18 閃光のカスパール2

「お主がアーリマン・ザラシュトラか。随分とわしの孫が世話になっとるようじゃな、礼を言おうぞ」


 少し上からの挨拶に、ジャヒーが額に青筋を浮かべ、注意をしようとするが、先にアンリが答える。


「はじめまして、カスパールさん。僕のことはアンリって呼んでくれないかな」


(美人だ! めちゃくちゃ美人だ! 前世の何十年を振り返っても生でこんな美人見たことないぞ!)


 見た目は五歳と自覚しているアンリは、内心では興奮しながらも努めて平静を装う。


「おうさ、ではわしのこともカスパールと呼べ。敬称など時間の無駄じゃからな」


「お祖母ちゃん! 失礼です! こちらにおられる方をどなたと思っているんですか!」


 ジャヒーの突然の大声にアンリとカスパールは目を丸くする。


(どなたって……ただの貴族の子供だから、実績のあるカスパールのほうが偉いんじゃないか? 俺としても他人行儀な呼び方より、親しみのある呼び方のほうが嬉しいんだが……)


 そんなことをアンリが考えていると、カスパールは嬉しそうに笑う。


「カッハッハ! あの引きこもりのジャヒーがそこまではっきりとわしに意見を言うとは! 里から出て行ったお主を心配していたが、見違えたぞ。まるで生まれ変わった様じゃな」


 カスパールは嬉しそうにアンリに目を向ける。


「お主のおかげらしいな、感謝するぞ。聞いてた通り見た目は五歳だが……」


 アンリを見つめるカスパールの表情は徐々に引き攣っていく。


「なんという魔力量じゃ……わしと同等ぐらいか……? 一体どんな大罪を犯したんじゃ? 末恐ろしいもんじゃな……」


「日々魔力量を上げるために鍛錬をしているからね。”閃光のカスパール”と同じぐらいの魔力量になっているのなら、これまでの痛みも意味があったってもんだよ」


「しかしな、魔力量がいくら高くとも、その扱いがなっておらんわ。お主、魔力がだだ洩れじゃ。王都にいたから問題は無かったかもしれんが、外に出たら魔物が寄ってくるぞ。まぁ、今はわしもいるから別にいいが」


 聞けば、今のアンリは無意識に魔力を放出しており、強敵の魔物を引き寄せてしまう可能性があるらしい。

 以前、普段雑木林では見かけることのない、ホワイトウルフに出くわした事のあるアンリは、魔力の制御の大切さをしみじみと感じた。

 ちなみに、王都の周辺の石壁には魔物避けの結界が貼ってあるので、家にいる分には問題がなかったらしい。


「まずはわしの実力を分かってもらうために、模擬戦闘でもするかの。人族はわしをすぐ見た目で判断するからのう。決闘の術式を使うぞ」


 魔法が使える世界だというのに、これまで戦闘らしい戦闘を行ったことのないアンリは少しわくわくする。

 決闘の術式というのは、戦闘前にお互いの承認を得て発動するもので、戦闘時に一定のダメージを与えた時点で攻撃魔法が強制的に解除されるという、いわば怪我なく模擬戦闘を行える安全装置のようなものだ。

 注意点として、実武器を使用する場合は、微量でもいいので魔力を通しておかないと決闘の術式の対象にならず、事故に繋がってしまう。


 決闘の術式を終えた二人は、ジャヒーとワイバーンから少し距離をとり、カスパールが声をかける。


「どれ、いつでもよいぞ。わしは既に準備を終えておるでな」


(距離をとっているとはいえジャヒーがいるしな……あまり規模の大きくない魔法限定だな)


 そんなことを考え、アンリは手を銃の形にし、カスパールへその先をむける。

 瞬間、カスパールの表情が変わり構えをとる。


『<小規模爆裂魔法ばんっ!>』


 カスパールがいた場所が爆発する。

 しかし、カスパールはすんでのところで避けていた。

 そしてそのままアンリに肉迫する。


(はやっ! ちょっ!)


