37 冒険者3

 冒険者組合に到着したアンリ達3人は、注目を集めていた。

 勿論、”ハンバーガー”とのやり取りが一番大きな原因ではあるが、その見た目からも奇異の目を集めていた。


 まず目を引くのはカスパールだ。

 ”閃光のカスパール”といえど、現役だったのは50年も前の話。

 現役の冒険者達は、”閃光”の名前を聞いたことはあれど、実際に目にしたことがある者など限られている。

 そのため、カスパールは傍からみれば、とんでもなく美人のダークエルフが来た、という認識であった。

 視線を集めているのは、その恰好も相まって目の保養になる、という理由からだろう。


 そして、次に目を引くのはアンリ達双子の兄妹だ。

 男の子は黒い髪に、異常な肌の白さであり、なんとも不気味な雰囲気を漂わせている。

 女の子は白い髪に、これまた肌は白く、少し浮世離れした印象を受ける。

 二人が羽織っているマントには、一つ目の家紋が見えるため、貴族のご子息ご息女なのだろう。

 それも、あの執行人と呼ばれているザラシュトラ家のである。

 平民が大半を占める冒険者組合では、貴族の家紋など把握している者は少ない。

 しかし、執行人の家紋ともなれば、平民であってもある程度の浸透はしていた。


 普段であれば、カスパールの美貌に男達が群がり、声をかけるだろう。

 しかし、好んで貴族と、特にザラシュトラ家と関わろうとする者など勇者であり、いくら冒険者といえどいなかった。

 そのため、3人は話しかけはされないものの、”ハンバーガー”の謎の行動も相まって好機の的となっていた。


「すみません、僕達2人が冒険者登録と、それと3人でパーティー登録を行いたいんですが」


 双子の兄であるアンリが、受付嬢のグレースに声をかける。

 グレースは慣れたもので、何かしらの曰くがありそうな3人ではあるが、おくびも顔に出さず対応する。


「パーティー名は何になさいますか?」


「”永遠の炎”でお願いします」


「承りました。では、こちらにパーティーメンバーのお名前の記入をお願いします」


 しかし、いくらプロの受付嬢といえど、今回は動揺してしまった。


「え……? カスパール……って……あの?」


 受付所の呟きに、注目していた冒険者たちはどよめく。

 そして、ダークエルフという種族が一致し、外見上の特徴も類似していることから、”閃光のカスパール”本人との信憑性が高まってきていた。


「あの……失礼ですが……カスパール様でしょうか?」


 どうしても気になったソフィアは、自分が担当しているわけではないのに、横から質問する。

 そのプロ失格の行動に、グレースは青筋を立てるが、当の本人は気にした様子も無く答える。


「どのカスパールのことを言っておるのか知らんが、”閃光”ならわしのことじゃ。50年ほど前にAランクじゃったが、このプレートはまだ使えるか?」


 そう言いつつ、カスパールは金のプレートをグレース達に見せる。

 その金のプレートは、今では多少デザインは変わってしまってはいるが、間違いなくAランク冒険者の証であった。

 つまり、目の前にいるのは、本物の”閃光のカスパール”なのだと、皆が信じるのには充分な証拠だった。


「そ、ソフィアが失礼いたしました。勿論、そちらのプレートをそのままお使いいただいて結構です。冒険者組合の規定により、”永遠の炎”は最初はFランクの依頼しか受けられませんが、よろしいでしょうか」


「構わんが、リーダーはわしじゃないぞ。わしは只の付添じゃから、話はそちらにしてくれ」


「こ、これは失礼いたしました」


 そうしてアンリ達の冒険者登録が進む中、何人かの冒険者が近づきだす。

 だが、何も行動を起こさない。


 アンリ達の冒険者登録が終わるまでは、貴族と平民の関係だ。

 そのため、いくらカスパールに興味を持ったとしても、現時点で行動を起こすという暴挙に出る者はいない。

 皆、アンリ達が冒険者登録を終え、冒険者の先輩後輩の関係になるのを待っているのだ。


「冒険者登録は完了しました。ではこれから冒険者の説明を──」


「──なぁ、”閃光”。俺達のパーティーメンバーにならねぇか?」


 グレースの話の途中。

 ややフライングと思えるタイミングで、4人組のパーティーからカスパールに声がかかる。


「俺達は”黎明の頭巾”ってCランクのパーティーだ。俺はリーダーのドナルド。こいつらは、テリア、ケンタ、ウェイブって名前だ」


 カスパールは無視を決め込んでいるが、”黎明の頭巾”は自己紹介を始める。

 一瞥もくれないその態度に苛ついた様子のドナルドは、少し声が大きくなる。


「随分お高くとまってるじゃねぇか? 確かに、俺達はまだCランクだが、次の試験ではBランクに上がるつもりだ。勿論、入ってくれるなら報酬の取り分はお前さんが3割をもっていっていいぜ。どうだ? 悪い話じゃねぇだろう?」


 尚も無視を決め込むカスパールの態度を見て、ドナルドは声を荒げる。


「おい! 聞いてんのか!? 折角おれが──」


「──くすくす、ねぇおじさん? さっきの話、聞いてなかったの? リーダーは彼女じゃないのよ? そんなこと言われても、彼女は困ってしまうわ」


 が、ドナルドに答えたのは10歳にもなっていない女の子、シュマだった。


「あぁ? 嬢ちゃんは引っ込んでな。それとも、嬢ちゃんも俺達のパーティーに入りてぇのか? 流石に戦力にはならねぇが、なかなか見込みがありそうだし、夜の相手専門でメンバーに入れてやってもいいんだぜ?」


(シュマが夜の相手って……この世界はロリコンが多いのか?)


