67 呪術研究会2

「魂の風化を防ぐ……か。どうやら少しはその分野についての知識があるようだな。しかし分からん、それになんの意味がある。すでに風化した魂を治すことなど、不可能であるし、いや、不可能なのか? なぜ我輩はそう思った? これが世界の強制力か? いや、いかんな、自分の汚点を世界のせいにしては。……話がそれたな。そうか、永遠に生きたいと言っていたな。つまり、1年男は魂という存在になっても無限に彷徨いたい、ということか。くっくっく……なかなか変わった趣向の持ち主だな」


「いいえ、先生。僕は文字通り、永遠に生きたいのです。……そうですね、これを見てもらいましょうか。僕の今の課題が分かってくれるかと」


 アンリは魔法の原典アヴェスターグから、一羽のアフラシアデビルを取り出す。

 そのアフラシアデビルは死んでいた。


「その本か、噂に聞く魔法具は。いや、噂では魔法具だったが、こうして直接見てみると違うな……魔力の繋がりが魔法具のそれより密接だ。……そうか、これは1年男自身なのか……我輩にも作れるか……? いや、無理だな。なぜ1年男は作れた……? 我輩の知らぬ魔法か? それとも……いや、流石にそれは……」


 魔法の原典アヴェスターグに興味が向いているアルバートに、アンリは質問する。


「アルバート先生、このアフラシアデビルは何歳で死んだと思いますか? そして、死因はなんだと思いますか?」


 アンリの質問に、アルバートはアフラシアデビルを一瞥し答える。


「そんなことより我輩はその本に興味があるのだが……仕方ない……ふむ、アフラシアデビルの平均寿命は3年と短い。その鳥の猛々しい筋肉を見ると、全盛の2歳といったところか……。外傷は無い綺麗な状態だな……寝ているだけではないだろうな? ……ふむ……」


 アルバートは当たりをつけニヤリと笑う。


「いや、……アフラシアデビルは普通ここまで筋肉が発達していないはずだ。1年男、お前、改造したな? くっくっく、なかなか面白い実験をしてきたのだな。そうだな、通常ではありえない肉体を手に入れたが、そのぶん反動も強かったのであろう。死因は薬の副作用、といったところか」


 アンリは首を振ることでアルバートの答えを否定し、正解を告げる。


「残念、はずれです。このアフラシアデビルの年齢は4歳。死因は推測なのですが……老衰に近いのかと……」


 アンリの言葉に、アルバートの興味は魔法の原典アヴェスターグからアフラシアデビルに向く。


「……なぜだ? 平均寿命を超えた4歳であれば、もう少し肉体に老化が見られるはずだが……。永遠に生きたい……そして我輩のところへ来た……。貴様まさか、肉体については永遠を体現したというのか……っ!?」


 アルバートの言葉に、アンリは満足し笑う。


「あはは、流石先生、話が早い。その通り、僕は不老不死という領域に、確実に足を踏み入れています。ただ、あと一歩、あと一歩なんです! 今の僕で理解できることは全て行った! だけど、最後の一歩が届いていない! それは、魂……魂さえ不老であれば、僕は永遠を生きることができる!」


「凄い……神童とはこれほどまでに……」

「魔法史だけじゃない、これは世界史が動くぞ!」


 アンリの言葉に研究会の生徒は目を輝かせる。

 その異様な盛り上がりに、アシャは少し動揺していた。


「くっくっく……成程、理解した。だがな、今1年男が解決すべき課題は魂の風化ではない」


 その言葉に、全員がアルバートに注目する。


「1年男は、その魔物が死んだ理由は魂の風化だと思ったのだろう。だがな、魂とはそんなにすぐ風化するものではない。現に、私が愛しているジェニファーの魂は、肉体が死滅してから20年以上は経っているが、少し言葉が不自由になってきただけだ」


