53 side:アールマティ

 悪魔達の拷問は、文字通り24時間体制で続いていた。

 今日で7日目になるが、その間シュマさんは一度たりとも休んでいない。

 向こうも、こちらの心を折りにくるのに必死なのだろう。


 隣のスパンダを見れば、俯いて動かない。

 死んだわけではないのだが、どんな傷を入れられようが、全く反応を示さなくなっていた。

 スパンダの口を塞がれていて良かった。

 もし塞がれていなければ、聖教会の情報を吐いてしまったはずだ。


 だが、今日を耐えれば、私たちの勝ちだ。


 正直、私はもう生きることを諦めている。

 それでも、最後はあの悪魔たちに一泡を吹かせてやりたいのだ。

 スプンタ・マンユ様こそ、唯一の神だと、思い知らせてやりたいのだ。


「うふふ、アルマさん、頑張ってね? 今日を耐えれば、あなたの勝ちよ? もう少し、もう少しよ?」



 異端審問ゲーム


 それが今の私の全てだ。


 7日間の拷問で、聖教会の情報を吐いてしまえば、我らの神スプンタ・マンユ様は偽物。

 情報を吐かなければ、やつらの神アーリマン・ザラシュトラが偽物。


 どんな苦痛があろうと、私は絶対に負けてはいけないのだ。

 スプンタ・マンユ様は、絶対に負けてはいけないのだ。


 正直に言えば、3日目ぐらいで心が折れそうになっていた。

 しかし、シュマさんはミスを犯していた。

 聖教会の、何の情報を言えばいいのか、私に聞いていないのだ。


 怪しげな魔法により、常に増幅された痛みが私を襲っている。

 定期的に回復魔法をかけられているので、気を失って逃げることもできない。

 もしかしたら、何かの弾みで口から情報が出ていたかもしれない。

 しかし、何を言えばいいのか分からない状態なので、耐える以外の選択肢が無かったのだ。


「ぐぎぎぎぎ……ぎぎ……」


 私は耐える。

 それこそが、今唯一示すことができる、スプンタ・マンユ様への忠誠の証なのだから。


 シュマさんが私の膝の上にのり、笑いかけてくる。


「あぁ、アルマさん、あなた、本当に、本当に素敵よ。あぁ、素敵すぎて、くらい」


 そして、シュマさんは私の頬を食いちぎる。


「ぐぎぃぃぃぃ!!」


 痛い、痛い、とても痛い


 でも私は負けるわけにはいかない。


 スプンタ・マンユ様、見ていてください。

 あなたこそが、唯一の神だと証明してみせますから。


 スプンタ・マンユ様、見ていてください。

 あの悪魔達に、神の尊さを見せつけてやりますから。



 ────がちゃり



 ふと、部屋の扉が開いた。


「やぁシュマ、様子はどうだい? 約束の日だから会いに来たよ」


 偽物の神アンリが姿を現す。


「あく……まめ……っ!」


兄様あにさま、ええ、とても、とても楽しかったわ。本当に、神様に感謝だわ」



 負け惜しみを! このゲームは私の勝ちだ!


 スプンタ・マンユ様の勝ちだ!!


 お前の神は偽物だ!!



「ん? これは? アルマさんが二人?」


「えぇ、兄様あにさま。アルマさんから、体の一部をちょっとずつ貰って、もう一人アルマさんを作ってみたの。目玉も、内臓も、骨も、全部アルマさんの物よ? でもね、いくら回復魔法をかけても、こっちのアルマさんは動かないの。なぜかしら?」


 シュマさんが作ったもう一人の私は、いくら回復魔法をかけても、体は継ぎ接ぎのままだ。

 そして、当然声を上げることも無ければ、動くこともない。


「成程! シュマ、君は面白いことを考えるね。やっぱりこの世界では魂というのはかなり重要視されるんだ。とはいえ、折角シュマが作ったアルマさんが動かないのは可哀想だね。思えば、シュマは人形遊びをしたことが無かったし」


