12 奴隷
アンリとジャヒーは王都の外れにある奴隷商にきていた。
王都であるというのに、活気の無い裏通りに隠れているように建っている建物を見ると、やはりこの世界でも、奴隷というものに対してのイメージはあまりよろしくないのだろう。
現に、ドゥルジールからの命で、アンリとジャヒーは全身を覆い隠すローブを着用していた。
(でも、これじゃあザラシュトラ家の人間ってすぐばれそうだけど、意味はあるのか?)
着用したローブの背中には、ザラシュトラの家紋が入っている。
丸の中心に大きな一つ目が描かれたザラシュトラ家の家紋を、アンリはあまり気に入ってなかった。
(この一つ目をみると、どうしても前世のアーリマンを思い出しちゃうんだよなぁ……)
ドゥルジールが真に隠したかったのは、奴隷を買うアンリの姿だ。
ザラシュトラ家でも奴隷を買うことはある。
しかし、五歳の子供が奴隷を買う光景など、噂話の的にしかならないだろう。
ローブでアンリの姿を隠していると、奴隷商で買い取りをする姿を見て、普通の人間は小人族か何かだと思うはずだ。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいました。どのような奴隷をご希望で?」
ドゥルジールの考えどおり、奴隷商はアンリを五歳の子供とは思わず、丁寧に声をかける。
「とびきり悪いことをした人を、3人ほど紹介してくれないかな」
「ええ、ええ、承りました。少々お時間を頂きますので、奥の部屋でおくつろぎください」
アンリとジャヒーは案内された部屋でローブを脱ぐ。
奴隷商が三人の奴隷を引き連れてやってきたのは30分ほど経過してからだった。
アンリが出した条件は、奴隷商にとっては予想外であり、選定に少し時間がかかった。
大抵、奴隷を求める際の要件はその能力や外見だ。
奴隷商の頭のなかにはほぼ全ての奴隷のデータが入っている。
しかし、奴隷になる前に何をしたかなど、特に興味が無かったため、急いで書類を漁ったのだった。
部屋に入った奴隷商は、本当に子供だったアンリを見て少し驚くが、説明を始める。
「向かって右から説明いたします。罪状は婦女暴行の上殺害、分かっているだけで7件。次いで、真ん中の男が貴族の邸宅に忍び込み、計8件の窃盗。いや、犯行時に1名殺害しているので強盗ですかな。最後の男が子供を誘拐し殺害。全て平民の子供だったため、正確な被害者数は分かりませんが、二桁に上ると言われています。全ての子供に対して拷問が行われていたようですが、その男は愛しただけと供述していたようです」
何が非道かは、それぞれの価値観で違ってくるだろう。
なので、奴隷商は自分の主観が混じるのは仕方ないにしても、なるべく違う悪さをした者を選定した。
「如何でしょうか」
「いいね! 期待通りだよ。ジャヒー、お金を彼へ」
ジャヒーが奴隷商へ金を渡し、後は奴隷の主従契約を行えば終わりというところ。
アンリが登録しようとすると、奴隷商から待ったがかかる。
「もし、もし。まさか貴方が登録するので? 奴隷の中には微力ですが魔力を持っている者もいます。危険では?」
聞けば、主人よりも奴隷の魔力が高ければ、奴隷側から主従契約を強制的に解除されることもあるらしい。
なので、子供であるアンリが主人になれば、すぐに3人が契約を強制解除するのではと、奴隷商は心配する。
その心配は尤もなので、ジャヒーが告げる。
「ご安心を。こちらはザラシュトラ家きっての神童と言われているアンリ様です。現在の年齢で、大人の私よりも魔力量は上ですので」
その言葉に奴隷商は目を開く。
「なんとなんと……これは大変失礼いたしました」
「いや、気にしないで。こんな子供がそこまで魔力を持ってるのは特殊なのかな。むしろ、心配してくれてありがとう」
アンリは笑顔で答える。
