13 人体実験
「ふっ!」
ザラシュトラ邸宅の地下室。
アンリの実験室にて、”さん”は斧を振りかぶり、枷により動けない”いち”に振り下ろす。
──ぐしゃり
もう何度聞いたか分からない、人体を破壊する音。
普通なら即死であるが、結果はこれまでと変わらなかった。
「たのむぅぅぅ………もう………やめて………れ………」
出会った時の元気のかけらも感じさせない声で、”いち”は”さん”に懇願する。
「ふっ!………………ふっ!………………ふっ!」
──ぐしゃり
──ぐしゃり
──ぐしゃり
しかし、”さん”はそんな声には一切耳を傾けず、まるで自分が斬られているかのような、必死の形相で斧を振り続ける。
実験が始まった時、アンリは”さん”にこう言った。
「もし君が”いち”を絶命さすことが出来たのなら、君を奴隷から解放してあげるよ」
最初は半信半疑ながらも、藁にもすがる思いで斧を振った。
しかし、いくら斧で首を潰しても、頭を勝ち割っても、心臓目掛けて振り下ろしても、”いち”は瞬く間に回復した。
半日程経ったところで、正直”さん”は”いち”を殺すことを諦めていた。
しかし、自分が殺すことを諦めたとあれに思われると、次の”いち”は自分かもしれない。
それが何より恐ろしかった。
斧を振り続けている間は、自分の安全が保障されていると思い、自分の限界を超えて尚斧を振り続ける。
そんな”さん”の後ろから無邪気な声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん。あの人凄いよ、ずっとずっと斧を振り続けてる。疲れないのかな」
「凄いねシュマ。もう三日になるよ。やられてる筋肉ダルマよりよっぽど体力がありそうだ。折角だし体力が必要な実験を”さん”にはしてもらおうかな……」
双子であるシュマは、どうしてもアンリに付いてこようとする。
最初こそ、引き離して実験室まで来ていたが、ずっと泣かれてはお手上げだった。
教育上悪い影響を与えそうとは思いつつも、どうしてもとシュマが言うので入室の許可を出してしまった。
それにしても、とアンリは“さん“を見る。
(
「”いち”は”さん”にずっと虐められてて、可哀そう。助けてあげられないの?」
ふと、そんなことを言う心優しい天使に、アンリが困っていると代わりにジャヒーが答える。
「シュマ様、”さん”は虐めているのではありません。あれは愛しているのです。ですので、止める必要は無いのです」
「へー………そうなんだ………じゃあ、仕方ないね。いいなぁ、みんな愛されてて。私もお兄ちゃんみたいに、お父様やお母様に愛されたいわ」
ドゥルジールとフランチェスカはアンリを溺愛する一方で、シュマには厳しく当たっている。
(あれは両親の期待するハードルが高すぎるんだ。流石に転生者の俺を引き合いに出すのは可哀想だろ)
自分のせいかなと少し罪悪感のあるアンリは、シュマに優しくフォローを入れる。
「僕はシュマを世界一愛しているよ。それでいいじゃないか。量より質だよ」
「恐れながら、私もシュマ様のことを愛しておりますよ」
アンリとジャヒーの言葉に、シュマは喜び、天使の笑顔を浮かべるのだった。
“いち“と“さん“を使った実験は、回復効果の検証ではあったが、思わぬ副産物として分かったことがある。
それは、同じ
傷が酷ければ酷いほど、回復量が多ければ多いほど魔力消費量は多いのだ。
つまり、その分アンリの総魔力量の増加が見込まれるのである。
すっかり癖づいてしまった自身の指ポキにも意味があったと喜んだものだ。
また、“さん“の人体を破壊する技術はこの短期間で非常に向上しており、回復に必要な魔力は徐々にではあるが増大していた。
(“さん“にはこのまま頑張ってもらわないと……。いや、いっそ傷を作るとこから全自動の魔法をつくるか? まぁ、追々検討だな)
「うぅ………。」
すぐ隣でうめき声が聞こえてくる。
「おっと、そろそろ毒が効いてきた頃かな?」
寝ている”に”に向かってアンリは回復魔法をかける。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ」
”に”は回復するも、大量の汗で服を濡らしていた。
そして、死ぬかもしれないという恐怖から涙も流していた。
「じゃぁ、次は
「ひぃ………!」
こうして、アンリの回復魔法の実験は続いていく。
「いいなぁ……”に”もお兄ちゃんに愛されて……羨ましいなぁ……」
シュマは一人、小さく呟くのであった。
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