64 決闘4

「それでは、アンリ対ダニエル・マキシウェルの決闘を行う! 始め!」


(ふざけやがって! ただじゃ終わらせんぞ……貴様には地獄の苦しみを味あわせてやる! 貴様が泣いても、許しを請うても、俺の気が晴れるまで痛めつけてやる!)


 ダニエルは魔法の原典アヴェスターグを持っているアンリを鬼の形相で睨み、詠唱を行う。


『我は祈る、炎の神に。我は望む、敵を討つ力を。願いを力に、炎に変えて、いざ敵を討つ槍とならん!』


 まずは格の違いを見せつけるべきだ。

 そう思ったダニエルは、未だ詠唱を行わず余裕を見せているアンリに向かって、自身の一番得意とする魔法を放つ。


『<敵穿つ炎槍フレイム・ジャベリン>!』

『<敵穿つ炎槍フレイム・ジャベリン>』


「なっ!?」


 ダニエルが驚くのも無理はない。

 自信の最も得意とする魔法を放ったと思えば、アンリも無詠唱で同じ魔法を放ってきたのだ。

 結果、<敵穿つ炎槍フレイムジャベリン>同士が衝突し、ステージに爆風が広がる。


(無詠唱でどうやって!? いや、今は──)


 ダニエルは急ぎ詠唱を行う。


『我が祈りを力に変えて、敵を討つ炎とならん! <燃え盛る火球ファイアー・ボール>!』


 ダニエルの魔法により、3つの火球がアンリを襲う。しかし──


『<燃え盛る火球ファイアー・ボール>』


 またもや、同じ魔法により阻まれてしまう。

 しかも、ダニエルの火球が3つに対し、アンリの放った火球は二桁を超えていた。


「なんだとぉぉぉぉ!?」


 ダニエルは無様に転がり、這いつくばることで、奇跡的に<燃え盛る火球ファイアー・ボール>を全て避けることができた。


(これは一体……やはり、あの怪しげな本……魔法具かっ!)


 ダニエルは、アンリの無詠唱の理由をアンリが常に持っている本──魔法の原典アヴェスターグ──の仕業だと結論づける。

 

 ダニエルには剣の心得もあるので、本を持っているアンリの苦手と想定される近距離で戦うべきだろう。

 従来の決闘であれば、ダニエルは剣を抜き勇敢に突撃した。

 だが、今回の決闘では”アンリ式”が採用されている。

 つまり、もしダニエルが剣で刺されれば当然痛いのだ。

 それは実際に戦いを行ったことのないダニエルにとっては、可能な限り避けたい行動だった。


 そして、最後の望みとばかりに、自身の習得している魔法の中で、最大の火力を誇る魔法を詠唱する。


『この魂に宿るは敵を討つ無慈悲な炎。炎よ、我に力を、炎よ、敵を討つ力を。炎よ、その感情の滾りの──』


 だが、その詠唱は最後まで続かなかった。


『<炎王の裁きクリムゾン・バーン>』


「ぎゃぁぁぁああああ!! なんでぇぇぇ!!」


 ダニエルが唱えるはずだった魔法を、先にアンリが唱えたのだ。

 火だるまになっているダニエルに、アンリは話しかける。


「あはは、出力はぎりぎりまで弱めているんだ、そこまで叫ぶのは大げさじゃない?」


「助けてぇぇえええ! なんでぇぇぇえええ!!」


 アンリは叫ぶダニエルを見て、笑いながら話し出す。


「あはは! 君のお父上が……いや、悪くはないか。そう、君が悪いんだよ。ただの憶測で人をぺてん師と決めつけ、大勢の前でぎゃあぎゃあとみっともない……まぁ、少しきつめのお灸ってとこかな?」


「ああああぁぁぁぁ……」


 出力を抑えているとはいえ、呼吸も満足にできないダニエルは、力尽きそうになる。


「あはは、懺悔の時間はまだまだあるよ。『<回復魔法ヒール>』」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 助けてぇぇぇぇ! 頼むぅぅぅぅ! アーリマン・ザラシュトラぁぁぁぁぁ!」


 だが、アンリの回復魔法により、ダニエルの地獄はまだ続く。


「それだよ、それもいけなかった。僕のことはアンリと呼んでとお願いしたでしょ? その名前で呼ばれるのは好きじゃないんだ。なのに君は何度も、何度もその名前で呼ぶ。『<回復魔法ヒール>』」


