39 正義のヒーロー

 アンリがリーダーとして率いている“永遠の炎“は、順調に冒険者ランクを上げていった。


 戦闘力はBランクの“ハンバーガー“ を、シュマ一人で蹂躙できるほど高いのだ。

 加えて、長いブランクはあるものの、Aランク冒険者のカスパールが、過去の経験から色々と教えてくれる。

 更に、アンリ自身も前世の経験を活かし、“永遠の炎“というプロジェクトメンバーのマネジメントを行うことで、小さなイージーミスも排除していった。

 ならば、依頼を失敗するほうが難しかった。


 アンリが10歳を迎える頃には、アンリ達はDランクに上がっており、現在Cランクへの昇格試験を兼ねた依頼をこなしている最中だ。

 普通の10歳は魔法が使える歳になり、どんな魔法の適正があったかと、和気あいあいとしていることだろう。

 なのに、今アンリ達は王都から離れたスラムを探索している。


「いや〜長かったけど、この依頼を達成したら、やっとCランクに上がれるよ。これでダンジョンに行けるね」


「でも、楽しかったわ、私。ランクが上がっても、またみんなで依頼を受けたいわ」


「カッハッハ! 心配せんでも、お主らが行きたいと言っていたダンジョンは、Bランクからしか入れんぞ。まだまだ依頼をこなさんといけんのぅ」


 アンリが冒険者ランクを上げていた理由は、ダンジョンに入るためだ。

 無駄な死亡を避けるため、危険の多いダンジョンには、ある程度の実績のある者しか入ることを許されていなかった。

 さらに、アンリが狙っているダンジョンは、トップクラスの危険度のダンジョンの為、Bランク以上の入場制限がかかっている。


「それでも、大きな一歩だよ。ダンジョンの雰囲気も直接肌で感じてみたいしね。学院に行くまでにはBランクに上げておいて、卒業したら直ぐに目的のダンジョンに向かおう。なにせ、あのダンジョンはせか──」


「──わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そこに、小さな子供の悲鳴が聞こえてくる。

 アンリ達は顔を見合わせ、頷くと音が聞こえた場所へ走り出す。


 音の発生源の子供は、頭から少し血を流し泣いていた。

 アンリ達より1、2歳は幼く見えるその子供は、ボロボロの服を着ており、やせ細っている。

 その見た目から、おそらく孤児なのだろうと推測できる。


 子供を追うのは、2人組の強面の男達だ。

 見るからにガラの悪そうな見た目から、子供を追っている理由はろくでもないものだろう。


「おら! まてや! ここで死ぬより、奴隷になったほうがまだいいだろうが!」


(孤児を攫って、奴隷として売ろうとしているのか……そうか、その手もあるか……)


兄様あにさま、どちらを……?」


 アンリが男達の行動理由を考えていると、シュマが尋ねてくる。


「ん? あぁ、2人組のほうが悪者だね。子供を助けてあげよう」


 アンリが答えると、シュマの体が光り、2人組の男に向かって走っていく。


「んぁ!?」


 二人の鳩尾に拳を打ち込むと、男達は白目を剥き意識を失う。


「うふふ、この人達はどうしましょうか」


「残念だけどねシュマ、依頼は子供が消える元凶の調査なんだ。その二人は組合に引き渡さないといけないから、いつもの趣味はお預けだよ」


 残念そうな顔をしているシュマを横目に、子供に回復魔法をかける。

 傷は完治したようだが、あまり元気ではない子供の様子を、疑問に思ったシュマも近づいてくる。


「この子、傷は無いのに弱っているわ、どうしたのかしら」


「大方、腹が減っておるのじゃろう。ここに居る者たちは皆、今日生き残ることに精一杯じゃからな」


 カスパールの言葉に、シュマは辛そうな表情を見せる。

 将来死ぬのではなく、今日死ぬかもしれない子供達をとても不憫に感じたのだ。


(私がこの子にしてあげられること、なにかないかなぁ……あ、そうだ!)


 そこでシュマは思い出す。

 大分前にはなるが、夜眠れない時、アンリが話してくれたおとぎ話の数々を。

 アンリが話してくれたヒーロー達は、いつだって強くて優しかった。

 そしてシュマは、目の前の子供のために、今は自分がヒーローになろうと考える。


(こういう時は……確か……)


 シュマは子供の前に座り、優しく微笑みかける。

 子供は、目の前に綺麗な女の子が現れたことを嬉しく思ったのか、微笑み返す。

 そして──



 ──ぶちぶちびちぶちぶちゃ──



 ──シュマは素手で自分の頬を引き千切る。


 頬が千切れ、口を閉じているのというのに、奥歯まで見えてしまい、血だらけになったシュマが言う。


「お腹が減ったのでしょう? 可哀想に。ほら、私の顔をお食べ?」


 本日2度目の悲鳴がスラム中に響いたのであった。

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