24 竜の牙2
「初めまして。アーリマン・ザラシュトラといいます。気軽にアンリって呼んで………………ん?」
カスパールの協力のもと、魔法によって拡げられた地下室の一室で、初対面の挨拶をしたアンリは困惑していた。
それは、依頼をした冒険者の様子がおかしかったからだ。
「天使だ……」
「いい……」
「………エロい……」
アンリに伴って挨拶の場にいるシュマ、ジャヒー、カスパールを見た三人組の男は、見事に全員鼻の下が伸びていた。
(おいおい……大丈夫かこいつら? 近接戦闘だけだったらAランクにも手が届くって話だったけど……人として駄目なんじゃないか?)
アンリの不安が伝わったのか、我に返ったリーダーの男が慌てて挨拶を返す。
「あ! こ、これは失礼をした!ました! 俺、いや、私はハンクといいます!」
唯一敬語が使えるハンクも、動揺のためこの有り様である。
「敬語はいいよ、父上と母上に会うときだけ気を付けてもらえたら。僕たちだけの時は、そこら辺にいる七歳のガキと思って接してよ」
「はは……いや、ありがたい。申し訳ないが甘えさせてもらうよ。それで、ドゥルジール様は?」
「今回の依頼にあたって、父上の承認は頂いたけど、責任者は僕になるんだ。だから、今晩の夕食は一緒になるかもしれないけど、基本的には会うことはないよ」
少し残念そうな顔を見せたハンクだが、隣の二人の自己紹介をする。
「では改めて。俺が“竜の牙“を率いているリーダーのハンクだ。右のこいつがバーバリー、左がガーランド。全員がCランク冒険者だが、近接戦闘専門だ。依頼通りだろ?」
冒険者ランクはアンリの想定より低かったが、それよりもアンリは別のことに衝撃をうける。
(ハンク、バーバリー、ガーランド……略してハンバーガーじゃないか!)
細身であるハンクとは対照的に、バーバリーとガーランドはとても大柄だ。
アンリの中では、話をしているハンクが、バンズに挟まれたパティにしか見えなくなっていた。
(こいつら本当に強いのか……? Cランクって“いち“と同等レベルってことだよな? まぁ、”いち”ははったりだった気もするけど)
シュマ達が自己紹介をしている間、終始でれでれしている“竜の牙“を不安に思い、ある提案をする。
「まずは三人の実力を見せてくれない? 僕の奴隷と戦ってもらって、10分間耐えることができたなら、今日の夜は上等なお酒を用意するよ?」
酒と女が何より好きな三人はピクリと反応し、二つ返事で引き受ける。
「じゃあジャヒー、誰にしようかな……うん、“よんじゅう“を連れてきてくれない? もうここで始めちゃおう」
「アンリ様。私、“さん“に頑張ってほしいわ。“さん“は最近特に頑張っているもの、いいでしょう?」
「はは、分かったよシュマ。“さん“が随分お気に入りなんだね」
ジャヒーがその場から居なくなったことに、ガーランドは落胆するが、すぐに三人は準備運動を始める。
ハンクは周りを見渡す。
(地下室とはいえ中々広いな……天井にさえ気を付ければ、普段と同じようには戦えそうだ。それにしても、俺の天使のお気に入りか……天使には悪いが、俺の強さを見せつけてやるか……そしたら、次は俺がお気に入りに……っ!)
ハンクがそんな呑気なことを考えていると、なにか重い物を引き摺る音が近づいてきている。
──ズズズ──ズズ──
そして、音の正体が姿を表した時、ハンク達は絶句し硬直する。
音の正体は、全長二メートルを優に超えた大きな斧を引き摺ってきた音だった。
だが、問題はそこではなく、斧を引き摺ってきた者にあった。
そこにいたのは、目を糸で、口を幾つもの南京錠で直接縫い付けられた異形の何かだった。
いや、何かではない。
それは間違いなく人間の姿をしている。
恐らく………あれが、彼が、双子がいう奴隷の“さん“なのだろう。
「“さん“、命令だ。目の前の冒険者三人を相手に戦え。ただし、10分たったら戦闘停止だ」
「頑張ってね、“さん“。一生懸命頑張ったらご褒美をあげるわ。結果を伴わなくても、ちゃんと愛してあげるから寂しくないわよ」
「ヴヴ──」
(あれは……なんだ? 人間か? 魔物じゃないのか?)
ハンクは混乱する。
そもそも、魔物の定義とは「魔石を体内に宿している」ということだ。
魔石とは名前の通り魔力を宿した石になり、魔物の動力源のようなものである。
高度な魔物になると、人間が詠唱により世界の核から魔法を引き出しているのに対し、魔物は魔石を核とし魔法を行使することもできる。
定義とは少しずれるが、自身に刻まれた魔法刻印でパッシブ的な魔法を発動しているシュマのほうが、”さん”より随分と魔物に近いのだが、この時のハンクには知る由もない。
「ヴ───ヴヴぅヴ!!」
命令を受けた“さん“は、引き摺ってきた斧を振りかぶり“竜の牙“に突進する。
「散れ! 余計なことを考えるな! 集中しろ!」
とっさにハンクは二人に指示し、戦闘態勢にはいる。
ぶぅん、ぶぅんと、明らかに重い斧を簡単に振り回す”さん”の攻撃は、普通の人間である”竜の牙”の三人にとって脅威だった。
直撃はおろか、体の一部が掠っただけでもそのまま持っていかれそうな暴風を前に、ハンクは懐に入るのを躊躇する。
「おらぁぁぁ! 任せろぉぉぉ!」
────ガギィ! 甲高い音が出て、”さん”の動きが一瞬止まる。
”さん”が持っている斧より一回りは小さいが、大きなハルバードを持ったガーランドが力一杯打ち付けたのだ。
そして、その瞬間を長年パーティーを組んできた者が見逃すわけがない。
「…………ふっ!」
────ヒュッ──と風を切る音がしたかと思えば、いつの間にか獲物を抜いていたバーバリーが”さん”の右腕に斬撃を入れていた。
バーバリーの獲物、それは扱いこそ難しいものの、その切れ味は随一と呼ばれる刀であった。
「これで……
ハンクは”さん”に一瞬で近づき、その両手に持った二刀のマチェットで、”さん”の胸を十字に切る。
三人の一連の動きは数秒の間に行われ、その流れるような攻撃はアンリを驚かせた。
三人それぞれが”竜の牙”の名前に恥じない攻撃力をもっており、三位一体のその動きは竜の
(凄い! 強い! かっこいい!)
