16 アエーシュマの憂鬱

 実験室にて。


「お兄ちゃんいいなぁ……私もかていきょうしが欲しいわ……」


 シュマが少し落ち込んだ様子で独り言ちた。


 当のアンリは、一週間斧を振り続け、最終的には意識を手放しても”いち”を破壊し続けていた”さん”の体を調べるのに夢中になっていたので、代わりにジャヒーが答える。


「家庭教師といっても、祖母に教えてもらうことができるのは魔法のみです。残念ながら、魔法が使えないシュマ様には難しいかと……そも、普通であれば魔法は十歳からしか使えませんので」


「お兄ちゃんは凄いなぁ……かみさまが決めたルールも関係ないもの。しかも、これから凄い人が教えてくれるんでしょう? また差が開くんだろうなぁ……」


 二人の会話にアンリが割って入る。


「それなんだけどね。ジャヒー、家庭教師に教えてもらう時間は、一日一時間ぐらいで収めてもらえるように頼めないかな? 魔法の授業は確かに必要だけど、今の研究はもっと優先順位が高いんだ」


(確かにカスパールって人は凄いんだろうけど……冒険者だったのは50年前らしいしな……正直50年前の魔法を学ぶなら、ジャヒーが持ってきてくれる本のほうが為になりそうだ。国中からちやほやされたお婆ちゃんだったら、かなり頭も固そうだし……僕の実験を理解してくれなかったらめんどくさいな。それに……爺ちゃんや婆ちゃんって、苦手なんだよなぁ……)


 アンリは老人を苦手としていた。

 それは、その姿を見れば、いつか自分もこうなり、死んでしまうと嫌でも想像してしまうからだ。


「アンリ様の御心のままに」


 アンリの本心はどうであれ、ジャヒーはアンリの希望に沿うだけだった。

 シュマがふと疑問に思いアンリに質問する。


「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんはなんでそこまで頑張っているの? お兄ちゃんの魔法はとても凄いから、もう頑張らなくてもいいんじゃないの?」


「シュマ、僕はね、絶対に死なない魔法、不老不死の魔法を作りたいんだよ」


「お兄ちゃんの魔法は絶対に死なないんじゃないの? ”いち”も”に”も、あんなにされても死んでないもの」


「確かに死んでないね。でもね、僕が抗いたいのは、いつか絶対に訪れる未来の死なんだ」


「未来の死……」


「そう、未来の死だね。例えば、シュマは将来どうなると思う?」


 アンリに突然質問され、シュマは一生懸命考える。


「えっと……、大人になって…………お嫁さんになる。」


「その後は?」


 促され、更に先を考える。


「私の子供ができて……それから……おばあちゃんになる……?」


「その後は?」


 さらに先を求められ、シュマは困る。


「分からないわ。その時にならないと、未来のことなんて。そうだ、ジャヒーに占ってもらう?」


 シュマの回答にアンリは首を振り、代わりに答えを突き付ける。


「シュマ。今でも分かる、未来の事実があるんだ。それは…………死ぬんだよ」


「え………? 私………死ぬの…………?」


「あぁ、絶対に人は死ぬ。それは腐った世界が決めた絶対のルールなんだ。シュマ、君はまだ5歳だ。でも10年経てば15歳。100年経てば105歳。じゃぁ、300年経てば………?」


「えっと、……300と5だから……………305歳?」


(五歳で三桁の暗算ができるなんて、俺の妹は天才じゃないか。でも……)


 算数の授業ならそれは正解だろう。しかし、これは授業では習わない世界の真理だ。その答えは……


「死だよ。300年経てば、シュマは死んじゃうんだ………。どんなに健康でも、どんなに頭が良くても、どんなに可愛くてもね。」


 ふと、突き付けられた絶望に、シュマは酷く不安になる。


「死んだら……どうなるの? 天国にいって、みんなで仲良く暮らせるの?」


 アンリは寂しそうな顔で答える。


「シュマ……天国はないんだ。死んだら何もない……何も残らないんだ…………死んだら、全部なくなるんだ……」


「よく分からないけど……悲しいよ……怖いよ………」


 シュマはまだ死を理解していないとはいえ、強い不安感から涙を流す。


「だから、僕は今頑張っているんだ。僕も、シュマも、ジャヒーも、将来死なないために。」


「うん……お兄ちゃん……凄いね……頑張って!」






「……せて…………」


 双子が死にたくないと話している一方で──


「ころして……しなせて……」


 アンリに買われた奴隷たちは、死にたいと呟くのであった。

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