56 奴隷商2

「お疲れ様でした、坊ちゃま」


 トーマスが帰ったのを確認すると、ムクタフィはアンリに声をかける。


「あぁ、お疲れ様。ムクタフィにも大分お世話になったね、ありがとう。約束通り今日の取り分として、奴隷を相場の3倍ぐらいで買って帰るよ」


 オリジナル魔法<隷属化スレイヴ>により、アンリは高魔力持ちの奴隷を何人も保有していた。

 しかし、いくら高魔力持ちの奴隷を持っていたところで、誰に販売するのかが問題であった。

 12歳のアンリが「高魔力持ちの奴隷いりませんか?」と声をかけても、誘いに乗ってくる者など、よほどの馬鹿か詐欺師だろう。


 そこで、アンリはムクタフィに声をかけた。

 ムクタフィが従来の奴隷売買で作り上げた市場に、アンリも参入させてもらうのだ。


 アンリは高魔力持ちの奴隷を売ることができる。

 ムクタフィは紹介するだけで儲けることができる。

 エンドユーザは高魔力持ちの奴隷を買うことができる。


 アンリはこの世界でB2B2Cモデルを確立したのだ。

 全員がハッピーになれるとアンリは喜んだ。

 しかし、そこには商品とされる奴隷のことは一切考慮されていないのだが。


「えぇ、えぇ、ありがとうございます。やはり、高魔力持ちの奴隷は高くうれますね」


「需要が無いはずがないからね。本当はもっと市場拡大したいけど、完全な違法だからなぁ」


 アンリが奴隷にしている者たちのほとんどは、特に罪を犯したわけではない。

 無罪の者を奴隷にする、というのは勿論違法だ。

 なので、この商売を表沙汰にはできないのだった。




 元々は、Bランクに上がりダンジョン探索をするつもりだったが、アンリは現在お金を集めていた。

 それは”大罪人”という存在を認識したからだ。

 アンリの日々の魔法開発により、現時点では自分が老衰以外で死ぬことは無いと思っていた。

 しかし、”大罪人”というイレギュラーが存在するのであれば、それは絶対ではないと判断したのだ。


 ”強欲の大罪人”であったダールトンとの戦闘でも、アンリが勝ったのは運が良かったといっていい。

 日頃からバックアップをとっていたので、いきなり魔法を盗まれる、といったことにも対応できたのだ。

 万が一バックアップがなければ、何もできずサンドバックにされたかもしれない。


 そもそも、自分が”憤怒の大罪人”であるのに、その能力が全くの謎なのだ。

 カスパールに聞いても、強欲の大罪人以外の情報はほとんど知らなかった。

 特に、”憤怒”となると、全く分からないらしい。


 その理由として、”強欲”の烙印を押された者は、その感情の高ぶりから極端な行動をとる。

 結果、烙印を押されたその日に討伐されるか、自滅するか、どちらかしかないのだそうだ。


(前世ではとある先生に聞けば何でも教えてくれたけど……ここではそんな便利なツールないからなぁ)


 少しでも”大罪人”の情報を集めるためには、少しでもお金が必要だったのだ。

 アンリは、本日の売り上げの金貨50枚を見ながら考える。


(だけど、このお金はまだ使えない……)


 何しろ、違法な奴隷売買の売り上げである。

 いくらスクロールで儲けているとはいえ、派手に使えば、どこから金が出て来たのかと目をつけられ、違法な奴隷売買が露見する可能性がある。


(まぁ、あと少しでそれも解決するんだ。今は我慢我慢……それにこの事業のメインは金儲けじゃないしな……)


 アンリはそんなことを考えながら、後ろの奴隷に声をかける。


「それにしてもアルマさん、さっきのは見っともなかったんじゃない? 僕の教育が足りてなかったのかな?」


「も、申し訳ないのです、アンリ様! その、えっと、そう、スパンダより劣っていると感じてしまい、つい、つい!」


「あぁ、その気持ちはちょっと分かるかな。でも次は気を付けてね。アルマさんは唯一顔を弄ってなくて、自然で綺麗な顔立ちなんだ。他の人より優位性があるんだよ?」


 アンリがすぐ許してくれたことに、アルマは安堵し笑顔になる。


「さぁ、そろそろ帰ろうか。今日選ばれなかった君たちには、また僕の魔力量増加のために手伝ってもらうよ。大丈夫、ミキサーに入れちゃうとすぐに壊れちゃうのは分かってる。君たちは大事な商品なんだ、そんなことはしないよ」


 アンリの言葉に、アルマの笑顔は固まる。


「だから、違う装置も試してみようと思うんだ。脳と……一応魂がありそうな心臓あたりは何もしないから、壊れることはないと思う、多分。いや、まてよ……脳組と心臓組に別けたら、魂の場所を特定できるか……? それでも高魔力持ちは勿体ないな……違う実験も試したい……とにかく、また次のお客さんが見つかるまで、よろしく頼むね」


 奴隷達の顔は絶望に染まる。


「じゃあねムクタフィ。また、お客さんを見つけたら教えて」


「えぇ、えぇ、勿論です。是非今後とも、よろしくお願いします」


 奴隷達は、次こそは自分が選ばれるのだと誓う。

 それだけが、悪魔から、地獄から逃げ出すことのできる、唯一の方法なのだから。

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