23 竜の牙1

 双子が七歳を迎えたころには、シュマの魔法刻印は全身に施されていた。

 シュマのたゆまぬ努力により、今では刻印の制御もほぼ出来ており、日常生活の中では体中が光り出すということは滅多にない。


 しかし、アンリにとって不可解なことがあった。


 シュマに対しての魔法刻印は、身体強化以外にも回復魔法や反応速度向上など、今後役に立つであろう刻印はほぼ全て施しても問題はなかった。

 しかし、これは今にして思えば異常なことだった。


 最近、奴隷商のムクタフィから連絡があり、処刑される予定の貴族と直接隷属契約を結び、その奴隷──通称”よんじゅう”──に対して魔法刻印を施してみた。

 しかし、回復魔法の魔法刻印を刻むと、全ての肉体異常、魔法刻印自体も癒そうとしてしまい、結果刻印に不備がでてしまうのだ。


 シュマに施している回復魔法の刻印は、効力は少し落としているとはいえ、魔法刻印だけは癒さない。

 この違いは一体なんだろうかとアンリは考えるが、結局分からず仕舞いだった。


(まぁいいか、他の奴隷は使い捨てにしても、シュマだけが回復できるという状況を喜ぼう)



 そして、折角の最高傑作となりつつあるシュマに対して、アンリは更なる英才教育を施したい衝動に駆られる。しかし──


「──え? 先生じゃダメなの?」


 カスパールからシュマに近接戦闘の技術を教えてもらおうと思ったが、本人から拒否された。


「うむ。わしが教えることができる身体強化の極意は既にお主らに伝えておるじゃろ? シュマはお主より筋がいいぞ……。いや、そうじゃなくじゃな、わしの戦闘技術など、魔法に物をいわせた拙いものよ。”閃光”といわれようが、所詮は魔法使いということじゃ」


 聞けば、シュマの将来を考えると、基礎が出来上がるうちに近接戦闘が得意な者に教えてもらったほうがいいとのことだ。


「決して、お主の研究を隣で見たいとか、二日酔いを気にせず酒を飲みたいとか、そんな理由じゃないんじゃぞ」


(わざわざ補足するあたり怪しいけど……まぁ、先生と一緒にいる時間が減るのは俺も寂しいし、別にいいか)


 こうして、アンリは冒険者組合へ近接戦闘指導の依頼を出すことになったのであった。




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「ちきしょう!」


 ──どんっと大きな音がした方向を、酒場で飲んでいた者たちが注目する。

 そこには、男三人が飲んでおり、その机が割れていることから、大声を出した男が机を強く打ったのだと判断できた。

 しかし、その者たちを咎める者は誰もいない。

 それは、男三人組がある程度には名の知れた冒険者であり、自分たちがあの机のようになるのを避けたからだ。


 彼らの名前は、ハンク、バーバリー、ガーランド、三人合わせてハンバーガー……ではなく、”竜の牙”というCランクパーティーだ。


「何だよ! 実力がありゃいいじゃねぇか!」


 彼らは今回、Bランクへの昇格試験を受けたが、落ちてしまった。

 そのため、今回は反省会という名目で酒をあおっている。


「落ち着けガーランド……だが俺も同意見だ」


 荒れているガーランドを、口数の少ないバーバリーが嗜める。

 昇格試験での他のパーティーとの模擬戦闘には手応えがあった。

 計五組のパーティーが試験に参加していたが、一番戦闘能力が高いのは“竜の牙“だと三人は思っており、周りから見てもそうだっただろう。


 しかし、結果は不合格。

 しかも、唯一合格したパーティーには、竜の牙は模擬戦闘で直接闘い勝利している。

 これではバーバリーとガーランドが納得できず、深酒してしまうのも無理はないものだ。

 二人は同意を求め、リーダーであるハンクを見る。

 ハンクは冷静に努め、二人に説明する。


「試験は強さが全てじゃない。………筆記試験は俺たちは最下位だったらしい。それに、試験に通った“高貴なるふくろう “は、実力こそあんなだが、貴族の護衛任務を数回達成しており、後ろ楯もあったようだ……」


