29 任務遂行1 side:ハンク

 俺がリーダーを務めているパーティー、”竜の牙”は三人組のパーティーだ。

 冒険者ランクはCではあるが、こと争いにおいてはBランクの冒険者にも負けないと自負している。


 これまで、多くの修羅場を潜り抜けてきた。

 今回の任務も、これまでと同等、いや、それ以上に危険なものだと本能が警報を鳴らしている。

 しかし、リスクに見合うだけの充分なリターンが見込めるため、俺たちに迷いはなかった。


 加えて、今回の任務は俺の天使を救うことができるのだ。

 彼女は間違いなく俺に惚れるだろう。

 あんなことやこんなことも頼めばしてくれるかもしれない、腕が鳴る。

 訓練の時に、夜会いに行くことを天使に伝え了承を得たが、そのままベッドに誘われないか期待もしている。



 バーバリーとガーランドと共に、地下室に忍び込む。

 依頼のついでに盗みに入ることが常習である俺達にとって、特に警備もされていない部屋に入るのは簡単だった。

 そして、目的の部屋にやってきた俺達が見たのは──


 ──ゴォォォォォォォォォ──


 大きな音を立てる、大量のガラス瓶だった。


「は? なんだこりゃ? 作ってんのはスクロールじゃなくてジュースじゃねぇか。ハンク、見間違いだったんじゃねぇのか?」


 ガーランドの指摘は分かるが、俺は確かにこの部屋からスクロールを持ち運ぶメイドを見たのだ。


「……異様だ」


 バーバリーに倣い、俺も部屋の中を見回す。

 確かに、それは少し異様な光景だった。


 部屋には、50個程のガラス瓶が陳列していた。

 その一つ一つが割と大き目のサイズであり、俺が入れるぐらいの大きさだ。

 ガラス瓶の中を常にかき回しているのか、大き目の機械音が常に出ているが、部屋の外からは一切聞こえなかったのを考えると、音を遮断する魔法がかかっているのだろう。


「へへっ! トマトジュースの製造でもしてたのかこの家は?」


 ガーランドはそう笑い飛ばしているが、俺は少し嫌な予感がしていた。

 ふと手を見ると、手汗でびっしょりと濡れている。

 動悸が激しくなっており、心臓の音が自分で聞こえる。


「なんだぁ? こういうのって、普通”4”を抜くんじゃねぇのか?」


 ガーランドの目線の先に目を向ける。

 よく見ると、それぞれのガラス瓶には番号が振られていた。


 職業柄、俺達はよく宿に泊まる。

 俺達冒険者は常に危険と隣り合わせの存在だ。

 そのためだろう、宿の部屋番号には”死”を連想させる”4”の数字は使われないことがほとんどだ。


 しかし、この部屋のガラス瓶で抜けている数字は”3”だった。






 考えるな、引き返せ






 俺の本能がそう告げるが、俺はガラス瓶に近づき考える。


「確かに、なぜ”3”が抜けている……? いや、見てみろ。他の番号も抜けているぞ」


 よく見れば、”3”以外にも”13”や”40”など、所々抜けている数字があることが分かった。


「……謎だ」


 バーバリーの呟きを聞きながら、俺はふとガラス瓶にスイッチがあるのを見つけた。





 やめろ、引き返せ





 俺は、何となく、”1”と書かれているガラス瓶のスイッチを押してしまう。


 押してしまったのだ。



 ──ゴォォォォォォォォン……



 それはガラス瓶の機械を止めるスイッチだった。

 そして、先ほどまでジュースが入っていたガラス瓶の中身には、裸の男が入っていた。


「ぇ……?」







 なんでだろう







 裸の男は大柄で、体を折りたたんでガラス瓶に入っていた。

 そんな体勢ではあるが、丁度男の顔はこちらを見ていた。

 その目は生気を感じさせず、目は俺と合っているように思えるが、何も反応を示さない。


「あれ……? なんで……? モス……?」







 なんでだろう、涙が出るのは







 その男のことは、俺はよく知っていた。

 裸でガラス瓶の中に入れられている男の名前はモス。

 ”竜の牙”の魔法使いだ。

 素行の悪さが主な理由で、パーティーから追放したが、その後はどんどん悪事に染まっていき、奴隷に堕ちたと聞いていた。





 分からない


 なんで?

