26 竜の牙4

「ふんふ〜ん♪」


 実験室にて、鼻歌交じりで作業をしているアンリに、カスパールは話しかける。


「えらく上機嫌じゃな? なんぞ良いことでもあったのか?」


「やあ先生。いやね、いいモルモットが手に入ってね、現在絶賛実験中さ。この調子なら遺伝子レベルの改造にも着手できそうだよ」


 そう言うアンリの手元を見たカスパールは不思議そうにする。


「いいモルモットって、それがか……? そんなもの、この大陸ならどこにでもおるじゃろ」


 アンリがいいモルモットと呼んだものは鳥型の魔物だ。

 アフラシア大陸のどこにでもいる魔物であり、その危険性は極めて低い。

 しかし、その見た目と特徴から、多くの人から忌み嫌われている。


 全身が真っ黒の見た目は、アンリの前世にいたカラスによく似ている。

 赤く目を光らせるその鳥は、アフラシア大陸のみに生息することから、“アフラシアデビル“と呼ばれていた。

 アフラシアデビルは何でも食べるが、その中でも好む食事は腐肉・屍肉である。

 動物、魔物、人間の死体を貪る姿はまさに悪魔のようであり、アフラシアデビルが群れている場所すなわち不吉な場所として、好んで近付く者は少ないだろう。


「あはは、どこにでもいるっていうのが良いんだよ。いいモルモットの条件ってのはね、まず大量に手に入ることだよ。じゃないと試行回数を増やせないでしょ?」


 アフラシアデビルを欲しがる者などまずいない。

 なので、これまで需要の無かったアフラシアデビルは、冒険者組合に依頼を出すと、手頃な金額である程度の数を集めてもらえた。


 また、いくら弱いといっても、魔物であることにかわりない。

 魔力を帯びた魔石を保有しているので、魔法刻印の研究にも利用できる。

 アフラシアデビルのお陰で、既存の刻印の消費魔法量を抑えることに成功していた。


「ふむ……成る程のぅ。しかし、それはもう少し気性の荒い魔物であったはずじゃが」


 カスパールの疑問に、アンリはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに説明する。


「実は、これも新しい魔法でね。奴隷商が使用している主従契約をもとに作ってみたんだ。これなら、魔物相手でも奴隷に、そう、テイムすることが可能なんだ。今度、僕も先生みたいに飛竜を手懐けてみようかな」


「そんなこともできるのか……なんというか、テイマー形無しじゃな」


 そんな職があったのかとアンリは少し反応するが、カスパールは言葉を続ける。


「お主がその気になれば、人間でさえも一方的に奴隷にできそうじゃな……」


「あはは、流石にそんなことはしないよ。悪いことをした人じゃないと、僕にも多少罪悪感があるからね」


 必要なら別に善人相手でも何でもするけどね、と小言で呟くが──


(あぁ……やろうと思えば奴隷にできるんじゃな……)


 ──カスパールは少し引いてしまい、その言葉を聞き逃していた。


「そういえば、あの三馬鹿はあのままでよいのか? もうシュマの相手は荷が重そうじゃが……先ほど様子を見てきたが、シュマと“さん“のチームが余裕を持って勝っておったぞ」


「まだまだだよ。今は完全に魔法刻印のおかげだからね。“竜の牙“はあんなだけど、スキル自体は高いんでしょ? あの技術を盗めるだけ盗んで、身体強化無しでも、一人で“竜の牙“に勝てるのが理想かな」


「スパルタじゃのう……流石にそれは八歳の子供には酷じゃろうに……いや、あの娘なら勝つまでやるんじゃろうなぁ」


 シュマの戦闘訓練が行われてから、二ヶ月が過ぎようとしていた。

 当初は一ヶ月の依頼だったが、想定よりも“竜の牙“から学ぶものが多かったこと、シュマの異常なまでの訓練への前向きな姿勢、ハンクの強い希望等により、無期限で延長となっている。

 WIN─WINの関係というやつだ。

 依頼料はその分増えてしまうが、あんなになにかに熱中するシュマを見ていると、そんなことどうでも良くなってしまう。


「お主は妹には甘い……のかキツいのかよく分からんが、とにかく重要視しておるのだな」


「先生のことも好きだし重要だよ。それに……シュマの教育は僕のためでもあるんだよね」


「魔法刻印の洗練化だったか?」


「それもあるけどね。シュマには魔法のアヴェスターグ模造本・レプリカを渡してあるんだ。シュマの経験は魔法の原典アヴェスターグを通して僕にも蓄積されていく。自ずと僕の戦闘訓練にもなってるってわけさ」


「はぁ……お節介かもしれんがの、自身の経験じゃないと、いざ実戦になったら使い物になるか分からんぞ?」


「先生に心配してもらえるのは嬉しいけど、大丈夫大丈夫。双子だから波長があうのかな? イケてる気がするんだ。勿論実戦は大事だろうけど忙しいし……そうだ、先生となら模擬戦闘でもしてもいいかな?」


「断る。勝ったらなんでも言うことを聞け、じゃろ? お主のなんでもは怖すぎてな……」


 最近何度かしてくるアンリの提案に、カスパールは拒否反応を示す。

 一定のダメージを与えると勝敗が決する、所謂”学院ルール”では、カスパールはまだまだ負けるとは思っていない。

 しかし、負けた時に何を要求されるのかを想像すると、そのような賭けに乗るほどカスパールは冒険者では無かった。


(言質を取られて奴隷にされてもたまらんしのぅ。時々視線を感じるし、やはりわしでも実験をしたいのか? ……深淵もわしを覗いておるということか……)


 カスパールは自身の身が心配になるが、魔法の深淵を覗きたいという欲求が勝り、アンリの先生という立場に納まるのであった。

 当のアンリは──


(軽くあしらわれた……なかなかガードが堅いな。まぁ、まだ七歳だからやれることは限られてるけど)


 ──”竜の牙”と同じレベルのクズであった。

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