんだよなぁ。確か成人も前世と比べて早かったし……もしかしてこの世界での平均寿命は120年も無いのかもしれないな)


 ──がちゃり


 アンリがアシャの体を無遠慮に見ていると、扉が開く。

 部屋に入ってきたのはシュマだった。


「ただいま、兄様あにさま。メアリーはとてもいいこ……あ、兄様あにさま!? こ、これは!?」


 慌てた様子のシュマを見たアンリは、ふと現状を確認する。

 妹が兄の部屋に入ると、自分の同級生を裸に剥いて鑑賞している。

 ──変態である。


「しゅ、シュマ!? 違うんだこれは! アシャが先に手を出してきたんだよ!」


「え? あぁ、そっちではなくて……あ、兄様あにさま、私、用事を思い出したわ! じゃ、じゃぁね! また明日!」


 シュマは背中をアンリに向け、口早に挨拶をして帰っていった。


(あぁ……完全に誤解された……俺は変態兄貴だ……)


 アンリはショックを受ける。

 最近のシュマは友達ができ、アンリと話すことは以前と比べて少なくなっていた。

 そのことを少し寂しく思っていたところに、この事件である。


(辛い……時間逆行魔法でも作るか……魂までは戻れないだろうけど……ん?)


 ふと、アンリは周りを見渡す。

 アシャに刎ねられた自分の首が無いことに気付いたのだ。


(あれ……なんでだ? 奴隷で実験した時は確かに残ってたのに……)


 アンリの実験により、首を切断されても全自動回復魔法フルオート・リジェネにて死なないことは分かっていた。

 だが、その検証で刎ねた奴隷の首は、消えることは無かったのだ。


(……まぁいっか。それよりシュマのポイント稼ぎを考えよう。何かいい方法はないものか……)


 生首が物陰に隠れてしまったとしても、ここはアンリの部屋だ。

 特に問題に思わず、妹の好感度を上げる方法を考えるのであった。


「あっ」


 そしてアンリは、倒れているアシャを見つける。

 その顔は、安堵と喜びから、とても晴れやかな笑顔になっていた。

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