50 ワイルドパンサー強盗団5
アンリ達を遠くで見ている一同は、二人の戦いから目を離せないでいた。
「まるで神話の戦いを見ているようだ……か、カスパール殿、もっと遠くへ離れたほうがいいんじゃないのか?」
スイッチの言葉に、カスパールは叫ぶ。
「たわけが! アンリが必死に戦っておるのに、自分の身が心配か! Aランク冒険者が聞いて呆れるわ!」
鬼気迫る表情のカスパールを、ジャヒーが嗜める。
「お祖母ちゃん、少し落ち着いて」
「これが落ち着いていられるか! “大罪人“じゃぞ! アンリが死ぬなど想像できんが……万が一があったらどうする……わしは、また失うのか……」
大罪人、それはこの世界において、忌避される代表のような存在だった。
強欲、暴食、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢、色欲
この世に存在する七つの大罪を犯した者に、世界が大罪人の烙印を押す。
それぞれの大罪人は一人だけと決まっているのか、二人以上が同じ大罪人として出現したことはない。
多くの部分が謎に包まれているが、人々に広く浸透していることがある。
大罪人の烙印を押された者は、強大なユニークスキルを手に入れるのだ。
強大なユニークスキルを手に入れるだけとはいえ、選ばれた者は大罪を犯した者だ。
強大な力は例外なく悪用されることから、大罪人は国を上げて──時には国を越えて──の討伐対象となっていた。
カスパールは過去の冒険者時代、ダールトンと同じ”強欲の大罪人”の討伐をした経験があった。
当時、アフラシア大陸からBランク以上の冒険者を200人以上動員した、大きな事件だった。
結果として、大罪人の討伐は成功するものの、集めた冒険者から6割以上の死者を出し、しばらく冒険者全体のレベルが下がってしまうという負の遺産を残したのだった。
その経験から、カスパールは”強欲”の能力を知っていた。
それは、”他者の魔法を奪うことができる”というものだ。
確かに強いが、物量で一気に押せばなんとかなる、という認識ではいた。
しかし、今回は危険なオリジナル魔法を発明しているアンリが居たことにより、手に負えない怪物になってしまっている。
開発元のアンリも怪物である、ということは今は置いておくとして。
その為、カスパールはとても焦っていた。
「お婆ちゃん、ほら、見て。何も問題無くアンリ様が戦っていらっしゃるわ。アンリ様は絶対に勝利するから、何も心配いらないわよ」
確かに、アンリはダールトンと問題なく戦っており、どちらかと言えば優勢にも見える。
(一人で”強欲”の相手ができるのはなぜじゃ……? 敵はアンリの魔法を奪えなかったのか? しかし……)
それでも、カスパールは不安から声を上げる。
「いくらアンリとはいえ、”強欲の大罪人”が相手じゃぞ!? ”大罪人”を単体で撃破できる者など前例が無い……それこそ、神か、おとぎ話の勇者や、同じ大罪人じゃないと……」
弱々しくなっていくカスパールの言葉を聞いたジャヒーは、優しい笑顔をカスパールに見せる。
「ふふ、お婆ちゃん。それなら尚更大丈夫じゃない。私、お婆ちゃんに最初に伝えていたと思うけど、信じてなかったの?」
そう言いながら、ジャヒーは昔の記憶を思い出す。
それは、アンリが生まれた夜の記憶だ。
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「メイド! 状況を報告せよ! いつ生まれる!?」
「もうすぐです! 奥様も尽力されております! どうかお声掛けお願いいたします!」
ドゥルジールのパワハラを受けながらも、ジャヒーは必死に助産をしていた。
事前に行っていた星占術では女の子が一人産まれる予定だったが、いざ出産が始まるタイミングで双子という事に気付き、焦っていたのだ。
男の子ならアーリマン、女の子ならアエーシュマ、とフランチェスカは言っており、折角考えた名前を両方使えるのだから、喜ばしいことではあるが。
「黒髪? そんな……」
産まれてきた子供が黒髪だったことは、ジャヒーにとってイレギュラーだった。
『黒髪の子は悪魔の子』
ジャヒーの実家であるダークエルフの里では、そういった言い伝えが根強く残っていたからだ。
だが、古くからあるその言い伝えは、信憑性などとても無く、ジャヒーはそこまで信じていなかった。
「メイド! つまらん迷信を考えずに手を動かせ!」
とはいえ、少し固まってしまった自分を恥じ、必死に出産の補助を始める。
子供が黒髪であったということは、この日の2番目のイレギュラーだ。
この日1番のイレギュラーは、この後に起こる。
「申し訳ありません! 奥様! お二人目ももう産まれます! もう少しです!」
二人目の髪は、フランチェスカと同じ金髪だった。
その事に安堵したジャヒーの耳に、ふと感情を感じさせない冷淡な声が聞こえる。
『告 アーリマン・ザラシュトラの魂に”憤怒の大罪人”の烙印が押されました』
直後、黒髪の子供は大声で泣き喚く。
それは、まさに”憤怒”を感じさせる、強く、激しく、恐怖を感じる泣き声だった。
反射的に周りを見渡すが、先ほどの声の主は見つからない。
ドゥルジールは初の出産立ち合いでパニックになっており気づいておらず、フランチェスカは出産を終え力尽きたのか、意識を手放していた。
この声に気付いたのは、ジャヒーただ一人だったのだ。
(あぁ……なんてこと……悪魔だ……悪魔が生まれたわ……)
生まれた直後に大罪人の烙印を押されるなど、普通ではありえないことだ。
当時のジャヒーがそう思うのは、至極当然のことだった。
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「くひひひ! 転移魔法も貰ったぜ! いい魔法じゃねぇか! 次に会った時は、お前の命も奪ってやるぜぇ! せいぜい、短い人生を楽しんでおけよ!?」
ダールトンの言葉を聞きながら、アンリは自身の胸の内に、いつか感じたことのある、どす黒い感情が暴れだすのを感じていた。
(俺の人生が……短いだと……? ふざけやがって、そんなこと、そんなことがあってたまるかっ!)
アンリが感じる怒りのままに魔法を行使する。
すると、アンリの炎は赤から青へ変色していく。
(俺は……永遠だ! 俺は永遠に生きるんだ!!)
青くなった炎の色は、更に変色し黒くなっていく。
そして、黒くなった炎の出力は桁違いであり、触れていないというのに地面を溶かしだしていた。
「あぁ!? なんだぁ!? なんで同じ魔法で出力が違う!?」
両者が使用している魔法は、同じ
しかし、同じ魔法であるはずなのに、出力は全く違う物だった。
”強欲”は他人の魔法に干渉する。
そして、”憤怒”は自分の魔法に干渉する。
いかにダールトンが”強欲の大罪人”であろうが、”憤怒の大罪人”の能力に干渉することは不可能だった。
「なんでだ! なんでだぁぁぁぁああああ!!」
今回ばかりは、アンリはダールトンの問いに答えられない。
怒りに染まっているのに加え、アンリ自身にも分からない現象だからだ。
アンリの黒い炎はダールトンを溶かし続け、ついに、ダールトンの魔力は枯渇する。
そして、
(あ、まずい! Bランクが!)
急ぎ、アンリは魔法を止める。
己の人生が短いと馬鹿にされたことよりも、不老不死を目指すステップとして、ダールトンを討伐したという証拠が大事だったのだ。
「ん~…………これで、討伐証明になるかな……」
辛うじて残った、ほぼ溶けている一本の骨を見て、アンリはそう呟くのであった。
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