22 魔法刻印3
「ぐぅぅ………っ! いっっ、ぐぅっ!」
実験室から聞こえてくるのは、小さな女の子の悲鳴だ。
タトゥーマシンなどないこの世界では、魔法を刻印するのは手彫りでの作業となる。
その為、作業スピードは遅くなり、その痛みは六歳の女の子が耐えるには過分だった。
「ぐっ……あぁ! くぁっ、あぁぁ!」
シュマの苦しそうな悲鳴を聞き、アンリも顔を歪ませるが、作業はとても慎重に行われた。
なにせ、これまでの実験と違って、対象は自分の可愛い妹である。
検証に検証を重ね、命に問題は無いと確証を得つつも、やはりイレギュラーを恐れていた。
「んくっ………がぁっ! なっ………いっつぅ………あぐっっ!」
今回刻む魔法刻印は、背中に五平方センチメートル程の小さな刻印だ。
シュマの魔力が完全に底を尽きないよう、十分に安全マージンをとっての大きさだった。
しかし、それでも作業時間は三十分程に渡っていた。
「んっ………はぁっ、はぁっ、ぁ………がっ!」
シュマの全身からは汗が大量に流れているが、その目は力強く明日を見据えている。
そんなシュマであっても、手彫りの作業の後工程である、傷跡に対しての魔法の流し込み作業が始まると、その痛みから顔を大きく歪ませる。
「ひぎっっっ!? いぁっ、いっっ、がっ!」
「頑張れ、シュマ! これが最後の作業だ! もう少し! もう少しだよ!」
アンリからのエールが聞こえ、シュマは涙を流しながら首を縦に振り続ける。
魔法の流し込み作業は、まさに傷口に塩を練りこむが如く、シュマの脳に痛みを訴え続けるものであった。
「あぐっっ! あぁっ!? あぅっ! 痛いぃ! 痛いぃぃぃぃぃ!」
シュマが泣き叫ぶが、魔法の流し込みを終えたアンリには、今更どうすることもできず、見守るのみであった。
そして、魔力がシュマの体に馴染むまで、その痛みは終わらない。
「シュマ! 後は痛みが引くのを待つだけだ! 僕の魔力に馴染むまでの辛抱だ! 双子だから、そこまで時間はかからないと思う、多分! もう少しだよ! 頑張れ!」
「ふぅくぅぅぅぅ……これが……アンリ様の……魔力……あぁっ! ひぐっ! はぁぁぁぁ!」
アンリにとって、長く長く感じられた時間は過ぎていった。
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シュマの魔力量が完全に空にならないよう、問題が生じないか様子を見ながらになるため、刻印を刻む作業は十回程に別けられた。
今では背中の半分ぐらいに魔法刻印を施すことができており、身体強化魔法も問題なく使えているので、アンリの実験は成功といえる。
シュマの背中を見ながら、カスパールは感嘆する。
「素晴らしい……これはまさしく魔法の歴史が動いた瞬間じゃろうて! 六歳の娘に強制的に身体強化魔法を使わせておる! 更に、娘自身の魔力を使っておるから、十歳を待たずして娘の魔力量増加も見込める……っ!」
なかなか見ることのできないカスパールの興奮した姿を見て、アンリは上機嫌になる。
「でしょ? やっぱり僕の術式には何も問題が無かった。シュマの魔力量の増加のためにも、時期を見てどんどん刻印を増やしていこう」
アンリの嬉しそうな姿を見て、ジャヒーも顔を綻ばせる。
「アンリ様、実験の成功おめでとうございます。シュマ様は特に体調に変化はないのですか?」
シュマの顔色を見ると、お世辞にも調子が良いとは言えないが、それでも笑顔で答える。
「ええ、なんにも問題ないわ。アンリ様のお役に立つことができて、本当に嬉しいの……」
「カッハッハ! そう無理をするな! 強制的に常時魔法を使わされておるのじゃ。お主の魔力残量から考えるに、控えめにいって最悪の気分じゃろうて」
魔力が無くなってくると、まずは車酔いのような気持ちの悪さ、そして頭痛や吐き気が症状として現れ、意識を失い、最終的には死に至る。
シュマの魔力量が分かるカスパールからしてみては、まだ意識を失っていないのが不思議だった。
「それで……娘の見た目はずっとこのままか?」
カスパールの質問にアンリは少し考えてから答える。
