58 神童1

「広いわぁ……私、迷子になってしまいそう」


「あはは、大丈夫だよシュマ。もし迷子になってもシュマの位置は僕には分かるし、”さん”も付いているからね」


 アンリがちらりと”さん”を見ると、目を閉じているのに見えているのか、”さん”は礼儀正しくアンリに頭を下げる。

 付け焼刃とはいえ、ザラシュトラ家のスパルタ教育で、”さん”は見事な執事へと変貌を遂げていた。

 しかし、折角身に着けた品格も、口元の不気味なチャックで全て台無しではあるのだが。


「それじゃぁ、今日は早めに用事を済ませて帰ろうか。新たな事業立上げのために打ち合わせがはいってるからね」


 アンリ、シュマ、ジャヒー、”さん”の4人は、王都の南に位置する魔法学院パンヴェニオンにやってきていた。

 貴族には入学試験といったものは無いが、クラス分けの為の試験がある。

 しかし、アンリとシュマは最年少Aランク冒険者という肩書もあり、神童としてあまりに有名だ。

 その為、一番上位のクラスに振り分けられることは確定していた。

 今回は学院側から、念のために魔力量の測定だけさせてほしいと要望があり、学院に訪れていたのだ。


 アンリ達が歩いていると、剣戟の音が聞こえてくる。

 人だかりができており、なんだろうと見てみると、どうやら平民の入学試験の一環で模擬戦闘が行われているようだ。

 貴族は無条件で入学できるが、平民の入学試験はかなりの難易度だと聞いていた。

 そして、模擬戦闘は最後の試験なので、ここに残っている平民は、全て優秀な人材なのだろう。

 少し興味を持ったアンリは、4人で模擬戦闘の様子を見ることにする。


(ん~確かに光る物を感じる子はちらほらいるけど……まぁ、普通の12歳はこんなもんか)


 アンリが興味を失くし、立ち去ろうとした時だった。


「次、試験番号202番、アシャ!」

 

 その名前が呼ばれると、観衆が更にざわつきだす。

 アシャと呼ばれた少女は有名であり、アンリも知っていた。


 眼帯で左目を隠し、アンリと同じ黒髪の女の子であるアシャは、アンリ達と同じく神童と呼ばれていたのだ。


 アシャの対戦相手は、同じく12歳の子供だ。

 相手の子供も頑張ったのだとは思うが、相手が悪く一瞬で意識を刈り取られていた。


「おぉ、流石神童と呼ばれるだけはある……」

「あれで12歳か……末恐ろしいものだ」

「しかしあの黒髪は気になるな……」


 観衆が小声で話すなか、アンリはふと、アシャがこちらを見ていることに気付く。

 そして、剣の先をアンリに向け言葉を放つ。


「……物足りない……アーリマン・ザラシュトラ……いざ勝負」


(その呼ばれ方久々だなぁ……自分の名前とはいえ、やっぱり好きになれないな)


 アンリがどうでもいいことを考えている中、周りはアシャと同じく神童と呼ばれているアンリとシュマがこの場にいたことに気付き驚く。

 そして、神童同士の戦いが見ることができるかもと、興奮していた。

 しかし、アンリの返事は──


「え? 嫌だけど?」


 ──即答であった。


「…………っ!?」


 あまりに予想外だったのか、アシャは目を見開きそのまま硬直してしまう。


「ねぇ、兄様あにさま。あの子、言葉遣いがなっていないと思うのだけど、どうしましょう? まずは舌を抜いてみようかしら?」


 シュマの指摘は実際間違っていない。

 アシャがいくら強く有名であろうが、平民であるアシャが敬称を付けずにアンリを呼ぶなど、普通であればあってはならない。

 だが、アンリは首を横に振り、シュマを止める。


「あはは、いいよシュマ。どうせあの子は合格して学院の生徒になるんだ。学院の中ではお互いの立場は関係ないらしいよ? 少し気が早いとは思うけど、多めに見てあげようじゃないか」


 学院には、少ないとはいえ平民も通っている。

 厳しい試験を潜り抜けてきた平民は、全てが優秀な人材だ。

 優秀な人材が集中して学業に励むことができるよう、学院内での身分格差は撤廃していた。


 正式にはアシャはまだ学院の生徒となっていないため、ややフライングではあるが、どうせ合格となるアシャ相手にとやかく言うつもりはなかった。


「アンリ様。アシャ様があのまま硬直しておりますが、何かお声がけしたほうがよろしいでしょうか?」


 ジャヒーの声に釣られ、アンリが目線を戻せば、勝負を挑んできた時そのままのポーズで固まっている、少し顔を赤くした少女が立っていた。


(俺の手の内は見せたくない……ただ、アシャの本気を見ておきたいな)


 アンリはシュマに声をかける。


「シュマ、悪いけどあの子と戦ってくれない? ただ、今は学院ルールになっちゃうけど。あぁ、そこまで本気にならなくていいよ、武器はナメプレイピアを使ってね」


「えぇ、兄様あにさま。本当はちゃんとあげたいけど、仕方ないわ」


 シュマとアシャは、決闘の術式を結ぶのであった。

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