 カスパールの得意魔法は身体強化。

 身体強化自体は希少な魔法ではないが、カスパールの真価はその練度にある。

 魔法に精通していたカスパールではあるが、その中でも特に磨きをかけた身体強化により人間離れした動きは、肉眼で捉えることは難しい。

 その一瞬で獲物に近づく動きは、まさに”閃光”と呼ばれる由縁であった。


 そしてカスパールは懐のショートソードを抜き、アンリの腹を切り裂く。


 ───バシュッ


 少し大きな音がし、アンリが発動しようとしていた魔法も解除される。

 それは、試合終了の合図だった。

 アンリのお腹を見てみると、全自動回復魔法フルオート・リジェネが発動したわけではなく、術式の影響で傷が付いていないようだ


「いや驚いた。魔法が使えるとは聞いていたが、詠唱も無しになかなか危険な魔法を使う。しかしどうじゃ。わしが先生として問題ないと分かったじゃろ?」


「え? 今ので終わっちゃうの? 今のぐらいじゃまだまだ戦えるよ」


 カスパールの速さにも勿論驚くが、少しお腹を切られただけで終わってしまう決闘の術式にも驚くアンリだった。


「あぁ、確か回復魔法も得意なんだったか? しかし今の傷ではなぁ……。それに、お主が近い将来通う学院でも、この決闘の術式を採用しておる。これに慣れてたほうがよかろうて」


「もう一回! もう一回しようよ!」


 学院に通うというのは初耳ではあるが、負けたことに納得がいかないアンリは、そんなことはおかまいなしに再戦を望む。

 アンリはなかなかの負けず嫌いだった。


 しかし、その後何度も模擬戦闘を行い、アンリは数々の魔法を試すも、ジャヒーを巻き込まないという条件のあった魔法では、身体強化をされたカスパールに届く魔法は無かった。

 カスパールは戦闘前に身体強化の詠唱を行うという、少し狡い手段を使っていたが──


(流石に授業一日目で生徒に負ける先生はおらんじゃろうて!)


 ──無詠唱で飛んでくる未知の魔法の対応に必死になっていたカスパールは、そのことは黙っているのであった。




「分かった! もう一回! 次は勝てるよ!」


 アンリが数十回目になる再戦の希望を出すが、カスパールから待ったがかかる。


「若いのぅ……疲れ知らずと言うか……しかし今日はここまでじゃ、あれを見よ」


 カスパールが指差した方向を見ると、何か遠くで土煙が上がっていた。

 なんだろうとアンリが目を凝らして見ると、三十匹程の魔物がこちらに近づいてきているようだ。


「大方、お主の魔力に釣られて寄ってきたのであろうて。少し厄介な魔物もおりそうじゃし、わしが行ってくるとしようかの」


「あぁ、あれぐらいなら僕に任せてよ。家の中じゃ、なかなか魔法の効果を見れないからいい機会だし」


 負けず嫌いのアンリが一度も勝てなかったので、溜まっていたストレスを吐き出すために申し出る。


『<剣の創造クリエイトソード>、<遠隔操作テレキネシス>』


 アンリの手に突如剣が表れたと思うと、その剣が宙に浮く。


(本当に見たことない魔法ばかりじゃのう……しかし、剣であの数を相手にするのは手を焼きそうじゃが……)


 そんなことをカスパールが考えていると──


 ──ぐしゃり


 その剣はアンリの右腕を切り落とした。


「おい! お主何をっ!」


 カスパールが焦り、アンリに詰め寄ると──


「は…………?」


 ──アンリの右腕は存在していた。


「なんと……まぁ……」


 カスパールは幻覚でも見たのかと一瞬思ったが、右肘から先が無くなっているアンリの服を見て、正解に辿り付く。


「いやはや……そりゃあ回復魔法が得意とは聞いておったが、ここまでとはな……」


 アンリは切り落とした右腕を遠隔操作テレキネシスにより魔物の中心に放り投げると、得意の魔法を使う。


ザラシュトラ家ザラシュトラ・の火葬クリメイション


 突如現れた業火により、魔物の群れは溶けて無くなる。

 以前とは違い、その後の炎は徐々に収まり、炎が無くなった時にはそこにあったもの全てが消失していた。


(よしよし、威力の調節もイメージ通りできたな。家の中でいくら考えても机上の空論だし、やっぱりたまに外に出るのは大事だな)


 アンリが更なる魔法の改良を考えているなか、カスパールはアンリに声をかける。


「……いや、ジャヒーが魔神というからなんじゃと思ったが、確かにお主は魔法の神の化身かもしれんな……わ、わしはお主の先生でよいな? 先生と呼んでもいいぞ?」


「勿論! これからどんどん魔法のことを教えてよ先生!」


「カッハッハ! 任された! 長生きするもんじゃのう、お主の将来が楽しみじゃ! お主が大成した時は、先生となったわしの名声がまた高まろうて!」


 すっかり打ち解けた二人を、ジャヒーは嬉しそうに微笑み見守っていた。

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