36 冒険者2

「ハンクさん、今日、ご飯でも一緒にいかがですか?」


 冒険者組合の受付嬢であるソフィアは、依頼達成の報告に来た男に声をかける。

 冒険者の大半が荒くれの男たちであり、そういった者をうまく手懐けるためか、顔採用という言葉が浮かんでくるほど、受付嬢は皆顔が整っている。

 声をかけた受付嬢のソフィアも、例に洩れず美人であった。


 周りにいた冒険者達は、羨ましいと思いつつ、声をかけられた男を見て納得する。

 元”竜の牙”というパーティーで活動していた彼らは、”ハンバーガー”という名前に変更してから急成長を遂げ、飛ぶ鳥を落とす勢いで名声が高まっている。

 そのリーダであるBランク冒険者のハンクは、王都マーズダリアで活動している冒険者では、知らぬ人などいない程の有名人となっていた。

 近々Aランクが見えているという理由から、下のランクの者は憧れ、上のランクの者は警戒している。

 受付嬢からすれば今のうちに唾を付けておきたい優良物件だろう。


「……」


 しかし、美人に声をかけられたというのに、ハンクはソフィアを無視し、出口へ歩いていく。

 ”ハンバーガー”のメンバーであるバーバリーとガーランドもそれに続くと、他の冒険者達が道を空け、混んでいるというのに一本の道が出来ていた。


「ソフィア、仕事中に適切な行動とは思えないけど?」


 ソフィアの同僚である、眼鏡をかけたグレースから注意が入る。


「いいじゃないグレース、これでも結構本気なの。あぁ、ハンクさん格好いいなぁ。あんなにモテるのに、誰からの誘いも乗ったことは無いらしいの。硬派な人っていいわねぇ」


 ハンクが誘いに乗らないのは、偏に子供にしか興味がないその趣味にあるのだが、そんな事を知る由もないソフィアにとっては、それもまた魅力の一つになっていた。


 不意に、組合の入り口がざわつく。

 何事かと思い、ソフィア達も入り口を見れば、そこに居たのは折角できた道から逸れ、無様に跪く”ハンバーガー”の姿があった。

 顔を完全に下に向け、体を丸め跪いているその背中は、小柄なソフィアから見てもひどく小さく見えた。


「やぁ、Bランクに上がったらしいね、おめでとう。僕も自分のことのように嬉しいよ」


 ハンク達が頭を下げている人物が声をかける。

 すると、声をかけられた3人は動揺したのか、声を震わせながら答える。

 一体どういった曰くがあるのか、”ハンバーガー”の3人からは尋常じゃない量の汗が流れており、木目の床を濡らしているのが遠めでも分かった。


「い、いえ……。これもアンリ様とシュマ様のご指導があってこそ……です」


「君たちがAランクになれるようにね、僕も頑張っているんだ。今、”いち”を改造中なんだよ。僕が納得できる作品に仕上がったら、是非”ハンバーガー”のサイドメニューに加えてみてよ」


 無関係の冒険者達からすれば、何を言っているのか分からないが、頭を下げている3人には充分に伝わったらしく、涙を流していた。


「いえ……それ以上アンリ様の手を煩わせるわけには……”いち”は……もうこれ以上……」


「あら? ハンクさん、兄様あにさまの決定に何か文句があるの? あぁ、大変だわ。私、ハンクさんのことは好きだけど、それはとても許せないわ。あぁ、どうしましょう」


「違う!! 文句があるわけじゃない! 俺はただ……」


 大声を上げるハンクに、何事かと組合内がざわめきだし、組合職員が何名か事務室から出てこちらに歩いてくる。

 そこで、カスパールから声がかかった。


「あーお主ら、悪目立ちし過ぎとるぞ。なるべく目立たないようにと言っておったのに……」


「あはは、確かに。出入口で長話は迷惑になるよね。さぁ、”ハンバーガー”も次の依頼があるんじゃない? この話はまた今度にしよう。 引き留めて悪かったね、行ってらっしゃい」


 アンリが場を締めると、ハンク達は逃げるように出ていく。

 それを、冒険者組合の皆は、不思議そうな顔で見ているのであった。

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