27 竜の牙5

「うおりゃあぁぁぁ!」


 ──ガギィィィン!


 甲高い音が鳴る。

 お互いのハルバードを打ち付けた音だ。


 獲物を振るのは、片や大男であるのに対し、もう一人は小柄な少女だ。

 ただ、この少女の全身からはタトゥーが光っており、普通の人間ではないと一見して判断できる。


 異常があるのは見た目だけではない。

 少女が持つハルバードは、大男の物よりも一回り大きく──


「おおおぉぉぉ!?」


 ──大男が、単純に力負けしていた。

 男がバランスを崩したと見ると、少女が獲物を捨て男との距離をさらに詰める。


『<刀よ>』


 少女の右手の一部の輝きが増したかと思うと、その手には刃長が約1メートルほどと、かなり長めの刀が握られていた。


 ──ヒュッと音がしたと思えば、自身を支える両足を失ったことにより、大男が崩れ落ちる。


「……ふんっ!」


 少女の後ろから違う男が、少女の物より少し短めの刀で切りつける。

 しかし、後ろに目があるかのように、少女はそれを屈んで避けたと思えば、すぐに反撃にでる。


 躱し、反らし、時に刀を打ち付け軌道をずらす。

 刀の技術という点では互角かもしれない。

 しかし、少女の凡そ人間をやめたのかと思えるような、早く、獣のような異常な動き、魔法刻印の力により高められた反射速度の前に、男は防戦一方となる。


 ──どさ、と音がし、男が倒れる。


 第三者から見れば、何が起こったのか分からないだろう。

 しかし倒れた男の腸が出ていることから、腹を切られたのだと推理できる。


任務ミッション完了コンプリート


 少女の頭上から聞こえた声と同時に、二本のマチェットが少女を襲う。

 完全な死角から放たれた必殺の一撃。

 これを避けられたことなど、男の長い人生では一度も無かった。

 しかし──


 ──キィィィィィィィン!


 いつの間にか少女が握っていた二本のククリナイフによって、必殺の一撃は完璧に防がれていた。

 慌てながらも、男はすぐに距離をとる。


「ぐ…………ごぼっ!」


 防がれただけではない。

 男にはいつやられたのか分からなかったが、首元からは血が溢れていた。

 戦闘継続は難しい様子だが、少女は構わず近づいてくる。


「ごっ! まいっ! ギブギブッ!」


 ──ぐしゃ


 男の腹に少女の蹴りが直撃し、男は意識を失った。











『<回復魔法ヒール>』


 アンリの魔法により、ハンクは目が覚める。

 自身の無事を確認し、周りを見れば、バーバリーとガーランドも傷が完治しているようだ。


「ったく、もう俺らの手に負えねぇなぁ。へへっ! 先生が良かったのかね!」


「……笑止」


 あの二人は慣れてきたようだが、ハンクは未だこれに慣れなかった。


 七歳の子供が魔法を使える、というのもありえない事なのだが、その効力もハンクの理解の範疇を超えていた。

 生き返る、完治するといくら言われていても、常識で考えればそのまま死ぬのが普通なのだ。

 いっそ、あの二人のように思考を放棄したほうが楽なのかもしれない。


「シュマ! 凄いね! もう一人で勝てるじゃないか!」


「ありがとうございます、アンリ様」


「”竜の牙”に任せて正解だったよ。シュマ、三人の教えてくれることをよく聞くんだよ? 彼らは戦闘のプロだから、訓練場では任せておけば問題ないさ。それじゃ、僕達はタルウィに会いに行くけど、シュマは本当にいいの?」


「ん~弟に会うのはまた今度にします。私、もっと、早く、少しでも強くなりたいの」


 一週間前、アンリ達に、タルウィールという名前の弟が産まれた。

 金髪であり、唯一両親の面影を感じられる子なだけに、溺愛されているようだ。

 一方で、ドゥルジールの命令により、双子はタルウィとの接触を極力禁止されていた。


「そう? じゃぁ僕達でいってくるよ。シュマ、頑張ってね」


 そう言い残し、カスパールとジャヒーを連れて去っていくアンリを見ながらハンクは考える。

 確かに、シュマは才能の塊だ。

 加えて、怪しげな刻印によりその身体機能は大きく向上している。

 だが、それでも、それでも強くなりすぎている。

 もうすぐ八歳になる程度の小さな女の子に、”竜の牙”が一方的に屠られたなど、冒険者組合の誰が信じるだろうか。


(シュマ様……なんと不憫な……)


 ここまで強くなった一番の要因は、シュマの異常なまでの努力の成果だろう。

 そして、何が彼女にそこまでさせるのか、ハンクには心当たりがあった。


(あの悪魔め……っ! 許せん……っ!)


 恐怖が、シュマの原動力だと考えた。

 少し前に、”さん”が思ったより強くならないと判断したアンリは、改造すると言いだし”さん”を実験室に連れて行った。

 その時の”さん”の怯えた様子を見れば、普段何をされているのか想像するのは容易い。

 そして、その日のシュマはどこか上の空で、すこし鍛錬に身が入っていなかった。


(だが奴の未知の魔法に加えて、俺たちの前に姿を見せるときは常に”閃光”が待機している……悔しいが、俺たちでは討つことはできない……)


 ”竜の牙”は、この三か月ただ訓練に勤しんでいたわけではない。

 アンリ達の行動パターンを調べ、実験室の場所やスクロールの鍵となりそうな部屋の場所を突き止めていた。


(そろそろ行動を起こすか……)


 ハンクにシュマが声をかける。


「どうしたの? ハンクさん。もう少しだけ休憩する?」


 戦闘の時以外はデレデレしているハンクだが、この時は至って真面目な顔で質問する。


「シュマ様……君は、なんでそんなに頑張っているんだい?」


 ハンクの質問に、シュマは少しだけ考え答える。


「んー……それが私の存在意義だから? 私にはこれしかないから」


 少し哀れみが感じられる答えに、ハンクは痛そうな顔をし、続けて質問する。


「生き方を変えたいとは思わないのかい?」


「生き方を変えるのは、私の意思じゃないわ。私や世界の今後は、神様が決めることだもの」


 自分の言わんとすることが、あまり届いていないことにハンクは焦れる。

 そして、単刀直入に聞くために小声になり質問する。


「アンリをどう思っている……? 人として、兄としてどうなんだ?」


 この質問にシュマは少し声を荒げる。


「私は……私は、彼を人などと、ましてや兄などとは思っておりません!」


 初めてシュマの怒鳴る姿をみたハンクは驚き、そして満足したように頷く。


「分かった。君の意思は確認した。俺たちに任せてほしい」


「えぇ、お任せするわ。それが今の私の使命なのだから」


 戦闘訓練を再開するハンクの表情は、いつもの冷静に努めた表情ではなく、燃えたぎる決意に満ちていた。

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