38 異端審問官

「姉さん! アルマの姉さん! 大変です! 大変です!」


 アフラシア王国に数多く存在する、聖教会の一つ。

 その教会の一室にて、スクロールの研究を行っているアールマティの元に、若い男が飛び込んでくる。

 その男の名はスパンダといい、20歳前後ではあるが、人懐っこい態度から、いつも年下に見られてしまう。


「スパンダ、いつもノックをしろと言っているのです。それで、どうしましたか?」


 答えるアールマティの年は、スパンダと変わらない。

 しかし、その落ち着いた態度と、知性を感じさせる顔つきから、年上に見られてしまうのが悩みの種だ。


「それが、冒険者組合で情報を集めていたんですがね、出ましたよ、出ました!」


 アールマティとスパンダは、聖教会に所属している。

 しかし、それは裏の顔である。

 表向きは、それぞれがソロの冒険者として活動しており、アールマティに至ってはBランクと、確かな実力を持っていた。


「何が出たというでしょうか。できれば、要点をまとめて喋ってほしいのです」


 いつもにまして慌てているスパンダを見て、アールマティは手を止め、飲み物の準備を始める。

 どうせ、スクロールの解析は八方塞がりとなったところなのだから。


「ザラシュトラ家ですよ! あそこがスクロールの製造元かもしれません!」


 スパンダは、アールマティに冒険者組合で起きたことを説明する。

 全ての説明を聞いたアールマティは、鋭い目でスパンダに問う。


「……確かなのですか?」


「確かです! あのお嬢ちゃんの左手の甲に、間違いなくスクロールと全く同じ模様が入ってました!」


 聖教会は、アンリの魔法刻印が刻まれたスクロールの解析に、途中までは成功していた。

 具体的には、回復魔法の刻印の模様を再現し、大量の魔力を注ぎ込めば使用することが可能になっていたのだ。

 しかし、魔力をあらかじめ込めておくことは再現が不可能だった。

 それでも、適正の無い者がスクロールに画かれた回復魔法を使える、ということは魔法の革命といるだろう。

 あとは、魔力を事前に込める方法と、使用魔力を抑える方法の解明だけが課題になっていた。

 なにせ、今のままでは必要な魔力が多過ぎて、聖教会でも使える者が限られているのだ。


「それが本当なら……スパンダ、よくやりました。しかし、まさかザラシュトラ家自体に鍵があるとは……灯台下暗しとはこのことです」


 スクロールを商人に卸しているのはザラシュトラ家。

 それは、国王からドゥルジール・ザラシュトラが特別報酬を貰ったことにより、貴族であれば周知の事実だ。

 勿論、聖教会にもその情報は入ってきている。


「しかし……ザラシュトラ家には、高名な魔法使いは当主のドゥルジールしかいないはずです。しかも、得意魔法は炎の系統のはず」


 だが、その情報を知っている誰もがザラシュトラ家はただの隠れ蓑だと思っていた。

 いつも通りの汚れ役として、今回は体よく名前だけ使われたのだと。

 それもそのはず、ザラシュトラ家には、スクロールの製造を行える人物などいないはずなのだ。


「アルマの姉さん、”閃光”なら?」


「それもありえないのです。ダークエルフの回復魔法などたかが知れています。それに、”閃光”がザラシュトラ家に入る前にスクロールは流通していたのです。」


「やっぱり……そうですか……」


 なにか含みのある言い方のスパンダに、アールマティは問う。


「スパンダ、何か心当たりがあるのですか?」


「実は……俺は双子が怪しいと思うんです」


 アールマティは怪訝そうな顔でスパンダをじろりと見ると、先を話すよう顎で促す。


「あの双子からは……なにか得体の知れないものを感じました。特に兄のほうは……なんというか、この世界の人間じゃない不気味な雰囲気があるんです。いくらアルマ姉さんでも、あれの相手は止めたほうがいいって思うんです。本部に協力を仰ぎましょうよ」


「本部には報告不要です。ただ、あなたの勘は当てにしています。ならば、妹さんの体を調べることにしましょう。無くならず、いくらでも観察できるスクロールと考えたら、それだけでも充分な価値があります」


 聖教会では、序列が存在する。

 実力は勿論、何かの手柄を立てることで上下する序列は、高ければ高いほど、彼らの唯一神である”スプンタ・マンユ”への信仰心が強いと言われている。

 とりわけ教会でも信仰心の強いアールマティは、序列入りを喉から手が出るぐらい欲していた。

 そのため、今回は独自で動こうと決意していた。


「アルマの姉さん、調べるってことは……?」


「えぇ、ご推察の通り、攫います。ふふ、全身が光り輝き、10歳にも満たないのにCランク冒険者を一方的に切り捨てる。これが異端と言わずなんというのでしょうか」


 アールマティの裏の顔、それは異端審問官であった。


「いやいや姉さん、あの“閃光“もいるんですよ?それに、ザラシュトラ家とやり合うってのなら、流石に一人じゃ……」


「重々承知しているのです。しばらく様子を見ながら何かいい方法を考えます。スパンダ、他言したら絶対に許さないですよ。これは我らが神、スプンタ・マンユ様のためなのです」


 狂信的なアールマティの瞳を見て、報告先を間違えたかなと、スパンダは溜め息を吐いていた。

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