65 魔眼

「アンリ、今日も闘技場借りるぜ!」


 笑顔で大声を出しているのは、アンリと同じ色の襟章をした少年だ。


「あぁ、勿論。……まぁ、闘技場の使用には、別に僕の許可なんていらないけど」


 アンリの返答に少年は首を横にふり、赤い髪が少し揺れる。


「いや、俺は“アンリ式“で決闘をしたいんだ。だから、アンリに許可をとる……っていうよりは、感謝を込めての……報告ってとこかな!」


「フォルテの言わんとするところはなんとなく理解したよ。報告の有無は任せるさ。それで、今日の相手は?」


「今日はなんと上級生だぜ!? 久々に俺に黒星をつけられるやつかもな!」


 アンリの学友であるフォルテはなかなか強かった。

 入学してから一度アンリに完全敗北するものの、それ以外では6戦し全勝だった。


「強い人と戦いたいんだったら、シュマやアシャと戦ってみたら? シュマも別にいいよね?」


「えぇ、兄様あにさま。“アンリ式“であれば、私は誰とでも愉しみたいわ」


 アンリの提案に、フォルテは苦虫を潰したような顔をする。

 少し歪んだシュマの笑顔を見ながら顔を青くし答える。


「いやぁ……女子に剣を向けるのは、男子たるもの……な」


 フォルテの言葉に、アンリ達と話していたテレサは声をあげる。


「何よあんた、最初にうちと戦ったじゃん! 女の子に負けるのが嫌なら、そう言いなさいよ!」


「テレサは女じゃなくて雌だろっ! いてっ! やめろ! じゃ、じゃあな!」


「まてぇ! 今日はうちと戦え!」


 教室から出ていく赤と茶色の頭の二人を見て、アンリは笑う。


「いやぁ、仲がいいねぇ、青春だねぇ」


「あら兄様あにさま、あの二人は仲がいいの? いつも喧嘩をしているようだけど」


「あのぐらいの歳の子はね、好きな子には意地悪をしたくなるもんさ」


「まぁ! その気持ちは私にも分かるわ。苦痛に歪んだ顔が可愛くて、ついやり過ぎてしまうものね」


「……悪趣味」


 そこに、アシャからの突っ込みがはいる。


「あら、趣味は大事だと教えられたわ。良いも悪いもないのじゃないかしら。アシャは、何か趣味はないの? 人生にどんな楽しみがあるの?」


 シュマからの質問に、アシャは無表情ながら落ち込んだ様子が見てとれる。


「…………ボクには……人生を楽しむ権利などない……」


 その言葉にアンリは反応する。


(こいつ……眼帯を付けているから厨二病だと思ってたけど、さらにボクっ娘だったのか……っと、今はそうじゃなくて)

「楽しむのに権利は必要ないんじゃないかな」


 そんなアンリをアシャは暫く見つめると、ようやく言葉が見つかったのか口を開く。


「……あなたは……呪われてはいなかった? ……ボクと同じ黒髪なのに、なんでそんなに楽しそうに生きている?」


「黒髪を気にする人は、周りに全くいなかったからなぁ。アシャはそうでもなかったんだ。生まれの環境は選べないし、運が悪かったんだね」


「……幸せ者……ボクが呪われてはいたのは髪だけじゃない……」


 自分の悲惨な人生を、「運が悪かった」の一言ですませたアンリに不満を持ち、アシャは饒舌になる。


「……ボクは左目も呪われていた……だからこの封印の魔法具を付けている……なのに……それでもボクは許されなかった」


 そう言って、アシャは左目の眼帯を外す。

 そこあるはずの眼球は存在せず、完全に空洞になっている。


「これが、私が人間として生きることができる最低限のルール。あなたは、幸せ者……」


 アシャのカミングアウトに、アンリは少し興味を引かれる。

 厨二病と決めつけていたことに対してばつが悪くなるが、目の前の少女にも苛ついていた。


「幸せは自分で掴むものだよ。アシャ、君は生きているのと言っているけど、僕から言わせてもらえば、君は生きていない。死んでいるに等しいと思うんだ」


 アンリはアシャの左目に手を被せる。


「生きることにルールなんて必要ないんだ。それを邪魔するものは、全部ぶっ壊してやればいい。君は、もっと、ちゃんと生きるべきだ。『<回復魔法ヒール>』」


 無かったはずのアシャの眼球が復活する。

 アシャの右目は黒色だが、復活した左目は金色だった。

 その金色の瞳は、アシャの代わりに存在を主張するかのように、強い輝きを放っていた。


--------------


 アシャの左目は生まれつき魔眼だった。

 それは魅了の魔眼。

 目が合った者の意思を奪い、異性同性関わらず自分の虜にしてしまう眼だ。

 非常に強力な魔眼ではあるが、厄介なことにアシャにはそれの制御が出来なかった。

 気味悪がった産みの親はアシャを捨て、巡り巡って教会に拾われたらしい。


「なるほどのぅ……黒髪のうえにそんな眼を持っていれば……それは悪魔と罵られ、悲惨な人生を送ってきたであろうな」


 学院の寮にあるアンリの自室にて、アンリとカスパールは話していた。

 アンリのベッドにはシュマが寝転がっている。


「凄いよね、生まれつきそんな能力を持っているなんて羨ましい……この魔眼って、ようは魔石みたいなものかな……? アシャって人間より魔物に近いんじゃない?」


「むぅ……魔眼持ちは本当に稀な存在じゃが、確かに定義としては魔物に近いかもしれんのぅ……して、お主は大丈夫だったのか?」


「勿論。何か干渉されている感覚はあったけど、状態異常には気を付けているからね。封印の魔法具があるから、今後のアシャの生活にも支障はでないはずだよ」


「いくら魔法具があるとはいえ、魅了の魔眼をいつでも使えるというのが怖かったのじゃろうな。あのような小さな子の眼を抉り取るとは、なかなかに鬼畜なやつらよな」


「……ん? あぁ、えっと、そうだね。まぁ、目が治ったのが嬉しかったんだろうね、泣いて喜んでたよ」


 2人の会話に、シュマが割って入ってくる。


「あ、兄様あにさま……私、大変なことに気付いてしまったわ!」


 焦った様子のシュマを見てアンリは続きを促す。


「どうしたの? シュマ」


「私、兄様あにさまの刻印を刻める箇所がもう無いと思っていたけど、まだ刻めるところがあったわ! それも2つも!」


「成る程……じゃぁ早速刻印を刻んでいこうか……いや、どんな効果にするべきか議論が必要だね……2つしかないんだから」


(眼を抉り取るのと、眼に魔法刻印を刻むのと……一体どちらがより鬼畜かのぅ……)


 平常運転のシュマ達を見て、そんなことをカスパールは考えていた。

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