「今は初めての魔法だから、暴走しているようなものかな」
シュマの背中の魔法刻印はずっと光り輝いていた。
それは、使用制限のないスクロールをずっと開いているようだ。
「時間がたって、シュマが身体強化の魔法を自在に操れる様になれば、普段の見た目には魔法刻印があると分からないはずだよ。僕の大事な妹の柔肌だよ? ちゃんと考えてるに決まってるでしょ。……まぁ、多めに魔力を使えば今と同じように光るけど、それはそれで綺麗なんじゃない?」
はぁ、とため息をつきカスパールは言う。
「そっちじゃないわ。わしが言っておるのは、髪のほうじゃ」
シュマの見た目にはもう一つ変化があった。
元々鮮やかな金色だった髪の毛は、魔法刻印が完成した時に、真っ白になってしまったのだ。
「いや〜これが理由が全く分からないんだよね。痛みのストレス……? 魔力が継続的に枯渇状態にあるから?」
カスパールのような鮮やかな銀色ではなく、今のシュマの生気を感じさせない真っ白な髪は、見る人が見れば不気味と思うかもしれない。
それでも───
「───まぁいいじゃないか。僕はその髪の色は好きだよ」
アンリの言葉を、シュマはとても嬉しそうに肯定する。
「ええ、私も。今の髪の色をとても気に入っているのです」
「まぁ、お主らがそう言うなら、わしからはなにも言えんが……」
(周りにはどうやって説明するんじゃろうなぁ……)
そんなことをカスパールは心配するのであった。
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──ぱりんっ
シュマを見て、ドゥルジールはグラスを落とす。
フランチェスカはグラスを落としてこそいないが、その表情からは、ドゥルジール以上にショックを受けていると想像できる。
「しゅ、シュマ…………お前、その髪、ど、どうしたのだ?」
「お父様、素晴らしいでしょう? アンリ様の実験の成果です」
アンリは色々と言い訳を考えていたが、シュマの無邪気過ぎる一言により、正面突破しか無くなってしまった。
「あ、あ、アンリ! お前、何を! ……しゅ、シュマに何をした!」
(怒ってる……父上が僕に怒るのは始めてだな……まぁ、自分の娘の髪の色がいきなり変わったんだ、流石に冷静ではいられないか)
下手に言い訳をしては火に油を注ぐだけと思い、アンリは実験のことを正直に話す。
「ね? 素晴らしいでしょう? 僕だけが神童と言われるより、双子共に神童であったほうが、父上の鼻も高いでしょうよ」
「ふ、ふざけるな! 神の定めたルールを破るなど、人のしていいことではない!」
「神なんていないのですよ、父上。もしいたとしても、こんなにも慈悲の無い世界を作った者を、僕は神だとは認めない」
「アンリ……あなたは確かに天才よ。でも、せめて……せめて相談をしてもらってからでも良かったのではないの?」
「それは……確かに……申し訳ありませんでした……」
「お母様、アンリ様は悪くないわ。私が自分でお願いしたことですもの」
フランチェスカに詰め寄られ、自分に非があると少なからず自覚しているアンリは、シュマ本人の援護に安堵する。
そして、ジャヒーから思わぬ援護がある。
「奥様、お体に触ります。お腹の中の男の子のためにも、どうかご安静に」
その言葉に、アンリとシュマは驚く。
「え? え? 母上、今のジャヒーの言葉は?」
フランチェスカは笑顔で答える。
「ええ、ジャヒーの言うとおりよ。予定では今年中に産まれるわ。男の子なのかは知らなかったけども」
「おめでとうございます! その子にも魔法刻印を施しましょうか!? 0歳から魔法を使えば、将来的な魔力量の増加は凄いものになりますよ!」
興奮により、先ほどの非を忘れたかのような提案をするアンリを、驚愕の表情でドゥルジールは見る。
「あ、アンリ……お、お前……反省はしていないのか……?」
次に産まれてくる子は、絶対に双子に近寄らせないようにしようと誓うドゥルジールだった。
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