55 奴隷商1

 王都の外れにある奴隷商を、一人の男が訪ねていた。

 ローブにて顔を隠してはいるが、隙間から少し見える外装は煌びやかで、如何にもお金を持っている貴族だと窺うことができる。


「貴様、先の話は本当だろうな? もしやましい嘘であれば、その首を即刻叩き斬るぞ」


 貴族の男からの脅しにも、奴隷商──ムクタフィという男──には全く動じた様子は見られなかった。


「ええ、ええ、勿論ですとも。私があなた様にお伝えしたことは全くの真実です。こちらでは、魔力持ちの、しかも戦闘用の奴隷を扱っております。」


 奴隷の魔力が主人よりも高ければ、主従契約を奴隷側から解除できる。

 これは、奴隷を扱ったことのある者の中では、周知のルールだ。

 このルールのため、どんなに強い戦闘奴隷を見つけたところで、自身の魔力より強い者は買うことはできない。

 そもそも、奴隷商が扱っていないので、魔力量が多い奴隷など、これまで存在しなかったのだ。


「ただ、一つだけ、一つだけ約束してください。ここでその奴隷を買ったということ、ここであの方に会ったということは、絶対に言わないこと。あなた様の親にも、子供にも、奥様にも。絶対に、絶対に守って頂きたいルールです」


「無論約束は守る」


「絶対に、絶対にですよ? もしも、もしも約束を破れば、あなた様の身に何が起きても、私には責任がとれません」


「くどい! 分かったからさっさと奴隷を見せろ!」


 声を上げる男は、トーマス・マキシウェルという名の貴族だ。

 トーマスは以前より何度かムクタフィの扱っている奴隷を購入している。

 ムクタフィは、トーマスをある程度信用しており、個別に高魔力持ちの奴隷が欲しくないかと声をかけたところ、かなりの勢いで食いついてきたのだ。


 トーマスから言質をとったムクタフィは、奥の部屋に案内する。


 そこには、椅子に座った男と、後ろに立たされた10人程の男女──恐らく商品の奴隷だろう──がいた。

 椅子に座った男は、なんらかの魔法がかかっているのか、特にフード等で顔を隠しているわけではないのだが、トーマスには姿顔を認識できなかった。


(随分用意周到なことだ……そんなことをしなくても、他言はせんというのに)


 ここまで警戒されたことに少し腹を立てるが、トーマスは謎の男の対面に座る。


「それで? 本当なのだろうな? 本当にそこにいる奴隷たちは、主従契約を解除しないんだろうな」


 トーマスの一番気にしている部分に、謎の男は答える。


「はい、絶対に解除されることはありません。詳しくは言えませんが、現在広く流通しているスクロールにも使用した技術を用いて、先に主従契約に必要相当分の魔力を全て流し込んでいますので」


 謎の男の説明に、トーマスは納得できない。


「そんな馬鹿なことを信じられるか!」


 主従契約に必要な魔力は、契約が続く限り、主が支払い続けるものだ。

 それは、主か奴隷が死なない限り支払われ続ける。

 つまり、トーマスがこれから支払うであろう、何十年分の魔力を先に流し込んだ、と目の前の男は言っているのだ。

 当然、にわかには信じがたいことだろう。


「でしたら、少し証拠をお見せしましょうか? ただ、別料金として金貨5枚頂きますが」


「金貨5枚!? ふざけるのも大概にしろ!」


 トーマスが怒るのも無理はない。

 金貨5枚あれば、通常の奴隷を2、3人買う事ができるのだから。


「あぁ、もし納得できなければ、別に金貨5枚は払って頂かなくても大丈夫ですよ。ムクタフィ、準備を」


 謎の男に言われた奴隷商は、水晶を持ってくる。

 そして、謎の男が水晶に触れると──


 ──強く漆黒の輝きを放ったかと思えば、水晶は粉々に砕け、溶けてなくなってしまう。


「な!? なんだ!? これは一体!?」


 驚くトーマスに、奴隷商が説明する。


「ええ、ええ、驚かれるのも無理はない。私とて、長く水晶で人の魔力を見てきましたが、赤色はともかく、黒色に光るのは初めて見ました。そして、あまりにもの魔力量に水晶が耐えきれず、砕けてしまうのです。先ほどその御方からご提示された金貨5枚。それは、壊れてしまった水晶の金額なのですよ」


 トーマスが使用している水晶は、魔力量の測定のためのアイテムだ。

 触れた者の魔力量に応じて、その色と光の強さを変化させる。

 これまで多くの魔力量を測定したムクタフィですら、赤色は1人しか見たことがない。

 幼い頃から赤黒く光らせ、今では黒色に光らせる者など、初めてであり、ましてや水晶が壊れるなど、聞いたこともなかった。


「なんと……いや、すまなかった! 金貨5枚は払わせて頂く! 疑って悪かった」


 敵に回してはいけないとトーマスは判断したのか、謎の男の言う事を全面的に信じることにした。


「ありがとうございます。金貨5枚はムクタフィへお支払い願います。それで、奴隷なのですが、ご希望通り戦闘力が高い者を10人程集めてきました。どれも、王都の近くのダンジョンの6階層までは潜ることができる実力の者たちですよ」


