60 神童3

「本日は私たちのために、このような盛大な式をあげていただき、ありがとうございます。伝統のある魔法学院パンヴェニオンに入学することができ、とても嬉しく思い──」


 学院中の生徒と教師、そして一部の父兄が集まっている中、学院の一番大きなホールにて、アンリは新入生代表の挨拶をしていた。


「──栄光の赤襟をつけることができ、大変名誉であると同時に大きな責任も感じております。皆さまの──」


 何せ史上最年少のAランク冒険者の名誉を持っているのだ。

 シュマも同様ではあるが、入学試験の時にアシャに敗れたという話は有名だ。

 かといってアシャが代表の挨拶をすれば、平民という身分ゆえに様々なハレーションが起こることが容易に想像できる。

 その為、アンリに挨拶が回ってくるのはある種当然の結果だ。


 代表の挨拶は、アンリは特に嫌がることはなかった。

 どちらかと言えば、前世では人前で話すことは好きな部類であったので、学院からの依頼には二つ返事で受けたのであった。


「私には夢があります。それは”永遠に生きる”ということです」


 アンリの突拍子もない夢を聞き、数名の笑い声が聞こえてくる。


「皆さん、”生きている”とはどういうことだと思いますか? 私はまず最初に、快楽を貪ることが”生きている”ということだと思っています。なので、自身をアンデッドにすることは諦めました。アンデッドでは永遠に存在することはできても、人間と比べて楽しめることは少ないですから」


 これにホール中はどっと笑いに包まれる。

 アンリとしては本心で話しているだけだが、聴衆にとってはいいアイスブレイクになったようだ。


「そもそも、”生きている”ということは、常に成長をし続ける、ということだとも思っています。ですので、学院で過ごす4年間は勿論、卒業後も常に努力し、新たにできる仲間達と切磋琢磨していけたら──」


 これを聞いた大人達は感心する。

 アンリが永遠に努力すると誓う、向上心溢れる若者だと思ったからだ。


「──先輩方や保護者の方には、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、時に厳しく、時に暖かく見守って頂けたら幸いです。本日はこのような場を設けて頂き、ありがとうございました。新入生代表、アーリマン・ザラシュトラ」


 ホール内が大きな拍手に包まれた。


「将来が楽しみな少年だ」

「アフラシア王国の未来は安泰ですな」


 様々な称賛の声がアンリにも聞こえてくる。

 アンリは得意気な顔で席に着くが、すぐに面食らうことになる。


「次は新任の教師からご挨拶をいただきます。カスパール殿、どうぞ」


 登壇したカスパールは、悪戯が成功して喜んだ子供のような表情でアンリに笑いかけていた。

 不覚にも、アンリはそんな彼女を見て、可愛いと思ってしまったのだった。




 新入生の歓迎会的催しが終わり、カスパールはアンリに近づいてくる。


「かっはっは! 驚いたようじゃの! いつもこちらが驚かされておるから、気分がいいぞ!」


 50年前とはいえ、”閃光”の二つ名を持ち魔力に精通しているカスパールは、以前より学院から教師になるよう依頼されていたらしい。

 一人で魔法の研究をしているほうが好きなカスパールはずっと断り続けていた。

 だが、アンリとシュマの入学のタイミングに合わせ、2人が卒業するまでの4年間だけという条件で、依頼を受けたのであった。


「驚いたけど……嬉しいよ。でも、転移されてきた奴隷候補の管理をするんじゃなかったの?」


「あれは当初計画の通り”じゅうさん”が行っておるぞ。お主の言っていた……すたんふぉーど実験だったか? あれの効果が凄まじくてな、中々様になっておったぞ。あれはもう、こちら側じゃな。それに、あやつなら手が足りんということはあるまいて」


「ふぅん。それなら良かった。今度様子を見に行ってみたいな。一人で忙しそうだったら、もう少し手を──」


「──アーリマン・ザラシュトラ! 俺は貴様を認めない!」


 そこに、一人の男が割って入ってくる。

 カスパールとの会話を邪魔されたアンリは少し苛つき、男を見る。

 襟章の色を見ると、どうやらアンリと同じ新入生のようだ。


「……貴族の奴隷は需要があるかな」

「……止めといたほうがいいのではないか? 客は大半が同じ貴族じゃし、いつも通り顔を変えて高魔力奴隷として売ったほうが無難じゃと思うぞ」


 自身を無視して、再度カスパールと小声で話を始めたアンリに怒り、男は更に大きな声を上げる。


「この……ペテン師野郎! 俺と……俺と勝負をしろ! 決闘だ!」


「え? 嫌だけど」


「え?」


 どこかで見た光景ではあるが、シュマは近くにおらず、どうしたものかなとアンリが考えていると、男が怒鳴りだす。


「ふ、ふざけるなぁ! 貴族たるもの、決闘を逃げるとは何事だぁ! 貴様には、貴族としてのプライドはないのかぁ!」


「いやね、貴族たるもの、礼節を重んじようよ。君、誰?」


「お、俺はダニエル・マキシウェル! アーリマン・ザラシュトラ、貴様と同じ新入生だ! 貴様の悪事もここまでだ!」


「それで? 何で僕と勝負したいの? さっきはペテン師って言ってたけど」


 悪事の心当たりがありすぎるアンリは、とりあえずダニエルの言い分を聞くことにする。


「知れたこと! 貴様が不正をしていることは間違いない! 俺と勝負しろ!」


「どんな不正をしていると思っているのか、もう少し具体的に教えてくれないかな?」


「不正の証拠がそこにあるではないか!」


 そう言ってダニエルが指さしたのは、アンリが首からかけている金色のプレートだ。

 わざわざ冒険者組合に頼み、古いデザインで作ってもらったプレートは、カスパールとのお揃いだ。

 そして、Aランク冒険者の証拠でもある。


「10歳でAランクになったらしいな! ありえないではないか! どうせ、そこの”閃光”の力だろう。いや、それだけではないな!? 執行人の権限でも使って組合を脅したか! いずれにしろ、アーリマン・ザラシュトラは、不正な手段でAランク冒険者に上がったのだ!」


(あぁ、なるほどね。それなら悪事じゃないし、気にしなくていいな)


 少しホッとしたアンリは、ダニエルに反論する。


「君の主張は分かったけどね、Aランクの承認をしたのは組合なんだ。僕に文句をいう前に組合に文句を言ってくれない? それに、それでAランクに上がれるなら、君もその方法を使ってAランクを目指してみればいいじゃない、あはは、頑張れ頑張れ、応援するよ。あぁ、あとね、僕のことはアンリって呼んでくれないかな」


 軽くあしらわれたことにダニエルは顔を赤くする。

 アンリの説得は火に油を注いだだけのようだ。


「う、うるさい! ゆ、許さんぞ……アーリマン・ザラシュトラ! 決闘だ! 貴様を観衆の前で恥をかかせてくれる!」


 説得が失敗したアンリは、やれやれと溜息を吐くのであった。

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