「うふふ、そうよ、とんでもなく失礼だわ。62回よ。あの日以降、私が見ているだけで62回も兄様あにさまのことをそのお名前でよんでいたわ。あなたのお父上のトーマスさんにも、あなたのお友だちのフレッドさんにも、あなたが大事にしているメアリーさんにも」


 近くにいるシュマも、重ねてダニエルを糾弾する。


「ぎゃぁぁぁぁぁ! め、めありぃぃぃぃ!」


 シュマの口から、自分の許嫁の名前が出たことにダニエルは反応する。


「あら? あの子はそんなに大事だったの? うふふ、それは良い事を聞いたわ。私、あなたにとても怒っているのだけど、あなたに手出しはできないの。私の気を晴らすよりも、ふと……きゃく……だったかしら? そっちのほうが大事だもの。でも、そんなに大事な子なら、私が愛してあげたら、あなたは喜んでくれそうね?」


「やめろぉぉぉぉぉ! めありぃぃはやめろぉぉぉ!!」


 炎のせいで涙は出ないが、泣きながらダニエルは懇願する。

 目の前の少女が、とんでもなく不吉な存在に見えたのだ。


「あはは、そんなに大事な人がいるんだ。羨ましいなぁ……よし、じゃぁ君の想いを試してみようか。……そうだね、あと10分間君がもてば、その子には何もしないよ。あぁ、もう無理だと思った時には言ってね。楽にしてあげるから『<回復魔法ヒール>』」


「うぅぅぅぅぅ……うぁぁああああああ!」


 ダニエルの頭の中には、もう勝利の文字は跡形も無くなっていた。

 ただただ10分を耐える、そのことだけで一杯だったのだ。

 会場に肉が焦げる臭いが拡がる。

 しかし、それは料理の時に嗅ぐいい匂いではない。

 人の皮、爪、髪、内臓が焼ける臭いはただの悪臭だ。

 観客達の中には、ハンカチで鼻を抑え、目を伏せている者もいれば、嘔吐している者もいた。


「あぁぁぁ……もう……無理……楽に……し……」


「えぇ!? もう終わりなの? まだラーメンも作れないよ……君の愛はそんなものなの? メアリーさんは大事じゃないの? 『<回復魔法ヒール>』」


 想定よりも早いダニエルのギブアップ宣言に、アンリは本気で驚く。


「いい……いいから……楽に……」


「いや、それは流石にメアリーさんが可哀そうじゃない? もうちょっと、もうちょっとだから頑張ろうよ。メアリーさんも見てるんじゃない? 『<回復魔法ヒール>』」


「知らん……めありぃなど……知らん……早く……楽に……」


「えぇ? 昨日仲良く話してたのを僕のペットが見ていたよ? 困難の先に真実の愛があるんだ、愛を信じようよ。『<回復魔法ヒール>』」


 いくらギブアップをしても終わらない地獄を前に、ダニエルは覚悟を決める。

 先ほどまでは使わなかった剣を抜いたのだ。


「おぉ! いいね! 確かに10分耐えろとは言ったけど、僕を倒しても条件はクリア──」


 ──どしゅ


 だが、ダニエルが貫いたのは己の喉だった。

 自決である。

 同時にダニエルの体は光り、意識を失った。


「自決する覚悟はあるのに、戦う覚悟はないのか……変わった子だね」

「勝者! アンリ!」


 アンリが呟くなか、カスパールが勝利者の宣言を行っていた。

 カスパールは近づき、アンリに小声で話しかける。


「しかし、お主はここまでする必要があったのか……? お主であれば、万が一にも負けることはないというのに、わざわざ調査をした上での決闘など……」


「あはは、万が一、億が一が嫌なんだ。僕がリスペクトしている人……ではないけど、その言葉を借りるとね、僕は戦うことが好きなんじゃなくて、勝つことが好きなんだよ。それに、”アンリ式”の決闘をなるべく浸透させたいしね」


 笑いながら答えるアンリに、カスパールは怪訝な顔で指摘する。


「むぅ……だがな、少しやりすぎたようじゃぞ? 途中までは良かったんじゃが……」


 カスパールに釣られて周りを見たアンリの目には、完全にドン引きしている様子の観客が映っていた。


 決闘の時のアンリとダニエルの会話は、少しだけ観客に届いたようだ。

 途切れ途切れの会話から、本名や愛称関係なく、アンリの名前を呼ぶこと自体が逆鱗にふれたのかと誤解される。

 その結果、生徒の一部では、アンリの名前を出すこと自体が禁忌とされていき、アンリは名前を出すことも危ぶまれる恐怖の象徴となっていったのであった。

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