42 異端審問3

 アールマティはシュマの剣を注視する。

 長さや形状は自身の獲物とほぼ同じ、刀身は細長く一般的にレイピアと呼ばれている物だ。

 しかし、その外装は大きく違っていた。


 アールマティの剣は、銀色に輝き、所々に華美な装飾が施されている。

 見た目に拘ったその剣は、神に仕える者として相応しい、アールマティ自慢の一品だ。


(あれは……呪いが付与されている?)


 対してシュマの剣は異常だった。

 剣の手入れを一切していないのか、刀身は全て錆び付いてしまっている。

 ガードは無く、柄にあたる部分は包帯を雑に巻いているが、元々あった塗装や装飾が剥がれてしまっているのが隙間から見える。

 刃の先端は欠けており、刺すことは難しいが、刀身は若干幅広に取られており、刺突よりも斬撃が重視されていると見える。

 しかし、刃こぼれという言葉では足りないぐらい、刃が欠けてしまっているその剣では、満足に人を切ることはできないだろう。


 ならば恐らく、シュマの武器の真価として、呪いの類いが付与されているのだろう。

 そう考えたアールマティは笑みを浮かべる。


(武器の選択を間違えましたね。よりにもよって、神に愛されている私相手に呪いをかけようなどとは)


 呪い付与の成功率は、対象の精神力に操作される。

 自身の神以外に信じるものが無い影響か、アールマティはこれまで、呪いや精神操作といった類いのものに影響された経験はなかった。

 勝ちを確信し、アールマティは剣を振るう。


 だが──


 ──ガリッ


 数回の剣劇を繰り広げた後、シュマの剣がアールマティを斬る。

 いや、斬るというよりは、剣が引っ掛かり肉が抉れる。


「いっっつ!」


 短く悲鳴を上げ、距離をとったアールマティは、驚きながらシュマに声をかける。


「驚きました。魔物相手には全然本気じゃなかったのですね。しかし、やはり呪いは私には通じないようなのです」


 呪いが効かないことに安心したアールマティは、再度シュマに斬りかかるのであった。




 時間にして30分ほど、二人は斬り合っていたが、戦局は平行線だった。

 お互いに傷を付けているものの、シュマは魔法刻印にて回復し、アールマティは複数所持しているスクロールにて回復する。

 結果、痛みしか産み出していない現状に、アールマティは歯ぎしりをする。


「うふふ、愉しいわね。アルマさん、あなたもこの剣が気持ちよくなってきたんじゃないの? さぁ、もっと、もっと殺し、愛しましょう?」


 対するシュマは楽しそうなことこの上ない様子だ。


「随分狂った異教徒ですね……」


 アールマティは冷静に現状を分析する。


(戦闘力はほぼ五分、いや、シュマさんのほうがやや上。回復能力は一緒と思いきや……このままではまずいですね……)


 アールマティのスクロールの在庫が尽きかけていた。

 あれだけふざけた回復効果なので、シュマの魔力が簡単に底をつくと思っていたが、あの様子を見ると随分余裕がありそうだ。

 そこで、アールマティは早めに最後の勝負に出る。


『この魂を神に捧げます。どうか、我に力を。異教徒を滅ぼす力を与えたまえ。<身体能力超向上魔法ゴッド・エール>』


 アールマティの速度が急激に上昇し、シュマに肉迫する。

 シュマは少し驚くも対処し──


 ──ジャリ


 アールマティの腹の肉を削ぎ落す。


「ぐぅぅっ!」


 ただ、これはアールマティの予想通り。

 自身の肉と引き換えに、アールマティが奪ったのは──


「ふ、ふふ、ふふふふ。これで、私の勝ちです」


 ──シュマの左手と左足だった。


 アールマティは、自身の傷をスクロールで回復するため距離を取り、笑いながら宣言する。


「ふふふ。ずっと観察してました。あなたの左手と左足にある刻印、これが回復魔法なのでしょう? つまり、貴方はもう回復できないのです」


 スクロールの解析をずっと行っていたアールマティは、シュマの体に浮かび上がっている複雑な模様の中で、回復魔法に起因するものを特定したのだ。


「ふふふ、さぁ、貴方の体を調べる前に、まずは神の教えを──」


「──うふふ、どうしたの? 何を言っているのアルマさん」


 しかし、シュマの両手両足は健在だった。

 これには流石にアールマティが焦りだす。


(馬鹿な……何故? いや、それは後です。今はそれどころではないのです)


 アールマティが先ほど使用した魔法、身体能力超向上魔法ゴッド・エールは、爆発的に身体能力を上げる一方で、効果終了時には反動から、満足に動くことができなくなってしまうというデメリットがある。

 アールマティの決断は早かった。

 逃げ口上も無く、アールマティはシュマの左手を握りしめ、即座に逃走を図る。


「あら? もう終わっちゃうの? 残念だわ、もう少し愉しみたかったのだけれど……」


 シュマは逃げるアールマティを追う素振りは全く見せず、ひとり呟くのであった。

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