25 竜の牙3

 その日から、シュマの近接戦闘特訓が始まったが、小さな問題が生じた。


「なぁ嬢ちゃん! あんなでかい斧を軽々持ってたんだ、勿論獲物はハルバードにするだろう?」


「……ふん、刀こそ最良にして最強。」


「いやいやいや! シュマ様! 二刀流とか憧れますよね!? 俺が手取り足取り教えますよ!?」


 誰がメインで教えるかで揉めたのだ。

 しかし、結局全てをシュマは学ぶことにした。


「シュマは"さん"より頑丈だからね。休みなしで特訓すれば全部身に付くんじゃない?」


 このアンリの言葉を聞いた"竜の牙"の顔はひきつっていた。


 今日の訓練を終え、ドゥルジールと緊張しながら夕食をとり、用意された部屋に戻っている三人に、アンリが声をかける。


「約束通り、お酒を用意したよ。だから、今日は『周りを気にせず、本心で語り合いな』よ」


「え? 今なんて?」


 何を言われたのか聞き逃したハンクに、アンリはもう一度声をかける。


「明日の訓練は昼からにするから、今日は三人で飲み明かしていいよ」


 雇用主からの大盤振る舞いに、三人は手を上げて喜ぶのであった。






「いやーうめぇ! 最高の待遇だな! 上手い飯、上手い酒、綺麗なメイド!」


 ガーランドは大声で喜んでいる。


「お前はあの手のタイプがホント好きだな…。頼むから、今回は問題を起こすなよ。あの時は簡単に無かったことにできたが、流石にここでは難しいぞ……」


 以前、酒場の給仕の女性に、過度なセクハラを行った前科を持つガーランドは、ハンクから注意を受ける。


「はっ! あんなのスキンシップの一環だぜ。……しかし、文句を言える娘だとは思わなかったがな!」


「……スキンシップでは相手の服は破れないと思うが」


 バーバリーからの苦言にも、ガーランドは堪える様子はない。


「へへっ! 今日のメイドを見たか? あいつは何をしても、表沙汰にできないタイプの人間だから大丈夫だ。俺には分かる」


 根拠のないガーランドの自信に、どうしたものかとハンクが呆れているなか、バーバリーが話題を変える。


「……”閃光”……欲しいな」


「確かに。冒険者を引退して随分経つが、ダークエルフの彼女ならまだまだ現役だろうな」


「へへっ! とか言いつつ、お前はあの体が欲しいんだろ!?」


 ガーランドからの指摘に、バーバリーは目をそらす。


「……しかし、にべも無く断られた……」


「ばっか断られたわけじゃねぇだろ? あいつ自身が言ってたじゃねぇか、優秀だと証明してみせろと。だからな、いくら強ぇ魔法使いだろうが、詠唱する前に三人で不意打ちしたらまず勝てるだろ? そしたら俺たちのほうが強ぇことを証明できるし、その後いくらでも楽しめるじゃねぇか」


「……悪くない」


「依頼が終わる頃に試してみるか……」


 一般的に見れば最低な試みではあるが、魔法使いを入手し、己達の欲望を満たせるこの選択肢は、全員に肯定された。


「それで? 嬢ちゃんはどうだった?」


 ガーランドからの質問にハンクは満面の笑みで答える。


「最高だ。性格は少し変わってそうだが、あんなに美しい子は始めてだ」


「…………少し……ね」


「そら将来は美人になるとは思うが、まだ未完成だろうに」


 ガーランドの意見にハンクはムッとする。


「何を言う、未完成だから美しいんだろ。いや、むしろ今が完成品だ。しかし……あの悪魔によって歪められている」


 ハンクの最後の一言に三人は真剣な顔になる。


「……やつは、なんだ?」


「ただのガキじゃねえよな……かなりヤバい糞ガキだ。最初に会ったときにゾワッときたぜ。あの感覚はサラマンダー以来だ」


「この家はどうやら闇が深そうだな。あの奴隷を見たか? そして、あの、シュマ様の全身に刻まれた刻印を見たか?」


 二人が首を縦に振り、続きを促す。


「あれだけの量の傷跡を、あんな無垢な少女の全身に刻むなんて……正気の沙汰じゃない。痛かっただろう、辛かっただろう。でも恐らくあの兄、いや、悪魔には逆らえないんだろう。……あれでは、いくらなんでもシュマ様が可哀想だ」


 訴えるハンクの目には涙が溢れていた。


「……黒髪は悪魔の子」


「そういや二人の親は金髪だったが、二人の髪の色は違うのはなんでだ?」


「シュマ様は悪魔からの仕打ちのストレスで髪が白くなってしまったのだろう……。恐らく、シュマ様があの奴隷を指名したのは、俺たちのへのメッセージだ。その後の自身の力と傷跡を見せたのも、あの悪魔の異常性を訴えたかったんだろう」


「……なるほど……」


「あの嬢ちゃんを拐う、いや、助けるか?」


「まずは様子見だが、俺はそうしたい。そしてこれは俺たちにメリットのある話でもある」


 メリットという話になると、二人はニヤリと口角を上げる。


「……スクロールだな?」


「あぁ、その通りだ。シュマ様の体にあった光る傷跡。スクロールに描かれていた模様と似ていないか?」


「あぁ! 俺もそう思ったんだ! どっかで見たことあるような模様だなって!」


「ザラシュトラ家が……スクロールの生産に関与している?」


 アフラシア王国で広く普及されているスクロールだが、その原理や生産者については明らかではなかった。

 販売している商人に聞いても、別の商人から買ったと言われ、元を辿っていこうにもどこかで元の商人に戻ってしまうのだ。

 誰かが嘘を付いているのは明らかだが、まさか全ての商人を拷問するわけにもいかず、販売から数年経った今でも、スクロールの生産者は謎に包まれている。


「俺はその可能性は極めて高いと見ている。スクロールの情報だが、一体いくらで売れると思う?」


 バーバリーとガーランドは喉をゴクリと鳴らす。

 聖教会がスクロールの分析のために大金を叩いているというのは有名な話だ。

 そして、聖教会なら重大なスクロールの情報を手土産にすれば、大金の支払いを見込めるだろう。

 ザラシュトラ家とトラブルになっても、聖教会の庇護があれば、迂闊に手を出せないはずだ。

 それ程までに、聖教会とは規模が大きく、面倒くさい集団なのだ。


「理想はスクロールの作り方が見つかればいいが、最悪シュマ様の体だけでも十分な報酬が期待できるはずだ。……そして可能であれば、傷跡自体も失くせるかもしれん」


「へへっ! 流石ハンクだ! そこまで考えていたなんて!」


「……方向性は決まったな」


「シュマ様自身の意見も聞いておきたい。当分は、気取られないよう自然体で過ごしてくれ」


「よしっ! 今日は前祝いだな! せっかく上手い酒があるんだ! パァーっとやろうぜ!」


 こうして、"竜の牙"の夜は更けていく。

 酒のお代わりを誰がいつ用意したのか気付かぬまま、三人は酒を飲み明かすのだった。

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