アンリの中で”竜の牙”の評価を上げている中、ハンクは構えを解き、ふと”さん”を見る。
そこには────
────斧を今にもハンクに向かって振り下ろそうとしている”さん”の姿があった。
「────っ!!」
───ゴォォォン!
間一髪というところで避け、冷や汗で濡れているハンクにガーランドが叫ぶ。
「ハンク! とちったか!?」
「いや! 手ごたえはあった! 見ろ!」
”さん”を見ると、ハンクが付けた十字の傷も、バーバリーが付けた腕の傷も無くなっていた。
「………一体……」
バーバリーとガーランドが困惑している中、ハンクが叫ぶ
「奴を魔物と想定しろ! 傷が一瞬で癒える魔物だ! 任務達成条件は討伐じゃない! 10分耐えるぞ!」
戦闘が少し経過すると、”さん”の戦闘能力自体は大したことがないと判明した。
斧を振り回す様があまりにも手慣れており、戦闘経験が多いのかと最初はおもったが、何か違うのだ。
例えるなら、ただひたすらに素振りのみをしてきた剣士のような感じがあった。
斧の振り自体は恐ろしいが、それを当てる技術も無ければ、工夫することも考えることも放棄しているように思えた。
しかし、色々と試しはしたが、こちらの攻撃では一切傷がつかないのに、相手の攻撃が当たれば即終了というのは、精神的にきついものがあった。
”竜の牙”にとって長くも短くも感じた10分は、終わりを迎えた。
「はい、10分経ったよ! 終了~!」
アンリの言葉で、”さん”の動きはピタリと止まる。
傷の一つも負わなかったものの、”竜の牙”の三名には疲れの色が見てとれた。
「ヴヴ…………」
“さん“がシュマに近づき、何かを訴えている様子だ。
それを、シュマはとびきりの笑顔で迎える。
「あぁ……残念だったわね、何も良いとこが無かったわ。でも、大丈夫。できない子ほど、可愛いもの。大丈夫、ちゃんと愛してあげるわ」
シュマが“さん“を慰めている姿を見ながら、ハンクは考える。
(あれは一体なんなんだ……? まぁ俺の天使のお気に入りだし深く考えるのはまたに………え?)
突如、シュマの全身から刻印が浮き彫りになり光り出す。
そして、シュマは“さん“が持っていた斧を掴むと片手で振りかぶる。
「………………は?」
子供が持てるはずの無い重さの斧を、シュマが片手で持ち上げていることを理解できず、ついそんな声が漏れてしまった。
そして──
──ぐしゃり
“さん“は両断された。
しかし、戦闘の時と同じように、その傷は癒えていく。
──ぐしゃり、ぐしゃり
それでも、何度も何度もシュマは斧を振り下ろす。
「ふふ、大丈夫、大丈夫よ。できない子でも、私は大丈夫、見捨てないわ。だから頑張りましょう、”さん”。永遠を生きましょう」
斧が顔に直撃し、“さん“の口を縫っていた南京錠が外れる。
口を開く事が許された“さん“は涙を流しながら訴える。
「……たす、たすけて……たすけ──」
「“さん“、黙れ」
しかし、主からは口を開くことを許されなかった。
「いや、三人とも凄く強いね。"さん"が手も足もでなかったよ。Cランク冒険者ってみんなそんなに強いの?」
アンリからの質問に、戸惑いながらもリーダーのハンクが答える。
「い、いや……俺たちは少し特殊だ。実力はBに届いていると思うんだが……実力が全てじゃない。近接専門の三人だから、対応できる依頼の種類も少ないしな」
「なら、魔法使いをパーティーに勧誘したら?」
「あぁ、勿論いい魔法使いがいたらそうしたいさ」
そう言いながら、"竜の牙"の三人はカスパールに熱い視線を送る。
それに気づいたカスパールは、溜め息をはきながら視線をいなす。
「わしが欲しければ、それ相応の実力を示すべきじゃ。万が一お主らがアンリより優秀だと証明できれば、喜んでわしも牙になろうぞ」
「おや、先生に評価してもらってたなんて嬉しいね。でも、"竜の牙"の実力があれば魔法使いの加入希望なんてそれなりにあるんじゃないの?」
アンリの言葉にハンクは困ったように答える。
「いや、実は"竜の牙"には昔魔法使いがいたんだ。俺たちも人のことは言えないが、そいつは特に素行が悪く有名でね。かといって魔法使いとして優秀でもなかった……。そいつのせいかな……“竜の牙の魔法使い"に成りたがる人はなかなかいないんだよ」
ハンクの少し悲しそうな雰囲気を察したアンリは、この話題を終えるのだった。
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