第四章

54 それぞれの準備

 アンリ達は12歳を迎えた。

 今年から魔法学院に通うことになるので、様々な準備に追われていた。


 その中でも苦労したのは、シュマの付き人の準備だった。

 学院では、貴族の生徒であれば、一人だけ付き人を連れていくことを許可されている。

 荷物持ちやボディーガードなど、用途は様々だが、付き人がいないというのは、貴族としての品格が疑われ、馬鹿にされてしまう。

 ザラシュトラ家当主のドゥルジールは、周りの目を強く気にする質であるため、当然アンリ達二人にも人を付けることを厳命していた。


 アンリの付き人には、0歳からこれまでお世話をしているジャヒーが立候補し、即決だった。

 しかし、シュマの付き人が問題だった。


 ドゥルジールが用意した付き人を、シュマは断固拒否したのだ。

 そして、シュマが代わりに連れていきたい、といったのは”さん”だった。


 目を糸で無理やり閉じられ、口を幾つもの南京錠で蓋をされている”さん”を見た時、ドゥルジールは血の気が引き、フランチェスカは意識を失ってしまった。

 当然、ドゥルジールは最初許さなかった。

 付き人以前に、奴隷相手とはいえ、やっていいことがどうだの、道徳的な説教が始まったのだ。

 しかし、ここでアンリがシュマの味方になる。


 今やスクロールは回復魔法だけに留まらず、様々な魔法を用意している。

 そして、その市場はアフラシア王国外、大陸外にも拡大した大きなものとなっていた。

 当然ながらその利益は大きい。

 競合がいないため、値段設定もかなりの強気にできるのも大きな要素だ。

 まさに金のなる木である。


 そのスクロールの要であるアンリの言うことに、ドゥルジールは逆らえない。

 この時は、アンリ個人での独立まで仄めかされたのだから、シュマの提案はしぶしぶ受け入れられた。


 しかし、流石にこのままの”さん”を連れていくことは、アンリも不味いと思ったので、”さん”のプロデュース作戦が始まったのだ。


 まず、ジャヒーを筆頭として、ザラシュトラ家の使用人総出で”さん”の教育を行った。

 ”さん”はそもそも平民出身のため、難しいと思われたが、思ったよりも要領がよく、休み無しでの特訓の成果もあり、人前に出しても恥ずかしくない程度にはなっていた。


 次は外見の改良だ。

 まず、目の糸は完全に取り外した。

 何年振りかの光を見ることを、少しは喜ぶのかと思ったが、”さん”には何も響くものはなかったようだ。

 その証拠に、”さん”は目を開けられるはずなの、自主的に開くことはなかった。


 次に、口の南京錠の代わりに、唇をジッパーをにしてみた。

 その効果で、どうしても喋る必要がある時や、食事の際、南京錠よりも簡単に口を開くことができるようになった。

 見た目は少しだけ不気味ではあるが、ドゥルジールとシュマの両方の要望を満たすことができる、アンリの斬新なアイディアである。


 斯くして、アンリ、シュマ、ジャヒー、”さん”の4人は、王都の南西に位置する、”魔法学院パンヴェニオン”へ向かうのであった。



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 王都マーズダリアの北西に位置する、聖教会本部にて、10人の男女が円卓を囲んでいる。

 つつがなく会議は進行しているが、長時間行われているためか、中には寝入ってしまっている者もいた。


「最後の議題は、スクロールの解析班からの進捗報告だ」


 最後という言葉に反応したのか、各々から声が上がりだす。


「そういや、アールマティはまだ行方不明か?」

「確か一緒に研究していた……スパンダでしたか? 彼も同じタイミングで音信不通になっていましたね」


 皆の関心は、2年程前に行方不明になったアールマティとスパンダにあった。

 特にアールマティ達を心配する者はいないが、面白そう、というゴシップ好きのものだ。


「もう2年になる。2人は死んだと想定しよう」


 司会をしていた序列1位、ウォフ・マナフがそう言うと、他の者たちは思い思いに語りだす。


「ってなると、スパンダからの最後の報告にあった……ザラシュトラ家が怪しいか」

「いや、行方不明になったのは冒険者組合の依頼でダンジョン探索中でしたよね?」

「そのダンジョン探索に、ザラシュトラ家の奴らも同行していたんじゃなかったか?」


 会議室がざわつきだすと、ウォフは少し大きい声をだす。


「とにかく、一番怪しいのはザラシュトラ家の子供達だ。これから2人の監視を行う」


 ウォフの決定に、口々に声が上がる。


「だから最初からそうしろと私は言っていました。対応がいくら何でも遅くないですか?」

「当時の子供達は10歳にもなっていなかったのでしょ? 私は意味が無いと思うけど」

「めんどくせぇからそのガキどもを拉致したらいいんじゃねぇのか?」


 ウォフが魔力を解放し、他の者に圧力をかけながら言葉を足す。


「これからの監視になるのは、そのほうがこちらにとっても都合が良かっただけだ。その2人は神童と呼ばれているらしい。だったらこっちも神童様に頼もうじゃないか」


 その言葉を聞いた皆の視線は、一人の少女に集まった。


「いいか、これは命令だ。ザラシュトラ家の双子に近づき監視しろ。そして、危険と判断したら、首を刎ねろ」


「……了解」


 少女は感情を感じさせない声で、そう答えるのであった。

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