57 マンティコア

 ハンク率いる”ハンバーガー”は、Aランクへの昇格試験を兼ねた依頼でダンジョンに来ていた。

 ”ハンバーガー”以外には、同じBランクのパーティーが2組ついてきている。

 計3パーティーで臨む依頼の内容は、王都の近くにあるダンジョンの調査だった。


「ふん!」


 サラマンダーを切り伏せながら、ハンクは考える。


(ダンジョンで行方不明なんて、よくあることだろうに……)


 依頼の背景には、最近このダンジョンで行方不明者がよく出ているという話がある。

 過去、同じダンジョンで死にかけたハンクからすれば、魔物にやられるのは己の力量を計ることができなかった自業自得であり、わざわざ調査するのも馬鹿らしいと思っていた。



 しかし、6階層に足を踏み入れたところで、ハンクの顔つきは変わる。

 ”ハンバーガー”はこのダンジョンに、過去7階層まで来たことがある。

 その時の様子と何かが違うのだ。

 ハンクが後ろを見れば、バーバリーとガーランドも同じことを思ったのか、冷や汗を流していた。


 以前より明らかにの臭いが満ちているダンジョンに、ハンク達の足は自然と止まる。

 しかし、他の2パーティーはお構いなしに進んでいくので、慌ててハンクが止める。


「お、おい! 止まれ! 何かおかしい!」


 焦った様子のハンクを、他のパーティーリーダーが一瞥し、笑い飛ばす。


「はっ! 何言ってんだ? 何もおかしいことはねぇじゃねぇか。そんなこと言って俺達を足止めして、お前らだけAランクに上がろうって魂胆か?」


「ち、違う! 何かがおかしいんだ! お前らは危険を感じないのか!?」


 ハンク達は過去の経験からか、危険を感知する能力に長けていた。

 しかし、根拠の無いその能力を、他のパーティーに説明できない。


「あぁん? 危険なんて感じないぜ? むしろ、魔物の姿が見えねぇぶん安全じゃねぇか」


 ハンクは違和感に気付く。

 そう、他の冒険者が言うように、姿のだ。


 先ほどまでいた5階層までは、魔物と絶えず戦っていた。

 過去に6階層に来たときは、挟み撃ちに会うほど魔物で満ち溢れて、ハンクは死にかけたはずだ。


 だが、今この場は静寂が支配している。

 血の臭いがするというのに静かなこの環境は、ハンク達には酷く恐ろしいものに見えた。


 他の冒険者はハンク達を無視して歩き出し、少し大きな空間に出る。

 ハンク達が引き返そうか悩んでいると、は現れた。


「なっ!?」


 突如一体の魔物が姿を現し、前を歩いていた冒険者に飛び掛かる。

 身の丈4メートルはあろう魔物に押し倒され、冒険者の一人は完全に身動きがとれなくなる。

 首元を抑えられており、今にも意識を失いそうだ。


「このっ!」


 同じパーティーメンバーが助けようと攻撃するも──


「……ひひ」


 ──魔物から伸びた無数の蛇に絡みつかれ、拘束されてしまう。


「強敵だ! 気を付けろ!」


 もう一つのパーティーが陣形を整え、メンバーの魔法使いが魔法の詠唱を始める。

 だが──


「……ひひ……『<重力の鉄槌グラビトン・ハンマー>』」


 ──ぐしゃ


 魔法使いの詠唱が終わるより早く、魔物が唱えたと思われる魔法が発動し、魔法使いは地べたに這いつくばり血を吐く。


「なっ!? こいつ、まずい! 逃げる……ぞ……」


 仲間を置いて逃げようとした、魔法使い以外のメンバーは、魔物の尻尾から噴出された毒ガスを浴び、全員倒れてしまう。


 残ったのは”ハンバーガー”だけだった。


「ぁ……ぁ……そんな……」


 しかし、Bランクパーティー2組を一瞬で壊滅させる魔物と相対し、ハンク達の戦意は既に折れており、3人共に膝をついていた。

 いや、戦意が折れた理由は、その魔物の容姿にあったのかもしれない。


 それは、まさに異形の怪物だった。


 まず、体はBランクの魔物であるデーモンレオのように、大きく四足歩行で歩く獣のようだ。

 強靭な体躯や鋭い爪もそのままであり、他の部分を隠すと、デーモンレオと見間違うことだろう。


 そして頭には、髪の代わりなのか、ワイルドスネークと思わしき魔物が何十匹も纏わりついている。

 一匹だけでもCランクの魔物が、何十匹も付いているのだから、それだけでかなり脅威といえる。


 デーモンレオの体の背中には、黒い羽根が生えていた。

 ハンク達はその黒い羽根を見ただけで、吐きそうになる。

 しかし、その羽はハンク達がよく知っているものより桁違いに大きく、この魔物は飛行することが可能なのだと推測できる。


 尻尾からはタナトススコーピオンの尻尾が生えている。

 タナトススコーピオンはBランクに指定されている危険な魔物で、その毒は触れずとも体を溶かすと言われていた。



「ひひ……ひひひ……」



 そして、そんな異形の姿をした怪物の顔は、だった。



「ひひひ……」



 それも、ハンク達がだ。



「ひひ……ひひ……」



 その人間の顔は涙を流しながら笑っている。

 ハンクには、それが、ひどく悲しく、不気味に思えた。


「も、モス……お前……」


 ガーランドが声をかけると、マンティコアの顔が反応する。


「お前、モス、ひひひ……モスじゃないよ、いちだ……ひひ……ぼく、おれ、さま、ひひ……」


 意味が通じているのかよく分からない言葉を発しながら、マンティコア、いや、”いち”が”ハンバーガー”を蹂躙するため近づいてくる。


「ひひ……おれ強い……Cランクだ……愉しい……愉しい……女は犯して……処女は駄目……高く売れるから……ひひひ」


 ”いち”が爪を振りかぶる。

 ハンクは咄嗟に叫んだ。


「ま、待て! お、俺達もアンリ様の下僕なんだっ!」


 その言葉を聞いた”いち”の動きはピタリと止まる。

 ”いち”を見れば、その顔には明らかに怯えの表情が浮かんでいた。


「ひぃぃぃぃい!! アンリ様ぁぁぁ!! やめてぇぇ! 痛いぃぃ! 許してぇぇぇぇ!」


 そう言いながら、”いち”は”ハンバーガー”から離れていく。

 その光景を、ハンク達は震えながら見守っている。


「しますぅぅ! ちゃんと!! ほら、ほらぁぁ!! 『<転移魔法ワープ:対象“人間“>』! ほらぁ!」


 ”いち”が魔法を唱えると、先ほどの戦闘で気を失った冒険者達の姿が消えていく。

 そして、”いち”は逃げるように姿を消すのであった。



 ハンク達は急いで引き返しながら、冒険者組合にどのように報告するかを考える。

 なんにしろ、Aランクに上がることは完全に諦めていた。

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