62 決闘2
休みというのに、学院の闘技場には沢山の人が押し寄せていた。
何しろ、神童と名高いあのアーリマン・ザラシュトラの戦いを見ることができるのだ。
冒険者のランクがAランクに上がったものが、不正によるものでなければ、新入生にしてこの学院最強候補だろう。
さらに、何者かが今回の決闘のことを吹聴したらしく、学院中にこの話は広まっていた。
己の実力に自信がある者、高レベルの戦いが見たい者、純粋に興味を引かれた者、様々な視線がステージの中央に集まっている。
(……お手並み拝見)
アシャもその一人だ。
シュマとは直接手合わせしたので、大体の実力は把握できた。
更に、やはりまだ子供なだけあって、シュマは無警戒で近づいてくるので、これからいくらでも情報を集めることができそうだ。
そして、アンリの実力をノーリスクで見ることができる今回の決闘は、アシャにとって幸運だったといえる。
しかし、ステージで戦いの準備を始めているのは、アンリではなく冒険者と思われる風貌の3人の男達だった。
1人は細身だが、他の2人はかなりの大柄で、なんとも個性的なメンバーだ。
ダニエルからの決闘の申し出をアンリは断った。
それでもしつこくダニエルが喧嘩を売ってくるので、仕方なく代理決闘という形を提案したのだ。
ダニエルが自分の代理に自信があり、お互いが贔屓にしている代理の冒険者パーティーが同じBランクということもあり、話は前向きに進んだのだ。
ダニエルとしては、直接アンリと戦わなくても、アンリに恥をかかすことができたらそれでいいので納得した。
納得できないのは観衆たちだ。
勝手に集まっただけなので、文句を言うのは筋違いというものだろう。
それを皆が分かってはいるが、どうしても至る所から不満の声がでてしまう。
そんな中、アンリがシュマと“さん”を引き連れてステージの中央に向かう。
そして、拡声器にあたる魔法具を使い喋りだす。
「ご安心を! 今回の決闘は、必ず皆さんにご満足いただけます!」
その声に、観衆はアンリに注目する。
それを確認したアンリは言葉を紡ぐ。
「皆さん! 従来の決闘の術式に満足していますか? 刃物が少し触れただけで終わってしまう、今の決闘に満足していますか? 本日は、新たな決闘の術式を皆さんにご提案させていただきます!」
その言葉を合図に、シュマと“さん”が決闘の術式を結ぶ、
突然の流れにダニエルは慌てている様子だが、アンリはお構いなしだ。
──ひゅんっ
──どさっ
風切り音が聞こえたかと思えば、何かが落ちた。
それは、“さん”の右腕だった。
「え……」
一瞬の静寂、そして──
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
会場の至るところから悲鳴があがる。
しかし、右腕を失くした本人は全く反応を示していなかった。
「どうですか!? これまでの術式なら、ここで決闘は終わってしまいました! 彼はまだ戦うことができるというのに……そしてご安心を! この術式では、決して死ぬことはありません!」
シュマは刀をゆっくりと、そして大きく振りかぶる。
その刀は、観客からの静止を懇願する声を一切気にせず、“さん”を両断した。
すると、“さん”は光に包まれる。
光がおさまると、両断された傷は勿論、右腕も無事の“さん”が横たわっていた。
「どうですか!? 対象の個体差によって誤差はありますが、死に直結する傷を負った場合、全ての傷を癒し意識を失うようになっています!」
あまりにも信じられない光景に、観客は沈黙し、広い闘技場が静寂に包まれる。
「新しい術式では、文字通り死ぬまで戦うことができます!」
その言葉に、戦いが好きな者は目をぎらつかせる。
「見たくはないですか!? 本物の血を! 見たくはないですか!? 本物の戦いを!」
その言葉に、戦いを見ることが好きな者は喉を鳴らす。
「今は私が直接術式を結ぶ必要があります。しかし、皆さんが私の背中を押してくれるのであれば、この闘技場を改造し、誰でもこの術式を利用できるようにしてみせます!」
その言葉に、興味を持たない者などいなかった。
「さぁ! 今日から! 今から! 新しい決闘の始まりです! “学院式”からなんでもありのバーリトゥードへ! 敢えて言えば、“アンリ式”の決闘へ! 皆さん、思う存分、全力で、最後まで、戦いを楽しみませんか!?」
──おおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!
闘技場が震える。
皆が熱くなり熱狂しているようだ。
その様子にダニエルは「いや俺は“学院式”がいい」などとは、口が裂けても言えなかった。
(くっ……どうせこれも”閃光”の力だろう……! ふざけやがって! 落ち着け、飲まれるな……別に結果は変わらない!)
自分の代理人に自信を持っていたダニエルは、構わず決闘を行おうと判断する。
「こい! ”高貴なる梟”よ!」
その言葉を聞いた”ハンバーガー”は、ピクリと反応する。
「思えば、俺達の地獄はあいつらから始まったのかもしれん」
「……一理有る」
「へへ……ここで会ったが百年目よ」
ステージに近づいてくる”高貴なる梟”のメンバーを見ながら、ハンクは呟く。
「以前は見なかった顔がいるな……中々の強敵だ、気を付けろ」
ハンクが強敵と判断した者、それこそがダニエルの切り札だった。
ダニエルの父が大金を叩いて購入した奴隷は、通常ではありえない高魔力持ちの奴隷だった。
また、冒険者ランクは”高貴なる梟”よりも低いが、ソロでCランクに上がった実力はかなりのもので、瞬く間に”高貴なる梟”の要の存在となっていた。
更に、パーティー全員にダニエルの小遣いで一級品の装備品を提供したのだ。
同じBランクであれば、まず負けることはないと考えていた。
(ふふふ……しかし運が良かった。あの奴隷が手に入ったのは……ん?)
そこでダニエルは、最近購入したばかりの奴隷の様子がおかしいことに気付く。
その奴隷はずっと視線を下に向け、何かぶつぶつ呟いている。
”高貴なる梟”はウォーミングアップをしていないというのに、全身は汗まみれになっていた。
「おい、貴様どうした! 相手を知っているのか!?」
その質問に、アンリが割って入ってくる。
「いえいえ、僕たちはスパンダさんと会うのは初めてですよね?」
「はい、はい、その通りです! 私はマキシウェル家の奴隷です!」
「えぇ、勿論分かっています。だからこの決闘は、本気で戦いましょう」
そのあまりにも違和感がある会話に、ダニエルは追及しようとするが──
「それではそろそろ決闘を始めるぞ! 両者、決闘の術式を結べ!」
──審判役を務めるカスパールが進行を促してきたので、諦めるのであった。
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