59 神童2

 神童同士の戦い。

 それは、観衆の期待を大きく越えたものだった。


 お互いに剣を振り続ける事30分、未だ決着はつかないでいる。


 シュマは魔法刻印により身体能力を大きく上げているが、アシャも身体強化魔法によりついてきている。

 その剣戟は、観衆からは早すぎて理解できないものになっていた。

 アンリですら、剣の軌道を全て追うことはできないのだ。


「なんという……」

「まさに神童……」

「神童……というよりも、現時点で完成されているのではないか?」


 観衆が感嘆の言葉を漏らすなか、アンリは思考する。


(これは……想定外だな……)


 アンリが戸惑いを覚えている中、戦局が動き出す。


『<身体能力超向上魔法ゴッド・エール>』


 アシャの魔法が発動する。

 息もつけぬはずの剣戟の中、アシャはぼそぼそと詠唱を行っていたのだ。

 気づかなかった者からすれば、それはまさに無詠唱だっただろう。


 急ぎシュマも身体強化の出力を上げるが、追い付かず──


 ──ザシュッ!


 アシャの剣が、シュマの腹を切り裂いた。


 そして、決闘の術式が発動し、戦いの終わりを告げる。


「……ザラシュトラの神童……討ち取ったり」


 アシャの宣言に、観衆は大きく湧いた。


「おぉぉぉ! 平民の子が勝ったぞ!」

「いや、しかし二人とも強かったな! これほどの才ある子が同時に入学するのか」

「ザラシュトラ家は兄のほうが優秀という話ではなかったか? 一体どれほどのものなのか……」


 アンリは戦いの終わった二人に近づく。


「あぁ、やっぱりこのルールは愉しくないわ。どうにかならないかしら、兄様あにさま


「それは同感だね。安心してよ、もう少ししたら”バーリトゥード”の術式が完成するから。それよりもシュマ、ご苦労様。つまらない思いをさせてごめんね」


 アンリの労いの言葉に、不貞腐れていたシュマは笑顔になる。

 それを確認したアンリは、アシャに声をかける。


「アシャ……って呼んでいいのかな? いや、強いね。本当に、心からそう思うよ。どうする? 今から僕と勝負する?」


 アシャが少し辛そうな顔でアンリに答える。


「……今は魔力が心もとない。また、学院で」


 アシャが断り、急ぎ立ち去っていく。


(まぁ、そうなるよな)


 立ち去っていくアシャを見ながら、アンリ達も目的の建物へ向かい歩き出す。




 観衆の輪を抜け、人の気配がなくなったところで、ジャヒーはアンリに問いかける。


「アンリ様。随分とご機嫌がよろしいとお見受けしますが、如何なされましたか?」


 ジャヒーの言葉に、アンリは笑いだす。


「あはは、いや、分かる? 流石ジャヒーだね。いやぁ、本当に想定外だったんだ」


 アンリは先ほどのアシャの戦闘を思い出す。

 アシャは強かった。

 確かにアンリはそう思い、アシャにもそれを本心で伝えた。


「あれが、あれが神童と言われている聖教会のナンバー2だよ? そりゃ笑いたくもなるよ。あははははははは!」


 だがそれはあくまで「12歳のわりには」という前提がついての話だ。


 シュマは先ほどの戦闘では、完全に舐めプレイ用の武器”ナメプレイピア”を使用していた。

 更に、魔力はまだまだ有り余っている。

 ”学院ルール”故にあそこで決着がついてしまったが、シュマならあのまま1週間は戦い続けることができただろう。


 対するアシャは、あの30分の戦闘で魔力が枯渇しそうになり、博打にでたのだ。

 身体能力超向上魔法ゴッド・エールの効果はアルマからよく教えてもらっていた。

 アルマが古い書物から発見した魔法であり、アシャがそれを使えることには驚いたが、要は最後の切り札たる魔法だ。

 アシャは、舐めプレイをしているシュマ相手に、あの魔法を使わなければ勝てないほど追い詰められていた、ということになる。


「あはは、聖教会の序列1位と2位は桁違いと聞いていたから、かなり警戒をしていたのにね。いや、いいんだよ、いい事なんだけどね、心配して損をしたよ、あははは! これは、アルマさんにはお仕置きが必要かな」


 お仕置きという単語に、”さん”はぴくりと反応する。

 そんな”さん”を楽しそうに見ながら、シュマは喜ぶ。


「うふふ、兄様あにさまが喜んでいるのなら、とても、とてもいいことなのね」


「あぁ、とてもいいことだよ。シュマ、あの子とは仲良くしてあげても問題なさそうだ。警戒しなくても、何も障害にはなりえない。学院での初めての友達になるかもね」


「えぇ、兄様あにさま。お友達が増えるのは嬉しいわ。テセウスは喋ることができないし、アルマさんは奴隷だからお友達じゃないもの」


 アンリがアシャに告げた「強いね」という言葉は、本心からでたものだった。

 小さな子が必死に己を強く見せるものだから、つい娘を見る父親の気持ちで優しくかけてしまった。

 という言葉は飲み込んで。


「あはははははは! 異端審問官というからには、不死の僕を滅ぼすことができるかもと心配していたのに。これじゃぁ、警戒も遠慮も気遣いも、何もしなくていいじゃないか! さぁ、卒業するまでに、聖教会は潰しておこうか。それとも、上の首だけごっそり切って、甘い蜜を吸わせてもらうことにしようか。あはははは、楽しくなってきたね!」


 アンリが楽しそうに笑っていることを、ジャヒーは自分のことのように嬉しく思うのだった。

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