 ジュースはモスだった?


 分からない


 あれ? じゃあここのジュースは? みんなモス?




 急いで隣の”2”のスイッチを押す。


 ──ゴォォォォォォォォン……


 機械が止まると、そこには違う男が入っていた。

 その男はモス同様、生気を感じさせない目で俺を見ている。



 分からない

 なんで裸なんだ?

 モスは俺達のことを忘れたのか?

 なんで反応しない?


 この部屋はなんだ?



 このジュースはなんだ?



 答えを求め、バーバリーとガーランドを見るも、二人は無表情で口を閉じている。

 ここまで無表情になった二人を見るのは初めてだなと、少し変なことを思ってしまった。



 ジュースはモスだった

 なら、モスはジュースなのか?


 俺は、再び”1”と”2”のスイッチに手を伸ばす。


「やめろぉぉぉぉぉぉおお──」


 ──ゴォォォォォォォォォ──


 押す直前に誰かが叫んだ気がしたが、構わず押す。

 すると、ガラス瓶には最初の部屋同様、赤いジュースが入っていた。








 わからない、なんだこれ







 ──ひっく──ひっく──



 ふと誰かが泣いている声が聞こえた。

 誰かと思い後ろを振り返るが、他の二人は俺を見ており、泣いてはいない。



 ──ひっく──ひっく──



「ああああぁあぁ…ひっく、モスが……ひっく」








 ああ、なんだ

 泣いていたのは俺だ








 ギリッ、と強くハルバードを握ったガーランドが叫ぶ。


「どけハンク! ぉおおおおおお!」


 ───ガァァァンと大きな音がするも、ガラス瓶は無傷だった。


「おおおお! よくも、よくもぉぉぉ!」


 何度も何度も打ち付けるが、何も成果は上がらない。

 俺たちのなかで一番力のあるガーランドでも、このガラス瓶を破壊するのは難しそうだ。


 それをしばらく見ているうちに、段々と、段々とではあるが、頭の整理ができてきた。




 理解できてしまった。




「あの糞やろおおおぉぉぉぉ! 許せねぇぇぇぇぇ!」


「……悪魔めっ!」


「バァバリィィ! ガァァランドォ! あいつを殺すぞぉぉ! あいつは、あいつは絶対に許せない!」


 俺は泣きながら声を上げる。

 モスはお世辞にも善人とはいえなかった。

 だが、短い期間でも同じパーティーだった、仲間だった。

 こんなこと、こんなこと、絶対に許されない。







 そこに、今の俺達の心境とはまるで場違いな、落ち着いた柔らかな声がかかる。


「うふふ、どうしたのハンクさん? なにか悲しいことでもあったの?」


 いつの間にか、シュマ様が俺たちの後ろに立っていた。

 ガラス瓶がうるさいというのに、シュマ様の声はえらく綺麗に聞き取れた。


「しゅ、シュマ様……なんでここに?」


「あら? ハンクさんが会おうって言ったんじゃない。だから会いに来たの。それに、ここは私のお気に入りの場所なの。ほら、綺麗でしょう? 真っ赤なジュース」


「……綺麗?」


「美味しそうでしょう? でも飲めないの。飲もうと思って機械を止めると、ジュースが無くなっちゃうの。流石アンリ様の魔法だわ、すぐに回復しちゃうんだから」


 その会話で分かったことが一つある。

 これは、あの糞やろうの、あの悪魔の仕業らしい。


「シュマ様! この家からでましょう! こっちへ!」


 まずはシュマ様の安全が第一と思い、共に脱出を図る。

 だが──


「嫌だわ、私。なんて場所より、ここが好きだもの」


「いいから! シュマ! 早く!」


「嫌だわ。だって、じゃないもの。ハンクさんに任せることはできないわ」


「ここにいちゃいけない! アンリが来る前に! 悪魔が来る前に! 早く!」


 だが、時は既に遅かったのだ。


「あはは、悪魔って……雇用主に随分な言い草だね」



 一体いつ現れたのか。


 声に釣られて後ろを振り返ると






 悪魔アンリが笑いながらこっちを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る