20 魔法刻印1
カスパールがアンリの専属家庭教師となってから、一年の月日が経った。
これまでのアンリの魔法は、机上の空論という言葉通り、闘いも何も知らないで浪漫のままに作成したものがほとんどだったので、カスパールの実践を重視した魔法の授業はとても役に立った。
最初に”いち”と”さん”による、アンリの魔力量増加のための実験を見せた時、正直アンリは緊張していた。
奴隷とはいえ、人を傷つけるということに対して、カスパールから苦言があると構えていたのだ。
しかし、当のカスパールは「お主の回復魔法の技量と、魔力量があるからこその鍛錬方法じゃな」と、逆に感嘆していた。
ならば、カスパールの魔力量を増やすために、今からでも回復魔法を使ってみないかと提案するも、断られた。
なんでも、魔力量が増える時期は決まっており、種族による程度の差はあれど、大体は十歳から十二歳の間が絶頂期となるらしい。
歳をとればとるほど、魔力量は固定されてしまうらしい。
なので、カスパールの魔力量はほぼ固定されており、魔法自体の練度を上げるしか鍛錬方法は無いらしい。
これを知った時のアンリは焦り、増えたお小遣いで奴隷を更に買いに行ったのだった。
アンリの資金源だが、スクロールの開発を続けることで、潤沢に増加した。
開発といっても、回復効力を弱める刻印の開発なので、性能としては劣化しているが、世の中に与える影響を考えると仕方のないことだ。
従来のヒール程の効力のスクロールを大量販売する一方で、貴族と聖協会向けに部位欠損を治療するほどのスクロールも高額で販売することにより、ザラシュトラ家の資金、もといアンリのお小遣いは劇的に増えたのである。
そして今、アンリは新しい物を開発しているが、壁にぶちあたっていた。
「”に”が…………死んだ…………?」
”に”には
どんな傷でも治す自信のあったアンリだが、“に“には手の施しようがなかった。
その為、大きく焦っていた。
アンリが開発しようとしたのは、身体に直接刻む身体強化魔法の刻印。
魔法が使えない者であっても身体強化を使えるという利点は勿論、スクロールのように都度紙を広げることなく、常時発動できるという利点に注視したものだ。
しかし、理論上は問題なかったので人体への実証実験を行った結果がこれだった。
(なんで………?
そこで、カスパールが実験室にやってくる。
二日酔いのせいで顔色は酷いものだが、これでも魔法に関することなら役に立つだろうとアンリは今起きたことを相談する。
「ん~…………頭が痛い……そうじゃなぁ……十中八九、魔力が底を付いたからじゃろう。”に”は確か魔法使いでも無かったし、魔力量はかなり低かったじゃろ? そこに、お主に印を刻まれ、強制的に魔力を使わされたのじゃから、当然の結果じゃろうて」
「え……? 魔力って無くなったら死ぬの?」
「結論から言えば答えはYESじゃ。だが日常的には起こるはずがない、完全に空になる前に意識が無くなるからな。しかし、魔の森には魔力を強制的に吸引する魔物がいるが、そいつに襲われた者は外傷が無く死んでしまう。まぁ、今回はお主がその魔物になるわけじゃがな」
(まじか…………魔力が空でも人って死ぬのか……これは奴隷を買い足さないと……)
そんなことをアンリが考えていると、カスパールは力なくソファーに横たわり、部屋の隅で音を出している装置──洗濯機程の大きさのミキサーのような物──に目を向ける。
「お? なんじゃ? スクロールの販売の次は、飲料卸でも考えておるのか? 昨日はお主の両親に付き合ったおかげで二日酔いじゃ。どれ、わしがそこのトマトジュースを試飲してやろうか?」
カスパールの提案にアンリはギョッとする。
「え? 先生あれ飲むの? ……いや、別に止めないけど。あぁ、まず中の物を出したいからっていうんなら、確かにいいかもしれないけど……」
アンリが少し引きながらコップを準備しだすと、カスパールは更にドン引きした様子で待ったをかける。
「いや、いい、お主がそんな健全な物を作っていると勘違いしたわしが馬鹿じゃった。……最近のお主の異常な魔力量の増え方を見ると大体の想像はついたわ……あれは……生きているのか?」
「うん、勿論生きているよ。不思議なもんでね、止めた後に話を聞こうとすると、なかなか答えてくれないんだよ。答えられないのかな……? 治しているはずなのに、心が壊れちゃっているのかな……? でも、もう一度起動しようとすると嫌がるんだ……やっぱり痛いのかな?」
「確かに興味深いが……自分では中々試せんのぅ……うっ──」
──カスパールは近くにあった桶に嘔吐する。
それは二日酔いが理由か、ミキサーを見たことが理由かは分からない。
「けほっけほ! ………………すまん」
「気にしないで先生。それで、この魔法刻印は失敗かな……?」
前世の飲み方が若かったのか、アンリが今のカスパールを見ても、特に幻滅することはなかった。
今のアンリは、開発中の刻印を完成させることで頭がいっぱいだ。
「いや、わしには解読できぬが、刻印されている術式自体には問題ないのであろう……? ならば、今回は実証する対象が悪かっただけじゃないのか。魔力量が多少は多い者を実験に使ってはどうじゃ……?」
これに、アンリは考える。
「ん~……奴隷はほとんどが平民だしなぁ……高魔力持ちの奴隷とか、高そうだけど仕方ないか」
貴族であれば、産まれたときからある程度魔力を持った者がほとんどだが、平民となるとそうでもない。
現に、アンリがこれまで買った奴隷は、全てが元平民であるからか、高魔力持ちはいなかった。
新たな奴隷を求め、アンリはジャヒーを連れ、御用達となった奴隷商へ訪問するのであった。
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