 アンリは時折耳に入ってくる会話からそんなことを思うが、グレースの説明を聞くのに集中していた。

 ドナルドの相手は、笑顔のままシュマが続けるようだ。


「くすくす、嫌だわ、おじさん。私はパーティーを変えるつもりはないわ。だって、おじさんのパーティーに入っても、何も意味がないんだもの」


「だったらガキは痛い目に合わない内にすっこんでな。これ以上話にはいるなら、その綺麗な顔が台無しになるぜ?」


「くすくす、あら、それはとても楽しみだわ。ねぇ? どんな感じなの? ちょっと、試してみてほしいのだけど」


 シュマが少し興奮してきたのを見たカスパールは大きくため息をつく。


「はぁ……。あのな、基本的には揉め事は避けようとせんか。この輩は無視するのが一番じゃぞ」


 やっとカスパールが反応したことに、ドナルドは好機とみるや強引に近づいていく。

 なにせアフラシア大陸中に名を轟かせた”閃光のカスパール”だ。

 ここで勧誘しておかないと、他のパーティーからいくらでも声がかかるだろう。

 だから、ドナルドは一番最初に声をかけることができた、というアドバンテージを最大限活かすのに必死なのだ。


「へへ……”閃光”、ガキ共には何もしねぇから、ちょっと俺らの話を聞いてくれや」


 そして、ドナルドがカスパールの腕を掴んだところで、流石に看過できなかったのかアンリから待ったがかかる。


「あの、ドナルドさん? 悪いけど、そちらの女性は僕の大切な人なんだ。悪いけど、他を当たってくれないかな?」


 デートの待ち合わせ場所で、彼女を不逞の輩から守る、遅れてきた恋人のような気分になり、アンリは少し喜びを感じていた。

 しかし、いい所で邪魔をされたドナルドは真逆の気分だ。

 後ろから他の冒険者が何人か歩いてくるのを視界に入れ、焦ったドナルドはアンリを突き飛ばす。

 そして剣を抜き、脅しの言葉を述べる。


「いいか? 邪魔をするんじゃねぇぞ? 俺達は少しばかり”閃光”と話をしたいだけなんだ。邪魔をしたらどうなるか、いくらガキでも分かるよ──」




 ──瞬間、部屋の温度が下がった。


 鋭い殺気を向けられた”黎明の頭巾”は、慌てて武器を取り身構える。

 しかし、身構えた時にはすでに遅かった。


 成り行きを見守っていた受付嬢のグレースには、何が起こったのか全く理解できなかった。

 急に温度が下がったと思えば、なぜか腰が抜けていたのだ。

 そして、気付いた時には、”黎明の頭巾”の4人は首から血を大量に流し、倒れている最中だった。

 それを行ったと思われる人物は……10歳にも満たない小柄な少女だった。

 しかし、全身から光り輝く模様が浮かび上がっており、返り血まみれの少女は、人間というより、何か、得体の知れない魔物のように思えた。

 そして、少女は慌てて声を上げる。


「あぁ、あぁ! ごめんなさい! 私としたことが、つい! どうしましょう、どうしましょう兄様あにさま!」


 目の前で中々の衝撃的な出来事が起こったというのに、妹に頼られた兄は全く動じず笑って答える。


「あはは、シュマは仕方ないなぁ。大丈夫だよ、ほら」


 そう言うと、アンリの持っている魔法の原典アヴェスターグが開かれ、勝手にページが捲れていく。


『<回復魔法ヒール>』


 アンリの呪文により、”黎明の頭巾”の4人の傷は逆再生されていく。

 そして、3秒も経たないうちに、4人の首の傷は完治していた。


 一部始終を見ていた冒険者組合の全員は絶句する。

 そして、当事者である”黎明の頭巾”は、その中でも一番動揺していた。

 そんな”黎明の頭巾”に、シュマから声がかかる。


「あぁ、良かった! 本当に良かった!」


 そして、シュマはドナルドに近づき、ドナルドの首に手をあて、笑顔で謝る。


「ああ、本当に、本当にごめんなさい。私としたことが、つい……だって、とんでもなく不敬だったもの。でも、大丈夫、あなたたちは死なないわ。だから、いくらでも反省できるの。永遠を生きて学び、自分のしたことを反省しましょう。そう、?」



 その日から、”黎明の頭巾”を見た者はいない。

 ある者は、小さな女の子に負けたから田舎に逃げ帰ったのだと言う。

 ある者は、悪魔に連れ去られたのだと言う。


 どちらにせよ、貴族と、特にザラシュトラ家と関わるのはタブーなのだと、改めて冒険者の間で認識されたのであった。

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