 アルバートは肉片のような物が入った瓶を撫でながら言葉を続ける。


「断言しよう、その魔物の魂は全くの無事だ。今となってはどこへ行ったかは知らぬがな……。それはさておき、1年男は魂の風化阻止よりも先に、自身の魂の定着化を成功させるべきだ」


 アンリはその言葉を聞き考える。

 これまでの実験では、魂が死んでしまったのだと思っていたが、アルバートの見解では魂が離れただけなのだ。

 ならば、いくら自分の肉体と魂が不老不死でも、恐らく100年程の月日が経てば魂が体から抜けてしまうのだろう。


「……肉体が無事でも魂が勝手に離れるなんて……これも世界のルールなのかな……?」


 アンリの独り言にアルバートは反応する。


「然り。故に今可能な方法は、一度死んだ後に出て来た魂を1年男の体に定着させることだ。それならば、今の我輩でも可能であろう」


「……それは少し不安ですね。一度肉体から離れた魂が、今の僕と完全にイコールなのかが疑問です」


「そうか? しかし魂を生前に定着させておく方法など、聞いたことも無ければ試したこともないぞ。その必要が無いからな。いや、まてよ……なぜ死んだ後は死後なのに死ぬ前は死前と言わないのだ……? 生前とは、生きている期間を指すが、文字通りならば生きる前ではないか……そうか! 人は一度死に、死後の魂として存在することが、本当の”生きる”ということではないのか!? 私も……一度死に、死霊として生きていくべきではないのか……?」


 アルバートがブツブツと言いながらナイフを握ったところで、研究会の生徒がアルバートに水をかける。


「先生! お願いです! 戻ってきてください! 死霊は死んだ者の霊ですから、そもそも生きていません!」


「ん? あぁ、そうか、なるほど、一理ある。それでな1年男、お前の目指す研究だが、確かに我輩も手を貸してはやりたいと思っている。だがな、中々難しい実験だ。生魂の研究となると、そもそも実験体が手に入らぬ……実験とはいえ人の命が必要だからな。いや、まて……平民の浮浪者を攫うか……?」


 アンリは、アルバートの懸念を払拭するため、笑いながら提案する。


「あはは、大丈夫ですよ先生。そこは僕がある程度用意できそうです。足りないようであれば、もう少し奴隷を買い足しておきましょう」


 アルバートは嬉々とした表情になるも、これまで無口であったアシャから横やりが入る。


「……いくら奴隷でも、命は命……」


 それは至極真っ当な意見ではあるが、この場に於いては異端の意見だったようだ。

 まるでアシャのほうがおかしいとばかりに、周囲の者は怪奇的な視線を向けてくる。


「……1年男、そこの女はなんだ? なんでそいつを連れてきた?」


「あはは、この子はまぁ……友達ですかね。大丈夫だよアシャ、僕の奴隷はなぜか死にたがりが多いんだ。それでは先生、明日には奴隷を連れてきますね」


「あぁ。頼むぞ、1年おと……いや、頼むぞ、アンリ」


 アルバートがアンリの名前を呼んだことは、呪術研究会の者達に大きな衝撃を走らせた。

 それには2つの理由がある。


 1つは、アンリの名前を呼ぶことが禁忌タブーだと思っていたからだ。

 ダニエル・マキシウェルがアンリの名前を呼んだことに激怒し、決闘という名の公開処刑を行ったことははあまりにも有名だ。

 だが、アンリの様子を見ると、特に気にしていなさそうなので杞憂に終わる。


 2つめは、アルバートが生きている人間に興味を持ったことなどこれまでなく、生きている人間の名前を呼ぶのが初めて見る光景だったからだ。

 アルバートは重度の死体愛好者ネクロフィリアだったのだ。

 その為、アルバートが名前を呼び愛でているのは、いつも死体だった。


 研究会の皆がざわついている中、アンリは──


「ボクが……友達……」


 ──顔を背け小声を漏らすアシャを見ながら12歳の子供はチョロいなと考えていた。

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