 偽物の神アンリが気味の悪い本を取り出すと、魔法を唱える。


 『<傀儡マリオネット>』


 すると、あろうことか、もう一人の私が動き出す。

 その人間味を感じさせない動きは人形のようだ。

 傷だらけではあるが、自分と同じ顔が不気味に動いていることに、強い恐怖を覚えた。


「ほら、もう一人のアルマさんはシュマの物だよ。好きに命令していいからね。名前は……そうだね、”テセウス”なんてどうだい?」


「嬉しいわ兄様あにさま! 私、テセウスを気に入ったわ! とても、とても大事にするわ!」


 目の前の光景を信じられないでいる私に、偽物の神アンリが声をかける。


「”テセウスのパラドックス”という言葉があってね。全てのパーツを新しくされたアルマさんは、本当にアルマさんって言えるのかな? ここにいる”テセウス”こそ、本当のアルマさんなのかな?」


 何を言っているのか分からない。

 ただ、奴の言葉を聞いて、無性に不安になってしまう。


「異教徒め……悪魔め……ゲームは私の勝ちだ、スプンタ・マンユ様こそ唯一の神。お前らの神は偽物だぁぁ!」


 怖くなった私は、大声で叫ぶ。

 叫ぶ内容はなんでも良かった。

 不安になったので、ただ叫ぶという行為をしたかっただけなのだ。


 しかし、私の言葉にシュマさんが反応する。


「くすくす、まだ終わってないわよ。では兄様あにさま、もうお願いしていいかしら?」


「あぁ、もういいのかい?」


「えぇ、もう十分楽しんだわ。本当に、本当に幸せだったわ」



 負け惜しみを


 確かに私は戦いではお前たちに負けた


 だが、異端審問ゲームは私の勝ちだ


 どんな痛みがこようが、私は我慢した、我慢できた


 私の神への信仰心が、お前たちの神への信仰心に勝ったのだ


 お前たちの神が偽物だ


 私の神が本物だ


 負け惜しみを、負け惜しみを、負け惜しみをぉぉ!!


 スプンタ・マンユ様こそ、唯一にして全能なる神なのだ!!



「『<隷属化スレイヴ>』、それで、聖教会の戦力ってどんな感じ? アルマさんより強い人ってどのぐらいいるの?」


「聖教会に所属している人数が多いため、私も全てを把握しているわけではないのです。しかし、最低でも序列入りしている10人は、私より強いはずなのです」



 私はギョッとしてもう一人の私を見るが、”テセウス”は動くものの、喋ることはできないようだ。



「へぇ、とりあえずその10人の名前を教えてよ」


「はい、序列1位がウォフ・マナフ様。2位がアシャ様。3位が──」



 ──は?


 なんで?


 自分の口を触ってみれば、答えているのは自分自身だと理解できた。


 なんで? 理解できたが、理解できない


 私の意思とは関係なく、聞かれた情報を全て答えてしまう。

 混乱している私を見て、シュマさんは口角を上げ、私に耳打ちする。



「くすくす、あれれ? どうしたの、アルマさん。これでゲームは私の勝ちよ」



 あぁ?


 これは一体、どういうこと?



「くすくす、あれれ? あなたの神は偽物だったのね、残念ね?」



 私の神が偽物だった?


 違う、違うんです、スプンタ様


 おかしいんです、私は絶対に、あれ? おかしいんです


 ぁぁぁ、ぁぁああああ、あああああ



「くすくす、でも7日間、とても楽しかったわ。兄様あにさまの用事が済めば、アルマさんにはもう会えないと思うけど、本当に、本当に楽しかったわ。アルマさんのこと、大好きだったわよ」


 

 違う、違うんです、こんなはずでは……!

 ごめんなさい、許してください

 違うの、許して、スプンタ様、スプンタ様ぁ!!


 あぁああああああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁあああああああああぁぁぁぁあああぁあ!!



「くすくす、またどこかで会えたらいいわね、じゃあね? アルマさん、、ご苦労様」



 違う! 違うのぉぉぉ!

 なんで!? なんでええぇぇ!?

 私の、私の言い分を、聞いて、スプンタ様ぁぁぁぁ!

 

 あぁあぁあぁぁあああぁぁあぁああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあぁぁぁああぁぁああああぁぁあああああぁぁああああぁああぁぁぁああぁぁぁああぁあぁぁあぁあああぁあぁぁぁぁあああぁぁああぁぁぁぁあぁぁああぁぁぁああぁぁあああぁぁっぁあああぁぁぁあああぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁああぁぁぁぁあああぁぁああぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁああ!!





 だけど、私の口は、アンリの質問に答えることしか許されていなかった。

 血の涙を流しながら、私はただひたすら、アンリの質問に答えていくのだった。

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