念のためと、水晶のような物を取り出してきた奴隷商から、水晶に触れてほしいとアンリは頼まれる。
アンリの指先が水晶に触れると、水晶は鈍い赤黒色に光りだした。
その様子を見た奴隷商は、顔を青くしながら再度非礼を詫びる。
そして、主従契約が終わった後、奴隷商が奴隷の名前を読み上げようすると、アンリから待ったがかかる。
「いちいち覚えられる気がしないからね。そうだね……よし、君たちの名前は、右から”いち””に””さん”にしようか。よろしくね」
奴隷商に近い内にまた来ると別れを告げ、取引は終了となった。
そして、アンリ達が建物から出て、まだ人通りが少ない路地で、初めて奴隷が声を出す。
「くく、くくく………」
突如、笑い出した男を疑問に思い、アンリは振り返る。
「くく、ついてる、ついてる! やはり俺様は神に愛されている!」
そこには興奮した様子の“いち“がいた。
「どうしたの? 何か良いことがあった?」
「そりゃあったさ! こんな糞ガキの奴隷になれて、こんな上玉の女が居れば、神に感謝を捧げたくもなる!」
「……自分が奴隷ってこと、覚えてる?」
「くく、くくく……。良いことを教えてやるよ糞ガキ。俺は元々Cランクの冒険者をしていた。そしてな、この肉体美でいつも勘違いされるんだが、俺は魔法使いなんだよ!」
“いち“は言葉を続ける。
「おい、お前らも解放してやる! まずは偉そうな糞ガキを始末してから、そこの姉ちゃんで楽しもうぜ!」
“いち“からの提案に、“に“は嬉々と賛成するが、“さん“は静かに首を降り、否定する。
「貴様……さっきの水晶を見てなかったのか? それに、それは子供の見た目をしているが、そんな可愛いものじゃない。もっと恐ろしい何かだ」
「あはは! 言ってくれるじゃないか。流石何人も子供を愛しただけあって、僕が普通の子供じゃないと分かるのかな?」
自分が蚊帳の外にされたことに苛ついたのか、“いち“はアンリにゆっくりと近づいていく。
「随分余裕じゃねえか! くく……良いとこに産まれただけの糞ガキが。世の中の厳しさってのを教えてやるよ!」
アンリは
「奴隷でも少し躾が必要らしいね。んー……どの魔法がいいかな。流石に街中だしなぁ……」
「んあぁ? 何処からそんなもん出しやかった? 気味のわりぃ本だな」
そして“いち“があと少しでアンリに触れるというところで、アンリの魔法が発動する。
『<
どんっ、と音がし、“いち“が地べたに這いつくばる。見れば口から血を大量に流している。衝撃の影響か、増えた重力の影響か、内臓を潰したようだ。
奴隷たちは驚愕しアンリを見る。
しかし、“いち“だけは見たくても体が動かず、意識を保つのに必死だった。
「え? 魔法使いって言ってたよね? 全然
(この無駄についてる筋肉を見ると、やっぱり魔法使いは嘘だったか)
そんなことを思いながら、アンリは左手に
そして───
『<
子供の可愛い掛け声。
しかし、その効果で“いち“の左手の肘から先は弾けとんだ。
「がぁぁぉああああああ! たす、たすけて!! 死ぬ!」
「あはは、さっき買ったとこだよ? 勿体ないし、勿論簡単には死なせはしないさ」
『<
“いち“の左手は完全に回復する。
そんな光景を、奴隷たちは信じられないと思いつつも、恐怖により何も声を発せないでいた。
「全く、嘘つきの馬鹿の犯罪者だなんて、最悪だけど最高だね。“いち“には一番大変な実験に付き合ってもらうとするかな」
呆れているアンリをよそに、ジャヒーは”いち”に声をかける。
「あなたの言った通りですよ。あなたは神様に愛されている。いや、正確に言えばこれから愛されるのでしょうか……」
痛みからか、恐怖からか、パニックに陥っていた今の“いち“には、その言葉の意味を理解することはできなかった。
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