21 魔法刻印2

「奴隷が、いない? え? ムクタフィのとこでは高魔力の奴隷は扱ってないの?」


 奴隷商を訪れたアンリは困惑していた。

 高魔力の奴隷は貴重だとは思っていたが、まさか一人もいないとは思わなかったのだ。

 ちなみに、ムクタフィとは奴隷商の名前である。

 何度も取引をしていることから、少しは親しい間柄となったため、アンリは奴隷商を名前で呼んでいる。

 出会ったときに計った魔力量の異常な多さと、普段の商談の様子もあいまって、ムクタフィはアンリを六歳とは侮っていなかった。

 また、貴族にわざわざ名前で呼んでもらえることは少ないため、ムクタフィはアンリに少なからず好感を持っていた。


「ええ、ええ、いつも御贔屓頂いている坊ちゃんの頼みなので、可能な限りは対応させていただきたいのですが、こればっかりは……」


 奴隷のほうが魔力が高ければ、主従契約を奴隷側から解除できる。

 この条件のせいで、ムクタフィは魔力量が多い奴隷を扱っていないらしい。


 奴隷が主人と契約を結ぶまでの間、奴隷商が仮の主人となる。

 即ち、自身よりも魔力の高い奴隷は、そもそも扱えないのである。

 また、多くの奴隷と並行して仮契約を結ぶ関係もあり、自分の魔力量より大きく下回る者しか商品として扱わないのが奴隷商の常識であるらしい。

 ムクタフィの魔力量が少ないとはいわないが、以前アンリが買った”いち”レベルがギリギリのラインだそうだ。


 新たな商売の匂いを感じつつも、アンリは解決策を探す。


「どこかで魔力持ちの奴隷を扱っている奴隷商を知らない? いつもムクタフィにはお世話になってるし、勿論紹介料は弾むよ」


「申し訳ありませんが、私の知る限りでは……王都以外……アフラシア王国以外なら……もしかしたら扱っている者がいるかもしれませんが……」


 これも望み薄とのことだ。

 大量の奴隷と同時に契約できながら、高魔力の奴隷にも手を出せるほど魔力量が多い者なら、わざわざ奴隷商のようなアコギな商売に就かず、もっと名声を得られる仕事を探すのが普通だからだ。


「仕方ない。じゃぁ今後奴隷に堕ちてもいい魔力持ちがいたら、まず僕に声をかけてよ、ムクタフィ。今日は普通の奴隷を2、3人買って帰るよ。新しい”に”も補充しなきゃだし」


「ええ、ええ、その時には必ず。罪の重い者の中から、少しでも魔力の多い者を選別してきます」




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「ぁ…………ぁ…………………………」


「”にじゅういち”? お~い、”にじゅういち”」


(返事はない……ただの屍のようだ……か)


 実験室にて、アンリ、シュマ、ジャヒー、カスパールが見守る中、買ったばかりの奴隷である”にじゅういち”は息絶えた。


「やっぱり駄目か。刻んだ魔法刻印は少量にしたけど、流石に魔力量が足りてないなぁ……どうしたんもんか」


 落ち込むアンリにカスパールは提案する。


「お主が自分で試してみてはどうじゃ? 魔力が無くなって死ぬ心配なぞせんでいいじゃろ?」


「いや、僕では無理なんだ。見ててよ」


 そう言うと、アンリは近くにあったナイフで自分の手を切る。

 と同時に、その傷は癒えていく。


「僕の体は、何があっても、例え僕が催眠とかの状態異常にあっても、全自動回復魔法フルオート・リジェネを発動し続けている状態にしているんだ。だから、魔法刻印を刻むこと自体が不可能なんだよ」


 魔法刻印を人体に刻むということは、いわば刺青を入れるようなものだ。

 体に直接傷を入れ、そこにアンリの魔法を注入・固定することで術式を発動させ、効果が得られる。

 傷を入れることができないアンリの体では、試すことが不可能だった。


「なんというか……お主のカテゴリが人種かどうか怪しくなってきたな……」


 カスパールが呆れている一方で、ジャヒーから違う提案が出る。


「冒険者に依頼するというのはどうでしょうか? 金品を支払う代わりに実証実験を行ってもらうのです」


「なるほど……でもなかなか難しいかもね。魔力をそれなりに持っていると、お金に困るほどランクが低くはないんじゃない? 低ランクならともかく、ある程度のランクの人がそんな怪しい依頼を引き受けてくれるとは思えないんだよねぇ」


 全員の意見が出なくなり、八方塞がりかというところで、シュマから予想外の提案が出る。


「でしたら、私で実験していただけないでしょうか」


 その提案に周囲の反応は様々だった。

 アンリはギョッとしてシュマを見る。

 ジャヒーはどこ吹く風と、反応が見られない。

 カスパールはおもしろそうにアンリとシュマを見比べていた。


「いや、いいよシュマ。確かに実験はしたいけど、どんな副作用があるか分からないんだ。大切なシュマにそんなことはできないよ」


(ここ一年ぐらいシュマの様子がおかしいけど、何かあったのか……?)


 シュマはいつからか、アンリのことを兄と呼んでくれなくなり、どこか余所余所しくなってしまった。


(早すぎる思春期か……? 少し寂しいな……)


 アンリが少し感慨にふけていると、シュマから再度声がかかる。


「いいえ、アンリ様、私がそうしたいのです。それに私はアンリ様を信じています。どんな結果になっても構いません。どうか、どうかお願いします」


 シュマからの強い希望に、アンリの心が揺らぐ。

 そして、カスパールとジャヒーからも追い打ちがかかる。


「よいのではないか? シュマの魔力であれば、お主が余程無茶をせん限りは大丈夫じゃと思うぞ?」


「私もアンリ様を信じておりますので、シュマ様の心配はしておりません。本当は私がお役に立ちたいのですが………魔力が少ない私をお許しください」


「お願いします、アンリ様! どうか私で実験を!」


(シュマがここまで俺にお願いしてくるのは久しぶりだしな……)


 シュマからの久々のお願いが嬉しいアンリは、前向きに考える。


「シュマ、この実験は体に直接傷つける必要があるんだ。かなり痛いと思うけど、それでもいいのかい?」


「勿論です。明日死ぬかもしれない私にとっては、痛みもまた喜びです。永遠に生きたい私にとって、これは必要な行いなのです」


 ここ一年で随分と大人びたシュマに驚きつつも、アンリは首を縦に振るのだった。

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