第三章

35 冒険者1

「先生、僕と……付き合ってよ」


 9歳になり、まだまだ小さな子供ではあるが、たまに男の顔を見せるアンリの言葉に、カスパールは少しドキリとする。

 だが、アンリが”不老不死達成に向けた計画書_v13.4”と書かれた分厚い冊子を抱えているのを見ると、溜息をつき返答する。


「お主……わざとじゃろ? いや、その計画書の全ての説明はいらぬ。今日も誰かさんのために、これから魔の森に向かわんといかんし、その計画書には後で目を通させてもらおう。ただ、それにしても言葉が足らんわ」


 カスパールの反応が期待通りだったのか、アンリは笑いながら説明する。


「あはは、僕のワガママのせいでごめんね。それに、それは可哀想な”いち”のためでもあるし、何より先生も楽しんでるじゃない」


 アンリの奴隷第一号である”いち”は、”ハンバーガー”の元魔法使いだった。

 そのことを知ったアンリは、とても”ハンバーガー”の為に、”いち”を奴隷から解放し、彼らのパーティーに組み込もうと思ったのだ。


 しかし、これは失敗に終わった。

 理由は大きく二点ある。


 まず一点目の理由は、”いち”の心が壊れていた。

 理由は全く分からないが、何年も稼働していたミキサーを止め、”いち”と話をしようとするが、なかなか話が通じないのだ。

 何を聞いても嫌だ許してと言うだけで、全く会話にならず、あのまま外に出すと”ハンバーガー”の品格を問われてしまうだろう。

 また、外に連れて行こうとすると、過剰に怖がり涙を流し大声で泣くのだ。

 大の大人があそこまで泣くことはなかなか見たことがなく、アンリは”いち”の気持ちを汲み取り、再びミキサーに戻しスイッチを入れておいた。


 そして、二点目の理由は、実力の乖離にある。

 元々同じパーティーだったといえ、それは何年も昔の話だ。

 現メンバーのハンク達と、旧メンバーの”いち”では、数日では埋まらない実力の差があった。

 あの完成された3人パーティーに”いち”を追加すると、余計なノイズとなり逆に戦闘力が落ちてしまう可能性まであったのだ。


 そこでアンリは考えた。

 ”いち”を”ハンバーガー”に組み込めない真因は、”いち”が弱いことにあるんじゃないだろうかと。

 もし、”いち”が強くなれば、外の世界を怖がることもなくなるはずだ。

 もし、”いち”が強くなれば、ハンク達も頼もしく思い、背中を預けてくれるだろう。

 ならば、ここは自分が手を打とうと。


 こうして、カスパールと協力して、”いち”のプロデュース作戦が始まったのだ。

 その作戦の一環で、何度も魔の森に向かってもらっているカスパールに、アンリは頭が上がらない。


「まぁ、強くなるということは、この世に生まれた者なら誰でも憧れるものじゃからな。それで、話を戻そうかの。わしは、次は何に付き合えばいいんじゃ?」


「実は、シュマと二人で冒険者登録をしようと思ってね。父上から許可は下りたんだけど、条件が出されちゃったんだ。その条件が、先生も一緒ならってこと。勿論、僕も先生に色々教えてもらいたかったからそのつもりだったけど。だから、僕達と一緒にパーティーを組んでくれない?」


「ほぅ、わしはいいぞ。むしろこちらからお願いしたいぐらいじゃ。しかし、よくもまぁドゥルジール殿が許可をだしたな」


 冒険者は、常に危険が隣り合わせの状態だ。

 ザラシュトラ家の長男であるアンリが、そんな危険な冒険者になることを、よくドゥルジールが許可を出したなとカスパールは疑問に思う。

 また、冒険者の中ではランクが全てだ。

 いかに貴族であろうとも、冒険者であればランクが高い者のほうが偉いという考え方が一般的である。

 なので、貴族の長男が冒険者になる、ということはなかなかに珍しいことだった。


「この計画書にも書いてあるけど、冒険者になることは必須だからね。スクロールの供給を盾にすれば、父上は大抵許可を出してくれるさ。それに、あれだけ可愛がっているんだ。家督はタルウィに譲ろうと思っているんじゃない?」


 今や、アンリの生み出したスクロールは、アフラシア王国にとっても、ザラシュトラ家にとっても、無くてはならない必需品となっている。

 そのスクロールの生産をアンリが止めると言い出したら、一番困るのはドゥルジールだろう。

 いつの間にかアンリにどっぷりと依存してしまっていたドゥルジールは、アンリのワガママにも目をつぶるしかなくなっていた。


「カッハッハ! まさか! お主以外の者に家督を譲るなど、考えられぬわ。ザラシュトラ家は執行人の役割も持っておる。お主以上の適任はおらんじゃろうて。いや、確かにあの娘も適任ではあるがの」


「まぁ、僕としては家督なんて何でもいいんだけどね。むしろ商人にでもなったほうが実験費用を捻出できそうだし」


「お主はほんと稀有な奴よな。別に貴族でも商会を立ち上げている者はおるんじゃぞ。確かに他の貴族からはあまりいい目で見られんかもしれんが、お主はそんなこと気にせんじゃろうて」


「それもいいかもね。今度ムクタフィに相談してみようかな。……それで、パーティーの話なんだけどね、明日3人で冒険者組合に行こうよ」


「随分急いでおるな。そも、10歳になるまでは待てんのか?」


「待てないね。全然待てない。だって12歳から4年間、時間を無駄にしちゃうんでしょ?」


 魔力を多く持つ者の内、希望者は12歳から4年間、魔法を学ぶ学院に通うことになっている。

 希望者といえど、それは平民にいえることで、貴族であれば世間体を考慮し、全ての者が通わなければならないといっても過言ではない。

 ドゥルジールは特に周りの目を気にするため、アンリとシュマにも学院に通うよう命令されていた。


 平民でも通うことはできるが、平民に関してのみ少し難易度の高い入学試験があるらしい。

 だから、魔法学院に通うものは貴族のほうが圧倒的に多くなってしまう。


「まぁ、そう言うな。あそこは中々いいところでな。お主でも、学べることがあるかもしれんぞ」


 学院に本気で行きたくなくなれば、本気でドゥルジールを説得してしまうと思ったカスパールは、アンリをたしなめる。


「先生がそう言うなら行くけどね。でもよく分からないな。なんで10歳から魔法が使えるのに、学院は12歳からなの? 魔力量を増やすのが一番大事なんだから、10歳から入学にするべきだと思うけど」


「それは恐らくじゃが、貴族が貴族たるためじゃろうな。魔力を使えば使うほど魔法量が増える。その事実は、平民ではあまり浸透しておらん。だから、平民は皆2年のハンディキャップがあるとも言えるな。平民から極力優秀な魔法使いが産まれんよう、考えているのかもしれん。そも、普通の10歳は魔力量を増やすために意識を失うまで魔法を使おうとせんのじゃないか?」


「貴族って変な生き物だね」


「カッハッハ! お主がそれを言うか?」


 そして翌日、アンリ達3人は冒険者組合に向かうのであった。

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