「けっ! あんな弱っちいやつらがBランクとはよ!」


 それでも、ガーランドは納得できず、声を上げる。

 それを予想していたかのように、ハンクから二人に提案する。


「俺も納得はできんが、それより俺たちの今後のことを考えよう。実はこんな依頼を見つけてきたんだ」


 ハンクが説明した依頼内容とは、要は貴族に対しての戦闘指導だ。

 貴族とは思わず、どんな怪我をさせても何も問題ないとは書いてあるが、それを鵜呑みにする者は誰もいない。

 バーバリーとガーランドも、普段の荒くれ専門の依頼とは違い、少し怪訝な様子だ。


「なんだってそんな依頼が組合に? そんなの、お貴族様の家庭教師でも雇えばいいじゃねぇか」


 ガーランドの疑問ももっともだ。

 あまり乗り気ではない二人に、ハンクは説明する。


「まぁ待て。この依頼にはパッと思い付く限りでも三つ程メリットがある」


 ハンクは不敵に笑う。


「まずこの依頼を完璧にこなし、貴族との繋がりを作る。うまくいけば、“高貴なる梟“のように、後ろ楯になってもらえるかもしれん」


「……依頼元の貴族とは……?」


 バーバリーは怪訝な顔を崩さないが、少し興味を持ったようだ。


「聞いたことぐらいはあるだろう? ザラシュトラ家だ」


 ハンクの回答に、ガーランドは無反応だが、バーバリーの顔は少し曇る。


「俺でも聞いたことはある名前ってことは大物だよな?」


「大物……かどうかはともかく、有名ではあるな。確か執行人だったか」


 ザラシュトラ家、その役割を知っているものは、そこにあまり良い印象を持たないかもしれない。

 「アフラシア王国に仇す者を誅する」という名目で、王家は三つの家系に、相手に暴力をふるっても───時に命を奪っても───罪に問わない執行権を与えていた。

 ただ、王国に仇なすという定義はひどく曖昧であるのにも拘わらず、各々の裁量で執行し、王家の承認は遡及となっても大きな問題とはならない。

 そのため、いつの間にやら執行人と呼ばれだした御三家は、周りから少し距離を置かれている。


 王家から権限が与えられている、と言えば身分が非常に高いと一見思われがちだが、現実はそうではない。

 時に王命にて冤罪かどうかも分からぬ者を処罰する御三家は、様々な所から恨みを買っている。

 要は、なのだ。


 そして、その三家にザラシュトラ家も入っている。

 アンリが好きになれないザラシュトラの家紋である一つ目には、「お前を見ているぞ」のメッセージが込められているのだ。


「……リスクは、高いが…………」


「へへっ! まぁお貴族様相手にするんなら、どこでも一緒じゃねぇか!」


「……もう一つのメリットは?」


 バーバリーからの追求に、ハンクは二個目のメリットを提示する。


「実はな、信頼できる情報屋から仕入れた情報なんだが……今ザラシュトラ家に、”閃光のカスパール”が滞在しているらしい。理由は分からんが、まぁ食客だろうな」


 この情報に、二人は驚く。


「まじか! 大物も大物じゃねぇか!」


「……その情報……確かなんだろうな? しかし何十年も姿を消していた”閃光”が今頃になってなぜ……」


 期待通りの反応にハンクは上機嫌になり、酒を煽り言葉を続ける。


「情報は確かだ。それでな、俺たちに足りないもの……それはずばり、魔法使いなんじゃないか? もし”閃光”を”竜の牙”に勧誘できたら、これまで避けていた魔法必須の依頼もこなせる。後ろ盾が無くても次の昇格試験は合格できるぞ!」


「………Bランクどころじゃない……。Sランクまで見えてくる…………」


「へへっ! 流石だぜハンク、こりゃ決まりだな!」


 二人が納得したことを見てハンクは安心する。


「それでな、実はすでに依頼を引き受けて来たんだ。明日の昼にはザラシュトラ家へ向かうぞ」


 ハンクの言葉にバーバリーが少し不思議に思う。


「……えらく急いでいるな。いつもなら俺たちに少しぐらいは相談するが…………まてハンク、メリットは三つと言っていたな? 最後の一つはなんだ?」


 バーバリーの追求にハンクは少し慌てて早口になる。


「ま、まぁいいじゃないか。善は急げというだろ? 明日もあるんだ、そろそろお開きにするか」


「……ハンク、戦闘指導と言っていたな……俺たちは誰に教えるんだ?」


 バーバリーからの追求に、ハンクは観念する。


「……ザラシュトラ家のご令嬢の……アエーシュマ・ザラシュトラ様だ」


「……年齢は?」


「……今年で八歳になると聞いている」


「……ハンク……」


「……ハンク……お前……」


 ハンクは自他共に認めるロリコンであった。

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