69 裁き

「うふふ、今日は楽しみね、兄様あにさま


 シュマはアンリの自室に来ていた。

 鼻歌を歌い、とても機嫌の良さそうなシュマを見て、あまり乗り気ではなかったアンリも嬉しくなる。


「あぁ、楽しみだね。ジャヒー、”さん”、準備は抜かりないね?」


 今日はアンリ達の友達を部屋に呼び、お茶会を開くことになっている。

 部屋といっても、ザラシュトラ家ではなく学院の寮の一室なので、ジャヒー達の準備は少々手間がかかっていた。


「はい、何も問題ございません。私共も精一杯おもてなしさせて頂きます」


 だが、2人の努力により、アンリの部屋の一角は立派な茶室に変貌していた。

 ジャヒーと”さん”が下げている頭を見ながら、シュマは唇を尖らせる。


「それにしても、テレサとフォルテも招待したかったわ。私、大人数のほうが楽しいと思うの」


「仕方ないよ、シュマ。2人にも都合があるからね。それにあの2人は僕らと同じ立場とはいえ、お茶会に招待するのには少し早いと思うよ」


 ──コン、コン


 アンリがシュマを諭していると、扉を叩く音が聞こえる。

 そして、本日の客であるアシャとメアリーが入室する。


「やぁ、2人とも。少し手狭だけど、ゆっくりしていってよ」


「アンリ様、シュマ御姉様、この度はお茶会に招待して頂き、ありがとうございます」


 メアリーが挨拶をしている中、アシャは部屋を見渡し呟く。


「……これが……手狭?」


 アンリの部屋は特別だった。

 アンリは、学院から大きく期待されていた。

 期待された理由は、神童であるという伝聞だけではなく、アンリが入学する前に行った水晶での魔力測定にあった。

 アンリが触れることにより、学院で一番の強度の魔力測定水晶を溶かしたのだ。

 学院長やカスパールであっても不可能なその所業に、アンリに期待が高まるのは当然のことであった。


 その為、アンリが割り当てられた部屋は、学生用の部屋ではなく、重要来賓用の一室であった。

 VIPである。

 その部屋の広さは他の生徒の部屋とは比較にならず、今回お茶会で利用する一角だけでも、アシャの部屋の何倍にも相当していた。

 同じ神童であるというのに、扱いの大きな違いに、アシャに少し嫉妬の炎が灯っていた。






「──まぁ、シュマ御姉様が羨ましいわ」

「うふふ、えぇ、私はとんでもなく幸せ者だもの。本当に神様に感謝だわ」

「えぇ、私も感謝していますわ。本当に、世界が変わったんですもの」


 お茶会が始まるも、ほとんどはシュマとメアリーが会話していた。

 その様子を見ながらアンリは考える。


(やっぱり自分以外女子だけの空間は落ち着かないなぁ……いや、1人男がいるにはいるけど……)


 アンリの視線の先は、シュマの椅子に向く。

 そこには、椅子替わりに四つん這いになっている”さん”がいた。

 アンリの視線に気づいたのか、メアリーも”さん”に注目して呟く。


「あぁ、羨ましいわぁ……少し、変わってもらえないものかしら……」

「あら? ”さん”は私の物よ? 残念だけど、”さん”は私だけの椅子なの」

「ぁ……そちらではなくて……い、いえ! なんでもありませんわ!」


(シュマのコミュ力は凄いなぁ……仲良くなれない人なんているのかな……それにしても)


 アンリはいつもに増して無口になっているアシャを見る。


(椅子に座ってから一言も話してないんじゃないか……? まさかお茶をする権利はないなんて言わないよな……まぁ、確かに普通のお茶会ではないかもしれないけど……ジャヒーの言うおもてなしとは一体……)


 普通のお茶会と違うことは数えればきりがないかもしれない。

 シュマの椅子が”さん”であること。

 ジャヒーが給仕をするのはアンリ唯一人であること。

 その為、他の3人の給仕は、少し不気味な動きのテセウスが行っていること。


 アンリの懸念通り、この光景は真っ当な人間であるフォルテとテレサには、まだ早かったのかもしれない。




兄様あにさま、それでは私はメアリーを送ってくるわね」

「あぁ、それなら僕が送ろうか?」

「め、滅相もございません! アンリ様にその様なお手を煩わすなんて、ベンディン家の名が廃ります!」

「大げさだなぁ、まぁ女の子2人だけで行くのもなんだし、”さん”でも連れていきなよ」


 3人が部屋をでるタイミングで、ジャヒーも所用から同時に部屋を出る。

 部屋の中にはアンリとアシャの2人だけになった。


 部屋の中に儚げに立っているアシャを見て、アンリは少しドキリとする。

 アンリの知っている前世での12歳よりもはるかに発育が良く育った体、馴染みのある黒髪と整った顔のアシャを見て、美人だと思ったのだ。


(って、12歳だぞ? ガキだガキ……ロリコン死すべし)


 自身の不意の感想を恥じて、アンリは頭をふる。


「…………ねぇ」


 今日初めて話しかけてきたアシャは、どこか声が震えているように感じた。


「…………これは……何……?」


 アシャの視線の先を追えば、おそらくテセウスを指しているのだと判断する。

 自分の魔法の成果であるテセウスに興味を示した事に、アンリは少し得意気になる。


「あぁ、これは僕の作品の一つ……いや、シュマとの合作だね。<傀儡マリオネット>という魔法でね、ほら、人形みたいな動きで面白いでしょ?」


 アンリがテセウスに近づきながら説明する。


「……あなたは……人を……命を……なんだと思っている……?」


 テセウスに夢中になっているアンリは、アシャが泣いていることに気付かない。


「あはは、テセウスは人ではないよ。ましてや命もあるわけがない。魂がないからね。ぷぷ、でもこの動き、いい味出してるなぁ……ねぇ、アシャもそう──」


 ──ドシュ


 真後ろからの完全な不意打ち。

 アシャの怒りの一振りは、アンリの首を断ち切った。


 アシャは倒れたアンリに背を向け、血に濡れた剣を鞘に納めることなく歩き出す。


「人でないのは……お前のほうだ……これは……神の裁きだ」


 聖教会に所属している異端審問官序列2位のアシャは、親代わりである序列1位ウォフ・マナフの命のままに、アンリの首を討ち取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る