 そして、奴隷たちはトーマスへ自己PRを始める。

 その様子に、トーマスは舌を巻いた。


 普通、奴隷に堕ちた者というのは、当たり前ではあるが後ろ向きというか、自分が売られることをよく思わない。

 その為、このような場では率先して喋ることはありえない。


 しかし、この場にいる奴隷たちは、誰もが率先して自分の特技をアピールしてくる。


「私は元々Cランクのパーティーを組んでいました。ソロでも4階層までは潜った経験がありますし、必ずお役に立てることができます。それに、戦闘以外でも、夜伽にも使って頂いて結構です」


 全員が、奴隷とは思えないアピールをしてくる状況に、トーマスは喜び興奮を覚えていた。


「私はソロでBランク冒険者をしていたのです。戦闘は勿論ですが、広く魔法の知識があるので、必ずトーマス様のお役に立てることができるのです。その……夜伽も、勿論可能なのです」


 この中でも顔がトーマスの好みであった女が、ソロでBランクという破格の強さを持ち合わせていた。

 夜伽にも積極的ということで、トーマスは大層気に入った様子だ。

 しかし、金額を聞いて目を見開く。


「金貨500枚!? そ、そんなにか!? もっと安くならぬのか!?」


 トーマスの懇願に、謎の男は首を横に降る。


「申し訳ありませんが、これでも安いほうなのです。その奴隷は自分で言っていたように、ソロでBランクに上がった現役の冒険者です。さらに、その器量で処女ですので、戦闘の用途以外にも十分お楽しみいただけます。ソロのBランク冒険者をあなたが初めて組み伏せる、どうですか? これ以上ない愉悦だと思いませんか? これ以上金額が上がることはあれ、申し訳ないですが、下がることは難しいですね」


「ぬぅ……そうか、しかし……いや、仕方あるまい」


 トーマスは女奴隷を諦め、別の奴隷を吟味しだす。

 そして、ソロでCランクに上がったという実績を踏まえ、男の奴隷を選んだところで、他の奴隷達がトーマスに懇願する。


「私のほうが、彼よりも強いです!」

「私は、戦闘以外でも、食事や掃除もお手伝いさせていただきます!」

「お、お願いです。私をあなた様の奴隷にしてください! 必ず、必ずお役にたってみせるのです!」


 奴隷達の必死のアピールに、トーマスは違和感を覚える。


(なんだ……? なぜそこまで必死になる? そこまで俺の奴隷になりたいのか? いや……何か違う……)


「お願いしますぅ。絶対に、金貨500枚以上の働きはするのです。私を、私をあなたの奴隷にしてくらはいぃ。んぷっ……んむぅぅぅ」


 ふと気づけば、先ほどトーマスが気に入った女奴隷が近寄り、トーマスの股間をまさぐりながら、指に舌を這わせたと思えば、そのまま指を咥えてくる。


「ちゅばっお願い……じゅる……しま……ちゅぽっ」

「は、離れてくれ! また、また買いに来る! 離れろ!」


 普段なら興奮するところだが、その病的な瞳を見れば、恐怖のほうが勝ったようだ。

 トーマスが女奴隷に恐怖し、声を荒げると、謎の男から声がかかる。


、離れろ。お客様にご迷惑をかけるなんて、君は後でお仕置きだね」


 その声を聞いた女奴隷の顔面は蒼白となり、トーマスからゆっくりと離れていく。

 その顔は涙と鼻水で酷く汚れており、下半身は湿っている。

 処女で器量よしとはいえ、その姿を見ると、トーマスが最初に抱いた欲情は一切無くなっていた。


「お客様、奴隷がご迷惑をおかけして申し訳ありません。後できつく言っておきますので」


「いや、いい……気にしておらぬから、その女にはそこまでの灸をすえるのは止めてやってくれ。それで、この男の名前は?」


「はい、と申します」


「あぁ……では、スパンダを買うとする」


 そうして、トーマスと男奴隷──スパンダと呼ばれた男──は契約を結ぶ。


「いや、最初の無礼をお詫びしたい、とてもいい買い物だった。どうか、また私と取引をさせてくれ」


「はい、勿論。私もムクタフィも、いつでもトーマス様をお待ちしております」


 取引は無事終了し、トーマスは奴隷を連れて屋敷へ帰る。


(あの男は……人間ではないのだろうな)


 そう思うも、他言をすると自分が奴隷にされると直感したトーマスは、先ほどの取引の様子を墓場まで持っていこうと誓うのであった。

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