30 任務遂行2 side:ハンク

「あはは、悪魔って……雇用主に随分な言い草だね」


 一体いつあらわれたのか。

 全く気付くことができなかった。


「……貴様……いつからそこに……」


 他の二人も同様だったようで、バーバリーが声を上げる。


「ん? あぁ、ずっと居たよ? 光学迷彩と、ダークエルフの特性を組み合わせた認識阻害魔法を使ってはいたけど。それより、”いち”は知り合いだったんだ。いや、偶然とはいえ申し訳ないことをしたね」


「”いち”じゃねぇ! あいつはモスだ!」


 ガーランドが声を荒げるが、当の悪魔はどこ吹く風だ。


「違うよ、”いち”だ。僕がお金を出して買ったんだからね。あれの命名権は僕にある。まぁ……君たちには大分シュマがお世話になったからね。別に解放してあげてもいいけど」


 違う、そうじゃない。

 とっさに俺は声を上げてしまう。


「全員だ! 全員を解放しろ! お前のやってることは狂っている!」


「いやいや、流石にそれはできないよ。これは必要なことだからね」


「ふざけるな! 一体……一体、なんでこんなことが必要になるんだ! お前は絶対に殺す!」


 悪魔は困ったように肩をすくめる。


「やれやれ、見逃してあげるつもりだったんだけど、流石に殺されるのは勘弁だね。それに、これは本当に必要なことなんだよ。そうだ、これの成果を少し見せてあげようか」


 悪魔がそう言ったと思えば、悪意があふれ出てくるのを感じた。そして──





 ──俺は死んだ







 そう錯覚してしまった。

 元々涙は出ていたが、鼻水、涎、その他にも、色々なものが体から逃げていく。

 俺の細胞も、悪魔を怖がっているのだろう。


 ドサッと音がした方向を見れば、バーバリーとガーランドが倒れていた。


 あぁ、無理もない。

 恐らく奴は自分の正体をさらけ出すかのように、魔力を解放したのだろう。

 俺は耐性が高いほうだが、他の二人はからっきしだ。

 今の膨大すぎる魔力に当てられたら、常人なら意識を保つのは難しい。


「くっ……ころ……す……っ!」


 俺一人となってしまったが、マチェットを構え悪魔に向かって走る。


『<小規模爆裂魔法ばんっ!>』


 しかし、左手にいつもの本を抱えた奴が、右手をこちらに向けたと思えば、俺の下半身は吹き飛んでいた。


「随分嫌われちゃったなぁ。どうしたもんかね」


 悪魔がそんなことを言いながら背を向ける。

 ただ、俺には切り札があった。

 服の中に仕込んでいたスクロールを発動させ、完治した足で大地を蹴る。


任務ミッション……完了コンプリート!」


 それは俺の人生の中で最高の一撃だった。

 奴を切り裂いたとしても、“さん“同様直ぐに回復してしまうだろう。

 だから、俺のマチェットが切り裂いたのは、奴の力の源である怪しげな本。

 スクロールも、この部屋も、全てあの本があってこそのはずだ。

 確かな手ごたえを感じ、俺はほくそ笑みながら振り返り悪魔を見る。


「どうだ! 自分の作ったもので……なっ!?」


 しかし、そこで見たのは、八つ裂きにされた本ではなく──


 ──傷が癒えていく本だった。


 まるで、スクロールで回復したハンクの下半身のように、不気味な本が癒えていくのだ。


「あはは、流石に対策をしてないわけないじゃん。頭はいいほうかなと思ってたけど、色々と浅はかだったね。もう少し真面目に学んでいこうよ、そう、永遠を生きようよ。今日はとりあえず『<睡眠魔法おやすみ>』……」


 こんな大事な時なのに、異常な目蓋の重みを感じ、俺は意識を手放していった──




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「おはよう。気分はどうだい」


 最も聞きたくない声で起こされた俺は、状況の把握に努める。

 どうやら、俺達三人はさっきとは違う部屋ではりつけにされているようだ。


「糞野郎が……どうするつもりだ」


「まぁ、実験も兼ねてるけど、メインは罰ゲームってとこかな。色々考えたんだけどね、さっきアミダくじで二個選んできたんだ」


 そう言いながら、悪魔はいつもの不気味な本を拡げる。

 どういう原理か、その本の中から大量の黒い鳥が飛び出した。


「……アフラシアデビル?」


 バーバリーが疑問から声を上げる。

 黒い鳥はアフラシアデビルという名前の魔物だが、その危険度はFランク。

 屍肉に群がる嫌われものではあるが、俺たち相手に何ができるというのか。


「へへっ! 今さらそんな雑魚集めてどうするつもり──」


 ガーランドが馬鹿にするが


 ──ドシュ


 アフラシアデビルの一羽が、ガーランドの右目をつついたと思えば、そのくちばしには戦利品右目が咥えられていた。


「があぁぁぁぁぁああっ!」


 ──ドシュ、ドシュ


 他のアフラシアデビルも、ガーランドの体を啄みだす。


「がぁぁぁぁ! がっ! あがぁぁぁ!」


 信じられない光景だった。

 危険度Fのアフラシアデビルが屍肉を好むのは、咬合力──噛む力──が極端に弱いためだ。

 それが、鍛えぬかれたガーランドの肉体を、いとも簡単に食いちぎるなど、何が起こっているのだろうか。


「おっと! もう死んじゃいそうじゃん。シュマ、早く早く!」


 シュマ様は頷くと、魔法を発動させる。


『<魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカ>』


 すると、シュマ様の右手に大きな本が現れた。

 悪魔の物と違い、煌びやかな装飾が施された本は、どこか大きな教会に厳重に保管されているような、聖書に見えた。


『<回復魔法ヒール>』


 シュマ様が唱えると、ガーランドは緑の光りに包まれ、完治した。


「凄い! 私にも、アンリ様と同じように回復魔法が使えたわ!」


「おめでとう、シュマ。これから何回も試すことが出来るから、頑張って練習してね」


 悪魔は俺達に向き直ると、説明をする。


「これが一個目の罰ゲームさ。品種改良に成功したアフラシアデビルの実験台になってよ。中々筋力が上がったと思わない? 危険度はどのくらいか、後で感想を聞かせて?」


 悪魔は笑いながら言葉を続ける。


「ついでに、シュマの回復魔法の特訓も兼ねているから、依頼通りってことで君たちも納得してくれるかな? じゃ、3日ぐらいしたらまた来るから、よろしくね」


 そうして、悪魔は去っていき、俺たちの地獄が始まった。

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